After19 メガネ男子な奏太にきゅんきゅんしちゃう唯花さん
うーむ、なんか集中できんな……。
今日も今日とて俺の家。
ちゃぶ台代わりの小テーブルで宿題を広げているのだが、どうにも問題が頭に入ってこない。
今日は生徒会で書類仕事ばっかりしてたからなぁ。
目や頭が疲れてるのかもしれない。
なんてことを思ってたら、向かいの唯花がおもむろに「くくく……」と悪役笑いを始めた。
「お困りのようね、奏太さんや?」
「ふむ?」
「そういう時はこのユイえもんに泣きつくといいのです」
「ユイ……えもん……だと?」
なんだなんだ?
ウチの彼女がまた得体の知れない何かになろうとしているぞ?
「ほら、言いなさい。助けてよ、ユイえもん~って元気よく!」
何やらノリノリである。
逆らうのもアレなので、とりあえず言ってみた。
「タ、助ケテヨー、ユイえもんー」
我ながら棒読みなセリフだった。
しかし唯花はこれまたノリノリで胸を張る。
「しょうがないな~、奏太くんは~!」
妙に声が甲高い。
なるほど、のぶ代ではなく、わさびなのか。
口で「タッタラター♪」と効果音を言い、通学鞄から何かが取り出された。
「はい、100円ショップのメガネ~!」
唯花が手に持ってるのは、度が入っていない黒縁の細メガネだった。
うん、確かに100円ショップのメガネだ。
そういや帰り道、駅前で『ちょっと待っててー』と言って、100円ショップに行ってたな。
「ちょっと待ってくれ、ユイえもん」
「待たぬ。待って欲しくば、もっとテスト0点の少年っぽく言いたまへ」
マジか。
射撃宇宙一の少年の物真似とかこっ恥ずかしいんだが。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ユイえもん~!」
「よろしい。発言を許可するよ、奏太くん」
許可された。
しかし本物の猫型ロボットはそんな大仰な物言いじゃないと思うぞ……?
「それ、どう見ても秘密道具じゃないんだが? ただの100均のメガネだろ?」
「くくく、猫型ロボットが秘密道具を出すと、いつから錯覚していた?」
「いや秘密道具を出さなかったら、そいつはただの押し入れの居候だからな?」
「なんと失礼な! ドラちゃんは大事なお友達でしょ!?」
「ドラちゃんって言っちゃったよ! そこはユイちゃんじゃねえのかよ!?」
「ユイちゃんだったら、いつもの唯花ちゃんじゃない!」
「それはそうなんだが、あれ!? なんの話だっけか!?」
ドラちゃんとユイちゃんが混ざって、どっちがどっちだか分からなくなってしまった。
すると向かいから「はあ~」と呆れたようなため息。
おお、そこはなんか0点少年と話してる時のドラちゃんっぽいな。
「いいかい、奏太くん? ドラちゃんは未来からきた猫型ロボットでしょ?」
「そうだな、22世紀だな」
「一方、ユイえもんはご近所からきた猫型美少女なの」
「そうだな、ただのお前だな」
「じゃあ、話を先に進めるからね?」
「よろしく頼む」
なんせ宿題がまだ途中だからな。
「奏太、今日ずっと会長の席でお仕事してたでしょ? だから疲れて宿題できないんじゃないかと思って、なので買ってきました!」
そう言って細メガネを手渡してくる。
「ああ、俺のために100均いってくれてたのか……」
「そだよー」
にこっと笑顔。
じーん、と嬉しくなってしまう。
しかし問題があった。
わりとクリティカルな問題だ。
「ありがたいんだが、これ度が入ってないぞ……?」
あと俺、両目とも1.5だし。
書類仕事で文字が見づらくなるような年齢でもないし。
「ノンノンノン」
唯花は『言うと思った』という顔で指を振る。
「いい? まずは奏太がこのメガネつけるでしょ?」
「ふむ」
「するとすると、頭が良くなった気になるでしょう?」
「ふ、ふむ?」
「あとは簡単! 頭が良くなったんだから宿題も出来るはず! と思ってぐんぐん集中できちゃうのです!」
「ふむふむふーむ……って、めっちゃプラシーボ効果じゃねえか!」
思い込み頼りの秘密道具なんて、未来デパートが潰れるぞ。
あ、でもユイえもんは未来関係ないから別にいいのか。
まあ、唯花が買ってくれたものだし、ありがたく付けてみるか。
そう思って顔に近づけ……ふと俺は手を止めた。
向かいの唯花が首をかしげる。
「どったの? 調子に乗って悪いことに使わなければ、ママとかビッグGにしっぺ返しされる展開にはならないよ?」
ガキ大将の呼び方はアメリカ放送バージョンなのか。
というツッコミは置いといて、俺はどうにも躊躇してしまう。
「いや、その、なんだ……」
「ふみゅ?」
「……俺、メガネとか絶望的に似合わないんじゃないかと」
「あー」
納得されてしまった。
「言われてみれば、奏太、ぜんぜんメガネ付けそうなイメージないね」
「だろ……?」
自分で言うのもなんだが、俺は書類仕事より外で飛び回るタイプだ。
まあ必要なら仕事はするが、メガネでビシッと決める感じかと言うと、それも違う。
あと……若干、目つきが悪いので、なおのこと似合わない気がする。
「だ、だいじょーぶ、だいじょーぶ! メガネ男子な奏太も意外にギャップでアリになるかもだし!」
「そ、そうか……?」
「そうそう! 似合わなかったらお腹抱えて笑ってあげるから!」
まあ、笑ってもらえるなら御の字かー。
と思って掛けようとしたら、唯花が俺の手からメガネを取った。
「ほら、目つぶってー?」
そのまま小テーブルに身を乗り出し、俺の顔にメガネを掛けてくる。
素直に目をつぶって――装着。
耳にフックが掛かり、鼻の頭に独特な重さを感じた。
「ちゃんと付けられた?」
「? お前が付けてくれたんだろ?」
「んー、せっかくだから、あたしも目つぶってるし」
「危ねえな!?」
「だってせっかく初のメガネ奏太だもん」
イタズラっぽい笑みの気配を近くに感じた。
まったく、と肩をすくめる。
「目、開けるぞ」
「あたしも開けるー」
二人同時に目を開けた。
薄いレンズ越しに唯花の顔が見える。
結構な至近距離だった。
思いきり身を乗り出していて、ほとんど抱き着きそうな格好だ。
そうして目が合った途端である。
「――っ!?」
何かに驚いたような表情で、唯花が固まった。
その頬がなぜかじんわりと赤くなっていく。
「どうした?」
「え? あ、うん、えっと……っ」
視線を逸らされた。
「唯花?」
体を回り込ませ、視線を合わせようとする。
しかしふいっと逆側を向かれてしまった。
「……?」
「……」
もう一度、体を回り込ませる。
またふいっと逆側へ。
「おいおい、なんだってばよ?」
「や、待って。ちょっと待ってほしいの……っ」
妙に慌てた様子で手を振る。
顔は思いっきり背けたままだ。
え、まさかそんなに似合ってないのか……?
不安になってきて、唯花の細い手首を軽く掴む。
「せめて笑ってくれって。じゃないと居たたまれないぞ」
懇願しながらこっちを向かせる。
すると、
「あう……っ」
顔が真っ赤だった。
白い肌が上気し、耳まで染まっている。
「は? え? どした?」
驚いた拍子にメガネがズリ落ちそうになった。
慣れない手つきで、ブリッジをクイッと上げる。
途端、唯花が「はうっ」と反応。
「もう~っ! ずるいー! なにその破壊力―っ!」
何やら大声で文句を言い、ペチペチと胸を叩いてくる。
「は、破壊力?」
「そう! 地球破壊爆弾レベルの破壊力―っ!」
「ドラちゃんの道具の一番ヤベエやつじゃねえか!」
ワケ分からん。
とりあえず一回外すか……とメガネに手を伸ばす。
「外しちゃ、めーっ!」
「めっ、なのか!?」
「めっ! なのです!」
すかさず両腕をホールドされた。
おかげでばっちりと目が合った。
「……あう」
照れたように下を向く、唯花。
んん?
これは……。
ホールドされたまま、俺は宙を見上げて思考する。
どうにも挙動不審だが、見る限り、おもしろ方向ではないらしい。
「つまり……似合ってないわけじゃない、ってことか?」
「……うみゅ」
小さな頷きが返ってきた。
「むしろ……良き」
「良きなのか」
「良きなのです」
腕が解放され、唯花が指先で俺の胸に『の』の字を書く。
「だって、なんか普通にギャップ萌えだし。いつも熱血系の奏太がクール系になっててきゅんきゅんするし。どうしよ、これは地球が破壊されちゃうかも……」
されん、されん。
っていうか、普段の俺、熱血系なのか?
などと思っていると、いつの間にか唯花がこっちを見上げていた。
制服のネクタイを指で摘まみ、引っ張ってくる。
「ねえねえ、奏太ぁ」
「うん?」
「あのねあのね」
「なんだ?」
「えっとぉ……」
「?」
唯花は恥ずかしそうに口ごもる。
しかし言わないままでもいられない、という様子で口を開いた。
2人だけなのに、こっそり耳打ちするような小声で。
「今、ちゅーしたら……メガネ当たっちゃうのかな?」
なんぞっ、と仰け反りそうになった。
ネクタイを摘ままれているから、どうにか堪えたが。
「な、なんだよ唐突に?」
「だってだってっ。よく言うでしょ? メガネしてるとぶつかっちゃうって」
「それはお互いにメガネ掛けてた場合のことじゃないか?」
「にゃ、にゃるほど」
「だろ?」
「ちなみに……」
唯花はスカートのポケットに手を入れる。
「……ここに、こんなものがあるのだけれども」
出てきたのは、俺が掛けているのと同じタイプの細メガネだった。
どうやら自分の分も買っていたらしい。
それを唯花はスチャッと装着。
「おお……っ」
唯花のかしこさが10上がった!
ような気がした!
いつもふにゃふにゃしてるウチの彼女がかしこく見える。
黒髪も相まって、まるで委員長キャラのようだ。
これはすごい。
これがギャップ萌え……!
唯花がきゅんきゅんきてる気持ちが分かってしまったぞ。
ん?
いやでもちょっと待て。
「唯花さんや、もしかしてキスの時にメガネがぶつかるか試したくて自分のも買ってきたのか?」
「――ふえ!?」
冷や水を浴びたように目を見開く、メガネ唯花さん。
「ち、違うもん! あたし、そんなエッチな子じゃないもん!」
「いや別にそれでエッチな奴とは思わんが」
「奏太とお揃いにしたくて自分のも買ってきたのっ。変な誤解したら地球破壊爆弾を投下!」
「ちょいちょい地球に危機が訪れ過ぎる……っ」
まあ、俺とお揃いにしたいという気持ちは素直に嬉しいし、大変かわゆいと思う。
唯花が拗ねてネクタイをぴこぴこ引っ張ってくるので、俺はその髪を撫でてやる。
ついでに……照れくさいが言ってみた。
「あー……してみるか? メガネでキス」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……すりゅ」
すりゅらしい。
ついでにご機嫌も治ったようだ。
唯花はもじもじしながら顔を上げる。
「メガネつけては……初めてだね?」
「だな」
……ちょっと緊張するな。
見慣れないメガネ越しの顔に触れ、俺はやや身を屈める。
唯花の方も少しだけ背伸びをしてきた。
お互いに目を閉じ、2人の唇が近づいていく。
そして、
「あ」
屈んせいで俺のメガネが大きくズリ下がった。
唯花のメガネにカチャッとぶつかる。
「わっ」
びっくりして唯花が目を開けた。
「やっぱり当たったー!」
「本当だ。マジで当たったな」
まさかキスする寸前でズリ下がってくるとは。
「もっかいしよ、もっかい!」
リクエストにお応えして、もう一度試してみた。
しかしまたズリ下がってきて、唯花のメガネに当たってしまう。
ううむ、奥が深いな、カップルでメガネっていうのは……。
趣深く思っていると、唯花が声を上げて笑った。
「あははっ。奏太、ちゅー下手っぴー!」
「なにおう!?」
とんでもないレッテル、とんでもない色眼鏡である。
これは捨て置けぬ。
俺は唯花の細い腰にしっかりと手を回す。
「もっかいだ! 次は成功させるからな!」
「しょうがないにゃー♪」
ご機嫌な笑顔で唯花も俺の首に腕をまわしてきた。
「奏太くんが上手に出来るまで、おねーさんが付き合ってあげる♡」
いつの間にか唯花の年上ムーブが発動していた。
さっきまで面白おかしいユイえもんだったのにえらい違いだ。
…………。
…………。
…………。
それから何度もメガネのキスにチャレンジした。
そうしているうち、いつの間にか俺の疲れもきれいに取れていて、宿題もばっちり出来てしまった。
恐るべきはユイえもんの秘密道具の力である。
どうやら未来の猫型ロボットよりご近所の猫型美少女の方が俺には合っているらしい。




