After21 サンタな唯花とイチャイチャしたい奏太の巻
前回のあらすじ。
唯花がメイクを覚えた。
完全にハートブレイクショットされた俺は思わず唯花をお持ち帰りようとし、そんなところを撫子さんに撮影されて今に至る。
いやマジで、まさか撮られてるとは思わなかった。
本当の意味でハートブレイクショットだ……。
「はあ、なんつー聖夜だ……」
俺はがっくりとうな垂れた。
今日はクリスマスイブである。
唯花とは夜にデートで駅前のイルミネーションを見にいく約束をしている。
たぶんそれもあって撫子さんからメイクを教わったのだろう。
ちなみに俺が今いるのは唯花の部屋だ。
メイクの一悶着があった後、撫子さんがケーキを焼いてくれるというので、それを食べてから駅前にいくことにした。
焼き上がりまでもう少し掛かるということなので、それまで唯花の部屋で待つことにした次第である。
で、肝心の唯花はというと、『ふふふ、ちょっと待っているのです』といって、出ていってしまった。
隣からガサゴソ音がしているので、たぶん伊織の部屋で何かしているのだろう。
伊織は伊織でまだ帰ってきていない。
おそらく葵とデート中だろう。
「まさかまた『ToRovる』でも漁ってるんじゃなかろうな……」
ひょっとしたら伊織は葵を連れて帰ってくるかもしれない。
その時、もしも『ToRovる』が散乱してたら未曽有のクリスマステロになってしまう。
「おーい、唯花ー。まさか伊織の『ToRovる』でトラブル起きそうなことしてないよなー?」
俺は部屋の扉を少し開け、伊織の部屋へと呼びかける。
「えー、してないよー? 葵ちゃんと付き合い始めてから隠し場所変えたみたいで見当たらないし」
漁ってはいたのか……!
密かに戦慄。
しかし同時に安心もした。
伊織はかしこい奴だ。
おそらくは隠し場所を変えたのではなく、こういう事態を見越して『ToRovる』から卒業したのだろう。
……偉いぞ、伊織。大きくなったな。
弟分の成長を嬉しく思っていると、伊織の部屋の扉の向こうから唯花が言う。
「もう準備できるから扉閉めててー。まだ見ちゃダメだからね?」
「……? おう、わかった」
伊織の部屋の扉も半開きだったが、唯花の姿は見えなかった。
よくわからんが、とりあえずこっちの部屋の扉を閉めて待つ。
するとしばらくして、「でけた!」と扉の向こうから声がした。
「でけたのか?」
「うん、でけた! さあ、刮目せよっ」
扉が勢いよく開かれる。
「メリークリスマース!」
元気いっぱいの声と共に、サンタがやってきた。
唯花がサンタの衣装を着ている。
「唯花サンタちゃんなのでーす!」
「ゆ、唯花サンタ、ちゃん、だとぉ……!?」
唯花さんっぽい言い方でサンタを付けつつ、さらに『ちゃん』まで付ける欲張りセットだった。
いや待て、呼び方なんてどうでもいい。
重要なのはキュート&ビューティーな見た目である。
まずは白いポンポンの付いた赤い帽子を被っている。
着ているのはノースリーブの赤白ワンピースで当然のようにミニスカ仕様。
肩が出ているので一見寒そうだが、薄いケープを羽織ってカバーしているようだ。
白いポンポンはケープの紐にも付いていて、唯花が動く度に右へ左へ揺れていて、大変可愛い。
そうして全体的に可愛さ満点の格好だが、忘れてはならないのは唯花が今――メイクをしているということ。
母親仕込みの化粧によって、今の唯花はただでさえ高い美人度がさらに跳ね上がっている。
そこに可愛いサンタ衣装を着ているので、キュート&ビューティーの相乗効果が倍率ドンだ。
はっきり言おう。
これは国が滅びる。
傾国の美女とはこのことナリよ、キテレツ……!
「ブタゴリラが一匹、ブタゴリラが二匹、ブタゴリラが三匹……っ」
素数を数えて落ち着こうとした。
混乱してブタゴリラになった挙句、素数でもなんでもなかったが。
「ほえ? 奏太、おねむなの?」
「いや羊を数えているんじゃない。ブタゴリラを数えているんだ」
「さっぱりわからんナリよ、キテレツ」
「そうだな、俺にもさっぱりわからねえ……!」
ベッドに腰掛けていた俺は頭を抱える。
すると唯花サンタちゃんが隣にきた。
「も~っ、そんなことよりどう? どう? クリスマス限定のレア唯花ちゃんだぞよ?」
ケープのぽんぽんを胸元で揺らしながら覗き込んでくる。
が、俺はどうにも照れてしまって目を合わせられない。
「あ、ああ……良いと思うぞ?」
明後日の方向を見ながらなんとか答えた。
しかし唯花は帽子のポンポンを揺らしながら首をかしげる。
「ん~? 今日の奏太、なんか変」
「……」
変にもなるわ!
今日のお前がいつも以上に可愛くて美人なせいだよ!
心のなかで絶叫。
ちくしょう、顔が熱い。
クリスマス限定のレアが強過ぎるぞ。
「じぃー……」
至近距離で見つめられる。
カールしたまつ毛のおかげで唯花の瞳がいつも以上に大きく見えた。
「……にゃるほど」
何かを察した様子で唯花はうなづく。
……くっ、察せられてしまった。
なんかすげえ恥ずいぞ。
「あー……その、違うぞ、唯花? 俺はまったく平常心だし、心拍数も脈拍も至って平常値だからな?」
「はいはい、じゃあいつも通りゲームとかで遊ぼっか。お母さんのケーキもすぐ出来るだろうし」
唯花はお姉さんモードに移行していた。
俺がサンタ衣装とメイクにやられて余裕がないことを察し、『お姉さんらしく、気を遣ってあげちゃう』ことにしたらしい。
机の方へいってノートパソコンを手にすると、唯花はベッドへ戻ってくる。
「はーい、奥いって」
「……ういっす」
促されるまま、ベッドの壁際にいって座る。
唯花が俺の足の間に収まり、後ろからハグの体勢に。
そしてノートパソコンが開かれた。
「今ね、艦隊ゲームでクリスマス限定任務やってるの。燃料がいっぱい貰えるからこれで秋イベの資材不足を解消するのです」
なるほど、確かに資材不足は深刻だ。
任務で燃料を貰えるならやらない手はないだろう。
しかし、そうか、ゲームか。
せっかくクリスマス仕様の唯花が腕のなかにいるのに、ゲームかぁ……。
目の前で揺れる、帽子の白いポンポンを見つめて悩む。
うーむ……。
悩んだ末、俺は流れるような仕草でノートパソコンをパタンッと閉じた。
「せいっ」
「ほえ?」
ゲームにアクセスしたところで閉じられてしまい、唯花は目を瞬いた。
こちらを向き、パチクリ。
「どったの?」
「いや、なんとなく……」
「うーみゅ」
不思議そうな顔しつつ、唯花は再びノートパソコンを開く。
しかし俺はすかさず、
「せいっ」
「ほわっ!?」
高速でまた閉じた。
再び唯花がこっちを向く。
「奏太提督、我が艦隊の燃料不足は深刻なのですぞ?」
「わかっている。わかってはいるのだ……っ」
だがこの手は艦隊の指揮を拒んでいる。
まさに傾国。
俺は国を傾けても、唯花となんかもっとこう違うことがしたい。
すると、
「ふーみゅ……」
大きな瞳がまたじぃーと見つめてくる。
そしてまたもや察せられてしまった。
唯花は細い指先をあごに当て、ポンポンを揺らして小首をかしげる。
なんとも蠱惑的な瞳で。
しょうがないなぁ、という笑みを浮かべて。
「そんなにイチャイチャしたいのー?」
はい、そうです。
この唯花サンタちゃんを思うさま愛でたいです。
「お母さんがケーキ焼いてるんだからそんなに時間ないよー?」
「わ、わかってるってばよ……」
だから意識しないように、なるべく目を逸らしてたんだ。
「口ではわかってるって言っても、気持ちがダダ洩れですよー?」
ノートパソコンを横に置き、唯花が俺の両手を掴む。
そして自分の腰の辺りで、シートベルトのように俺の手を組み合わさせた。
「はい、抱っこ」
良きかな。
ワンピースは表面がフェルトらしく、手触りが大変宜しい。
「えへへー」
両手を伸ばし、唯花が俺の頬を左右からふにふにしてくる。
「唯花サンタちゃん、気に入った?」
「ぶっちゃけ大変気に入った」
「でしょー? 絶対そうだと思った。奏太ってば、可愛い服、大好きだもんねー?」
こやつめ、人のことをまるでコスプレ好きのように言いおる。
「逆だぞ、逆」
「逆?」
「唯花が可愛い服をちょくちょく着てるから、俺もいつの間にかそういうのが好きになったような気がする」
「なんと」
目を見開いてみせる、唯花。
なんともわざとらしい。
これはお仕置きが必要だと思ったので、お腹をくすぐってやった。
「あはははっ、やーだー、もーっ、奏太のえっち!」
「何がえっちだ。くすぐってるだけだぞ?」
「じゃあ、あたしもくすぐっちゃうからっ」
「良かろう、やってみるがいい」
首筋をくすぐってきたが、そんなところはくすぐったくない。
「ふふふ、効かん効かん」
「えー、なんでー? ずるいー!」
「今度はこっちの番だな? 食らえい!」
「ええっ!? にゃはははっ、むりむりっ、らーめー!」
フェルトの肌触りを感じながら、キュッと締まったウエストをさらにくすぐった。
唯花は身をよじってくすぐったがり、足をパタパタさせる。
「にゃあ~……! 降参降参。参ったするからもう許してー」
「ふっ、勝った」
手を止めてやると、唯花はこちら側を向いた。
正面から抱き着き、ふにゃっと寄りかかってくる。
「うぅ、負けたぁ。唯花ちゃん、今日はサンタさんなのにぃ……」
「サンタでも勝敗は関係なくないか?」
「あるよー。奏太はトナカイだもん。唯花サンタちゃんにこき使われる立場なのです」
「なんと」
危ういところだった。
どうやら危機一髪で下克上できたらしい。
「もう少しで俺はソリを引いて駆け回ることになっていたのか」
「そうそう。今日の奏太は真っ赤なお鼻のトナカイさんだから」
俺の肩に手を置いて体を起こし、唯花が至近距離でこっちを見てくる。
普段通りの距離のはずなんだが、メイクで大人びた顔を見ていると、やっぱり照れくさくなってきた。顔が熱い。
「ほら、赤くなった」
鼻をツンとされた。
「~~っ」
今のはずるいだろ。
キュンときてしまったぞ。
「今度はあたしの勝ち?」
「……お前の勝ち」
してやったりの顔で唯花が微笑み、俺は潔く負けを認めた。
ぶっちゃけ認めるしかなかった。
胸の高鳴りが収まらない。
好きで好きでしょうがない。
堪らず、唯花のあごをクイッとする。
「唯花……」
「ん……」
名前を呼ぶと、少し恥ずかしそうにうなづき、唯花は目を閉じる。
俺はゆっくりと顔を近づけ、しかしその途中で指先が唇に触れた。
「あ、やっぱりダメ」
「へ? なんでだ?」
「リップついちゃう」
俺の口元を手のひらで押さえ、唯花は困ったように言う。
「キスしたらお母さんに気づかれちゃうよ?」
「ああ……っ」
そういうことか!
唯花は今、メイクでリップもつけている。
キスをすれば、当然俺の唇について多少落ちてしまうだろう。
あの撫子さんがそれに気づかないわけがない。
絶対、からかわれる。
なんならその様子を撮影される。
いや、だがしかし……!
「ちょ、ちょっとぐらいなら大丈夫じゃないか!?」
「むりむり、だってお母さんだよ?」
「キスした後にもう一度付ければいいんじゃないか!? リップはどこにあるんだ!?」
「んーと、リビングに置きっぱなし」
「取りに行こう!」
「リップだけ? たぶんそれだけで気づかれちゃうよ? だってお母さんだし」
「ちくしょう! 俺もそんな気がする……!」
如月家の序列二位が強過ぎる。
いやしかし、世のカップルたちも同じ思いをしているはずだ。
たとえばデートの時、外でキスをしたら彼女のリップや口紅は取れてしまうだろう。
その問題をみんなはどうやって解決してるんだ?
わからねえ。
俺にはさっぱりわからねえ!
教えてくれ、世のカップルたち!
助けてくれ、キテレツ斉さま……!
そうして猛烈に頭を抱えていると、唯花がくすくすと笑みをこぼした。
「やっぱり今日の奏太、なんか変。そんなにサンタなあたしが気に入った?」
「……や、それもあるんだけどな」
もうヤケだ。
俺は目を逸らし、色々と白状する。
「今日の唯花が……本当に可愛くて美人だからさ」
「え……っ」
ストレートな言葉に唯花の頬が赤くなる。
やっぱり気恥ずかしくて俺は頭をかく。
「なんつーか、俺たち生まれた時からずっと一緒だろ? お互いのことならなんだって知ってるつもりだったんだ。けど今日、メイクしたお前がすげえ大人びて見えて……俺の知らない唯花がいるって思って、それでその、改めて……」
だんだん声が小さくなってしまう。
「……惚れ直した」
「――っ」
驚いたように唯花の肩が跳ね上がる。
それに合わせてケープのポンポンが上下に揺れた。
「そ、そっかー……」
唯花が小声でつぶやく。
いつの間にか、俺はひどく緊張していた。
まるで告白をしたような気分だ。
撫子さんに撮られた時も同じように告白をやらかしたのだが、あの時よりも緊張している。
その緊張が移ってしまったらしい。
唯花もそわそわと身じろぎしている。
「だから変だったんだね。そっかそっか。奏太をドキドキさせちゃお、って思ってたんだけど、あたしが思ってたよりもっと上手くいってたんだね。え、えへへ……」
唯花は照れまくり、ぎこちなくピースサインをする。
「だ、大成功~っ」
おい、やめろ
マジでやめろ。
緊張でちょっぴり声が震えてるのが可愛すぎるだろ。
もう撫子さんにバレてもいいか、って気分になってしまうぞ。
と思っていたら、唯花の方からいきなり身を乗り出してきた。
「あのねあのね、奏太……」
「うん?」
「……我慢できにゃい」
「なっ!?」
メイクばっちりの美人なサンタが見つめてくる。
「奏太君は今年一年、とっても良い子にしてました。だからプレゼント」
ふわりと押し倒された。
ポンポン付きの帽子がベッドに落ちていく。
俺が良い子だとしたら、このサンタさんはなんとも悪い子である。
カノジョに惚れ直した少年に対して。
艶やかな唇で甘く囁く。
「も~っと恋に落ちちゃえ♡」
抱き締めるように頭を抱え込まれ、優しく情熱的にキスされた。
全身の血が沸騰し、脳がとろけるかと思った。
俺は「~~っ!」と硬直。
サンタの狙い通り、もっともっと恋に落ちたのでした――。
………………。
…………。
……。
で、結局、キスしてしまったので。
その後、俺たちはすぐにリップのサルベージ作戦に出た。
具体的には俺がキッチンで撫子さんに話しかけまくり、その間に唯花がリップをゲットして洗面所でつけ直すという作戦である。
たぶん上手くいったと思う。
撫子さんが俺と話しながら、なぜか超絶ニヤニヤしていたのだが、きっとバレていないと思う。そう思いたい……。




