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after20 唯花がお化粧を覚え、奏太選手、無事ノックアウトな模様

 さて、今日も今日とて俺の家……ではなかったりする。

 

 もう時刻は夕方。

 俺はひとりで住宅街を歩いている。


 もちろんいつもなら唯花(ゆいか)と一緒にいる時間だ。

 しかし今日は珍しく、『お母さんと約束あるからー』と言って、とっとと帰ってしまった。


撫子(なでしこ)さんと約束かぁ……」


 いや別に淋しいわけじゃないぞ?

 唯花だってたまには親子水入らずで過ごしたい日もあるだろう。


 俺とは学校含めて四六時中、一緒にいるんだし、たまには撫子さんに譲ってやらんこともなくはない。


 ……とは言いつつ、超絶手持無沙汰だった。


 宿題を終えるともうやることがなく、生徒会の仕事も学校に置いてきてしまったので、マジでやることがない。


「いつもなら唯花がなんかしら面倒なこと言い始めてくれるんだけどなぁ……」


 しかし、ない物ねだりをしてもしょうがない。

 そんなわけで俺は外に出て、ぷらぷらとさんぽをしている。


「いっそのこと、なんかトラブルでも舞い込んでこねえかなぁ……」


 と若干物騒なことを考えていたら、ふいにポケットのスマホが鳴った。


「唯花か!?」


 つい反射的に高速でスマホを取り出した。

 しかし、相手は唯花じゃなかった。


「……撫子さん?」


 唯花ではなく、母親の撫子さんからメッセージがきていた。


『奏ちゃーん、ウチにいらっしゃい。お姉ちゃんが完成したわよ』


 えーと……?

 お姉ちゃんが完成?


 お姉ちゃんってのは唯花のことだ。


 唯花が完成?

 俺の彼女は合体ロボだったのか?

 もしくは美少女アンドロイドとか?


 謎は深まるばかりである。


 とりあえず撫子さんに返信をして、如月(きさらぎ)家に向かうことにした。


 幸い、近くを歩いていたから時間は掛からなかった。

 角を二回ほど曲がり、ものの2,3分で俺は如月家に着いた。


「いらっしゃい、奏ちゃん」

「ちわっす」


 インターホンを鳴らすと、すぐに撫子さんが出迎えてくれた。

 

 相変わらず、唯花と伊織(いおり)に似た、超ド級の美人である。


 今日の格好はノースリーブのブラウスにロングスカート。

 ほっそりした二の腕が眩しい……が、俺から言えるのはそこまでだ。


 それ以上、撫子さんについて言及することはない。

 断固として、何一つない。


「奏ちゃんってば、本当最近、私のおっぱい見ないわよねー?」

「ちょおおおおっ!?」


 玄関に入ると、同時にとんでもねえことを言われた。

 

 全身から冷や汗が噴き出し、俺はニコニコ&ニヤニヤしている撫子さんに小声で叫ぶ。


「やめろやめろ、マジでおやめろ下さい!」

「おやめろ下さい?」


「そうだ、おやめろ下さい! 是が非でも!」

「奏ちゃん、焦ると不思議な言葉使いになるわよねえ。ウチのお姉ちゃんそっくり」


 撫子さんは腕組みをし、考え込むようなポーズをする。


「で、私に何をおやめてほしいの?」


 腕組みをしたせいで、胸が下から押し上げられていた。


 唯花さえ凌駕する大きな胸がめちゃくちゃ強調されている。


 しかもノースリーブの柔らかい生地で倍率ドンだ。


 つまりアウトである。


「それをおやめろ下さいって言ってんだってばよ!?」


 撫子さんはわざとやっている。


 そりゃあ俺も以前は撫子さんに毎回こうやってからかわれていた。

 しかしもう昔とは違う。


 唯花という彼女がいるのに、毎度その母親に心拍数を上げられてはいられない。


 よって俺はもう撫子さんのエロいからかいは断固拒否と決めたのだ。


「も~、つまらないわね、奏ちゃん。撫子さんよりお姉ちゃんのおっぱいがいいの?」

「実の母親が聞くことか、それ!?」


 ってか、当たり前だろ!

 唯花の胸の方がいいわ!

 彼氏だぞ、俺!?


「ってか、当たり前だろ! 唯花のむ――危ねえ!」


 考えてることを危うく叫びそうになり、慌てて自分の口を塞いだ。


 冷や汗がさらに噴き出る。

 唯花もこの家のなかにいるはずだ。


 リビング辺りにいたら丸聞こえである。

 あんな叫びを聞かれたら、あとからどんだけプンスカされるか分かったもんじゃない。


 寸前で踏み留まった俺を見て、撫子さんは「あらあら」と笑う。


「やるようになったわね、奏ちゃん」

「……ふ、ふふ、俺だっていつまでも子供じゃないからな」

「あら?」


 人差し指を細いあご先に当て、撫子さんは小首をかしげる。


「それって童貞さんじゃなくなったっていうこと?」

「だからやめろってええええええっ!」


 センシティブなところに平然と斬り込んでくる、恐ろしい母親だった。


 いかん、このままじゃ撫子さんのペースに巻き込まれて斬り刻まれる。


 ここは戦略的撤退しかない。


「で、唯花が完成したってどういうことなんだ?」

「そうだったわ。こっちよ、こっち」


 どうにか話題を変えると、撫子さんはリビングへの扉に手を掛けた。


「奏ちゃんをからかうのは、このくらいにしといてあげましょ♪」

「…………あざす」


 ……やっぱまだまだ敵わねえ。

 如月家の序列二位は伊達じゃなかった。


 リビングに入ると、奥に薄型テレビがあり、その正面にソファーがある。

 左手側は窓ガラスがあって、その先は庭だ。

 右手側には食事用のテーブルがあり、奥がキッチンになっている。


「えー……と?」


 で、リビングに入った途端、俺は眉を寄せた。

 思わず隣の撫子さんに尋ねる。


「あれが完成した合体ロボなのか?」

「ロボなんて言っちゃダメよ、奏ちゃん。妖怪っぽくも見えるけど、ウチのお姉ちゃんよ?」


 いや妖怪て。

 撫子さんの方がひどいこと言ってる気がするぞ。

 

 が、確かにそう見えなくもない。


 そこにいるのはもちろん唯花だ。


 そう、唯花なんだが……まずソファーの背もたれに隠れていて、顔の下半分が見えない。

 ついでに俯き加減なので、前髪のせいで顔の上半分も見えない。


 結果、ソファーから黒髪の頭だけが出てるような状態になっていた。


 夜中にいきなり見たら腰を抜かすかもしれない。


「おーい、唯花ー。何してんだー?」

「……っ」


 呼びかけてみたら、ビクッと反応があった。

 とりあえずソファーのそばまで歩いていく。


 しかし手が届く距離までいくと、サッと唯花が右手を上げた。


「タ、タイム!」

「いつから試合が始まっていたんだ……?」


「今日、あたしがおウチに帰った瞬間から勝負は始まっていたのです!」

「そうなのか」


「ちなみにお姉ちゃんの試合のセコンドは撫子さんよ♪」

「そうなのか……」


 扉の方でノリノリな母親が話に乗ってきた。

 よく分からんが、俺にはセコンドはいないらしい。

 なんて理不尽は戦いなんだ。


「しかしソファーに隠れてたら試合にならないんじゃないか……?」

「わ、分かってるけどぉ……っ」


 相変わらず隠れたまま、唯花は何やら困っている様子だ。


 だがいまいち状況が掴めない。

 なんでそんなに隠れたがってるんだ?


奏太(そうた)……わ、笑わない?」

「一応、『笑う』っていう機能は搭載してるつもりだけどな」


「違くて! 勇者合体ソウガイガーの話はしてないの!」

「まず勇者合体ソウガイガーが初耳なんだが!?」


 一瞬で俺を合体ロボにする辺り、さすが唯花だった。

 必殺技はでっかいハンマーにしてほしい。


「何がなんだか分からんが、とりあえず笑わん笑わん」

「ほんと? ぜったいだよ?」


「絶対だ。勇者ロボは世界の平和を守るロボだからな」

「もし笑ったらロボシリーズの悪者ぜんぶが一斉に攻めてきて、世界が闇に包まれるからね?」


 ……劇場版になりそうなくらいの大ピンチだな。


 と思っていたら、撫子さんが助け舟を出すように口を挟んできた。


「お姉ちゃん、メイクしたのよねー?」

「へ? メイク?」

「お、お母さん! 言わないで、って言ったのにー!」


 ああ、なるほど。

 撫子さんとの約束ってこのことだったのか。


 唯花がリップをつけたりした姿は何度か見たことがある。


 だが母親の撫子さんからちゃんと習い、きっちり大人のメイクをしたところは初めて見るかもしれない。


 ソファーから出てこないのも、そういうことなら納得だ。


 ひょっとしたら、初めてで上手くいかなかったのかもしれないな。

 唯花のことだからアニメや漫画みたいな面白メイクになってる可能性もありえる。


 しかしそれを笑うのは紳士じゃない。

 俺は胸に手を当てて、厳かに言う。


「誓う。何があっても絶対笑わない」

「……信ずるよ?」


「ああ、信ずるがよい」

「……うみゅ、信ずる」


 唯花がソファーの向こうで身じろぎを始めた。


「う~……」


 うなって気合いを入れて、


「えいっ!」


 勢いよくソファーの後ろから飛び出した。

 そのまま当たり前のように胸に飛び込んできたので、当たり前のように受け止める。


 黒髪が目の前でふわりと舞った。


 そして俺は――。


「……っ!?」


 ――言葉を失った。

 

 絶世の美女がそこにいた。


 目元の大人びたアイメイク。

 ほんのり色づくような頬のチーク。

 思わず吸い寄せられてしまいそうな唇のリップ。

 

 ただでさえ美少女だったのに、大人びたメイクをしたことで、目の覚めるような美女になっていた。


 着ているのはノースリーブのブラウスにロングスカート。

 撫子さんとお揃いのコーデなのだろう。


 それがさらに淑女のような雰囲気を作っていて、もはや言語に尽くしがたい。


 心臓が高鳴る。

 早鐘のように脈打って、うるさいくらいだ。


 俺は目の前の美女から目が離せない。


 な、なんだ?

 なんだこの気持ちは……!?


「あ、あのね、お母さんに教わってちゃんとメイクしてみたの……あたしもそろそろこういうのしてみたくって……」


 耳元の黒髪がさらりと揺れた。

 とびきりの美女が俺の腕のなかから上目使いで見つめてくる。


「どう、かな……?」


 視線にクラクラする。

 顔が熱い。

 もう何がなんだか分からない。


「奏太……?」


 考えがまとまらなかった。

 心臓がバクバクと高鳴っておかしくなりそうだ。


 生まれてから17年。

 ずっと一緒で何もかも知ってるはずだった。


 なのに、そんな唯花の新たな一面を見てしまい、感情が止められない。


「す……」

「す?」


 気づけば、力いっぱい抱き締めていた。


「――好きだ! 俺と付き合って下さい!」

「ふええええっ!?」


 腕のなかで細い体が飛び上がる。


「も、もう付き合ってるけどぉ!?」

「付き合ってるところから、さらに付き合ってくれ!」


「どういう状態なのそれ!?」

「これまでの唯花も、これからの唯花も、ぜんぶ俺のものだーっ!」


「なんかすごいこと言ってるーっ!」


 唯花は真っ赤になってバタバタする。

 しかし俺がしっかり抱き締めているので逃げられない。


「ちょ、奏太、落ち着いて! 冷静になってっ」

「大丈夫、俺は冷静だ! 至って限りなく冷静だ!」

「それぜんぜん冷静じゃない人のセリフーっ」


 いやいや実際、俺は冷静である!


 正直に言おう。

 俺は今、勢い余ってプロポーズするところだった。


 だが、さすがにそれはまだ早すぎると瞬時に判断し、とっさに『付き合ってるところからさらに付き合う』という告白に切り替えたのだ。


 他に類を見ない、圧倒的な冷静さである。

 クール・オブ・クールの名を冠していいほどの冷静さである。


 というわけでこの冷静さを持ってして、俺は唯花をお持ち帰りしたい。


「よし、帰るぞ、唯花」

「なにゆえに!? あたしのおウチここだから!」

「それは分かっている。分かっていないわけがあるまいて」


 抱き締めていた状態から解放。

 でもまだ唯花を直視できない。

 明後日の方向を見て、俺は鼻の頭をかく。


「なんつーか……」


 気恥ずかしいが、はっきり言おう。


「お前ともっといたいんだよ」

「……っ」


「ダメか……?」

「ダ、ダメじゃないよ? ダメじゃないけど、でもぉ……」


 唯花は赤くなって困ったように身じろぎする。


 メイクで大人びているのに、仕草はいつもの可愛らしい唯花だ。

 そのギャップにまたクラクラさせられる。


 カールしたまつ毛の下から、チラリ、と上目使い。


「……まだちゃんと感想聞いてないし」

「……っ」


 こやつめ、どこまで俺の心臓に負担を掛ける気だ。


 感想なんていくらでも言える。

 美人だし、可愛いし、めちゃくちゃ綺麗だ。

 しかし俺が言うより早く、


「あとそれから……」


 唯花の指先がリビングの扉の方を差す。

 そのまま羞恥心いっぱいの顔でぽつりと。


「……お母さん、見てるから」

「はっ!?」


 血の気が引いた。

 ぎゅるんっと振り返る。


 超ニコニコ&超ニヤニヤ顔がそこにあった。


「見てるっていうか、撮ってるわよー♪」

「なに撮ってんだよーっ!?」


 撫子さんのスマホがこっちを向き、ばっちり録画されていた。


「奏ちゃんの一世一代の告白、ちゃーんと記録に残さなきゃね?」

「残すな、そんなもん! 消せ、消してくれってぇ!」

「やーよー♪」


 いい年してひらひら逃げる撫子さん。

 必死に追う俺。


 唯花は手のひらで顔を覆い、真っ赤になってつぶやく。


「だから冷静にって言ったのにぃ……奏太のばかぁ」



 ………………。

 …………。

 ……。



 結局、この動画は如月家の全員に共有され、この後、長らく俺を悶絶させることになった。


 おそらく撫子さんは唯花にメイクを教えてる時から、俺がやらかすことを予想していたのだろう。


 恐るべきは序列二位。

 ちくしょう、マジで勝てる気がしねえ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] うっわ! 知らぬ間に更新されてるぅ!気づかなかったぁぁぁぁあ! 遅くなってすみません。。。 撫子さんだ!!ほんとに撫子さん出してくれるなんて。。先生は神ですか??!嬉しすぎて言葉が出ません…
[良い点] 奏太さん最高っす。めちゃくちゃ笑わせてもらいましたわ。 いや、こんな淋しいのバレバレな言い訳ある?? んで着信の確認のはやさよ。寝ても覚めても一緒にいても離れてても頭の中は唯花一色、意識は…
[一言] 更新お疲れ様です! おやめろ下さいと勇者合体ソウガイガーで草 付き合ってるところからさらに付き合うとは…?(哲学) 今回はいつにも増してギャグ成分が多くて読んでて楽しかったですw つか撫子さ…
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