After7 キスしちゃった生徒会室に遭遇、スター・リヴァー!
ここは生徒会室。
唯花に手伝ってもらいながら、俺は書類仕事をしていた。
二人でやると予想以上にはかどり、仕事も終わりに差し掛かった頃のこと。
大変いい雰囲気になって、自然に二人の距離が近づいた。
カーテンがさざ波のように揺れ、一瞬、俺たちの姿を覆い隠す。
「唯花、好きだ」
「あたしも奏太が大好き」
誰かくるかもしれない生徒会室で、俺たちは――そっと隠れるようにキスをした。
………………。
…………。
……。
さて。
はてさて。
その直後のことである。
生徒会室の扉がコンコンと控えめにノックされて、
「こ、こんにちは」
まさかのまさか。
俺たちの義妹、葵が緊張した面持ちで現れた。
「彩峰中学校の生徒会からきました、星川といいます。生徒会長の三上先輩は――って!」
目を剥くアワーシスター。
つまり俺たちの義妹。
「生徒会室で何やってるんですか!? 奏太兄ちゃんさんに唯花お姉様さん!」
ドンピシャで目撃され、俺&唯花は密着状態から大慌てで離れた。
「あ、葵ちゃん!?」
「なんでこんなところにいるんだってばよ!?」
「だってばよ、じゃありません! 伊織くんに合同文化祭の提案をしたのは奏太兄ちゃんさんでしょう!? 今日は伊織くんが忙しくて来られないから代わりにわたしが諸々の書類を持ってきたんです!」
その言葉通り、葵の手にはスケジュール関連の書類があった。
あー、そういや今日持ってくるって言ってたな……。
三年生になって俺が生徒会長になったように、伊織も中学三年生になってなんと生徒会長になった。
で、せっかく兄貴分と弟分でダブル生徒会長になったことだし、何か一緒にやってみるかということで、高校と中学の合同文化祭をやることにしたのだ。
今は計画を詰めている段階で、こうしてよくお互いの生徒会を行き来している。
ちなみに代理で書類を持ってきていることから分かる通り、葵も伊織の生徒会のメンバーだ。しかも副会長である。
昔は『わたしは伊織くんに相応しくありません』などと悩んでいた葵だが、今ではしっかりと伊織の隣に立っている。
なんならウチの高校では『三上封じのスター・リヴァー』として伊織より名前が知れ渡っているぐらいだ。うむ、お兄ちゃんとしては嬉しい限りである。
……なんて感慨にふけっている余裕はなかった。
スター・リヴァーと化した義妹がまさしく俺封じの勢いで向かってくる。
「神聖な生徒会室で思いっきりキ……キスしてるだなんて! いくら恋人同士だからってイチャイチャが過ぎます! 身内のわたしだから良かったようなものの、他の生徒さんが尋ねてきたらどうするつもりなんですか!?」
「い、いやいや違うんだ、葵! 今のは……そうだ、唯花の目にゴミが入ったんだ! な、唯花!?」
「そうそう、そうなの、葵ちゃん! あたしの目に巨大なスペースデブリが飛び込んできて、それを奏太が撃墜してくれたの!」
「宇宙ゴミが唯花お姉様さんに飛び込んでくるってどういう状況ですか!? ……そもそもわたし、お二人の唇が重なってる瞬間をばっちり見ちゃいました。だからそんな古典的な言い訳は通用しません!」
仁王立ちで断言する葵。
小柄なのに迫力は満点。
ギンッ、と義妹の厳しい目が俺へ向く。
「奏太兄ちゃんさんはもっと生徒会長さんとしての自覚を持って下さい。生徒の代表となるべき人が率先して風紀を乱してどうするんですか」
「くっ、生徒会長に真っ向から説教をするとは……さすがは俺封じのスター・リヴァー」
「それやめて下さいってば!? ここにくる途中も色んな先輩から『あ、スタリヴァちゃんだ』とか『やっほー、スタリヴァちゃん』って言われてすっごく恥ずかしかったんですからね!? っていうか、スタリヴァちゃんってなんですか!?」
「おお、いつの間にか愛称にまでなってるのか。まあまあ、いいじゃないか。名前が知れ渡るのはいいことだぞ?」
「どこが!? どこがいいんですかー!? わたし来年、伊織くんとこの高校に入るのに、入学前から謎のマスコット扱いですよ!? 先行きが不安過ぎます……っ」
「葵ちゃん、かわいそう……。ごめんね、奏太のせいで」
すすす、とさりげなく隣にいき、唯花が葵の肩に手を置く。
その魂胆が俺にはすぐにわかった。
唯花は葵側につくことでお説教を回避しようとしているのだ。
だが残念なことに、
「いえ、唯花お姉様さんもですよ」
ギンッと鋭い視線が唯花にも向けられた。
「ひぃっ!? 葵ちゃん、怖い……!」
「奏太兄ちゃんさんがどうかしてる人なのはわかってるんですから、唯花お姉様さんもしっかり止めてあげて下さい」
ビシッと言い切る葵。
こうやって唯花にもしっかり物申す辺りが葵と伊織との違いだったりする。
俺が長年『問題が起きたら、男が責任を取るもんだ』と言ってきたこともあって、伊織はあまり唯花には怒らない。
もちろんお泊りを画策した時とか、二人セットでまとめて説教されることはあるものの、最終的に伊織の矛先は俺に向く。
しかし同性なこともあってか、葵はきちんと唯花にも怒る。
で、唯花は唯花でそれが新鮮なのか、義妹に叱られるのを楽しんでいる節がある。
今も指と指をもじもじ合わせながら、「でもでもー」と葵にすり寄っていく。
「あのねあのね、葵ちゃん? 生徒会ではあたしも結構ストッパー的なことしてるんだよ?」
「? どんなことをしてるんですか?」
「よくぞ聞いてくれましたっ。奏太がヘリコプターとか呼び出して不思議時空に突入しそうになったら、あたしが率先して止めてます!」
「あー……」
ちょっと宙を見上げて、葵は悩ましい顔。
数秒間を置き、深く深く頷いた。
「そうですね、ヘリコプター展開を止めるのは大切です……」
馬鹿な!?
ヘリは楽しいんだぞ?
学級委員長も喜んで貸してくれるしな!
と思っていると、葵が唯花に向かって言う。
「それはさておき、生徒会室でキスは駄目です」
「あ、あうー」
赤くなって顔を手で隠す唯花。
さすがにキスを見られた上、義妹に真正面から注意されるのは唯花も恥ずかしいらしい。
一方、葵は「もうっ」と腰に手を当てる。
「あうー、じゃありません。奏太兄ちゃんさんが迫ってきても、唯花お姉様さんがちゃんと拒否すれば済むことですからね? せめて学校では風紀を守って下さい」
「だけどだけど、葵ちゃん、奏太がキスしてこようとした時、あたしはちゃんといさめようとしていたの」
「え、そうなんですか?」
んん?
「そうそう。ここは生徒会室だからダメだよって。誰かきちゃうかもしれないからねって」
「あれ? じゃあ、ちゃんと止めようとしてたってことですか……っ」
んんん?
「そうなの! でも奏太が無理やりに……!」
「無理やりにっ!?」
はあ!?
「奏太は『俺は生徒会長だ』って言って、『こういう時に権力を誇示せずにいつするのかね』って言って、そしてとっても強引に……っ」
「権力を盾にしてキスしてきたってことですか!?」
ちょお!?
いや言ったけど!
確かに言葉としては言ったけども!
よよよ、と唯花はわざとらしく泣き崩れる。
「つまりね、奏太は悪の提督だったの」
「奏太兄ちゃんさんは悪……っ」
支えるように唯花を抱き留め、葵が俺の方を見る。
宇宙ゴミを見るような目だった。
「奏太兄ちゃんさん……」
「いや違う! 誤解だ! 大いなる誤解だ!」
「出てって下さい、地球から!」
「宇宙に放出ーっ!?」
俺はたまらず絶叫。
見れば唯花は義妹にハグされながら俺を見て、えへへー、とてへぺろしてる。
おのれ、諸葛ゆい明!
なんたる策士よ……!
おそらく真正面からキスについて言及された時は本気で恥ずかしがっていたはずだ。しかし葵と会話しているうちに奴は俺に罪を着せることを思いついた。
そのままシームレスに策へ移行し、見事、葵のハグをゲットしたというわけだ。
諸葛ゆい明が次にどんな行動に出るかは容易に推測できる。
俺の好感度を下げた分、自分の好感度を上げて、さらに義妹との仲を深めるつもりだ。
なんという狡猾さ。
やれ恐ろしいことじゃわい。
だったらこちらにも考えがあるぞ!
「よく聞け、葵。お前は騙されている」
「騙されてる……? どういうことですか?」
「確かに唯花はダメだと言った。というか、俺が迫るとまずはそう言って焦らすことがことさら多い」
「迫る……? 焦らす……? えーとすみません、その先はあんまり聞きたくないですけど……」
「でもな」
俺はグッと拳を握る。
そして声を張り上げた。
「ダメだダメだと言いつつ、唯花はいつも満更でもなさそうなんだってばよ――ッ!」
「ちょっとー!? 義妹に何言ってるのかね、チミは!? デリカシー! デリカシーが圧倒的に行方不明ーっ!」
真っ赤な顔で叫ぶ、唯花。
ふははは、死なば諸共だ!
一方、俺の高らかな宣言を聞き、葵の目はハイライトが消え始めていた。
しかし、そうとは気づかず俺と唯花は火花を散らす。
「おにょれ、やる気なのね、奏太……っ」
「こっちの台詞だ。先に仕掛けてきたのはそっちだからな、唯花……っ」
かつて、まだただの幼馴染同士だった頃、俺と唯花はキスを巡って史上最大の決戦を巻き起こした。
時は過ぎ、今度は義妹を巡って、新たな決戦が始まろうとしていた。
その名も義妹争奪決戦。
ここに戦いの幕は切って落とされた――!
俺と唯花は同時に動き出す。
勝利条件は葵の好感度をゲットすること。
そのためにはあらゆる戦法が許される!
「葵ちゃん葵ちゃん、お茶にしよっか!? ここの生徒会、高級なお菓子やお茶葉が揃ってるんだよ! 今なら食べ放題の飲み放題!」
「いえ、いいです。一応、仕事中ですから」
「葵っ葵っ! どうだこれ見ろ、ファミレスの新しいスタンプ! コークスクリューちゃんの必殺リングアウトバージョンだ! スマホに送ってやろうか!?」
「いえ、いいです。昨日、伊織くんと行ってゲットしましたから」
「じゃあじゃあ葵ちゃん! 髪やってあげよっか!? ウチのお母さんから新しいヘアアレンジ教えてもらったの! 編み編みしてお姫様みたいなマーガレットヘアにしてあげる!」
「いえ、いいです。唯花お姉様さん、それ先週、伊織くん家でしてくれたばかりじゃないですか。可愛いって褒めてくれた伊織くんと記念写真撮ってありますから」
「だったらだったら葵! ほれ見ろ、伊織の秘蔵写真だ! 子供の頃の寝顔とかオネショした時の泣き顔とか、あれやこれやが俺のスマホに山ほどあるぞ!」
「いえ、いいです。奏太兄ちゃんさん、以前にもそうやってわたしの機嫌とろうとして、見せてくれたじゃないですか。めぼしい写真は以前に送ってもらってぜんぶ保存済みです」
「えっとえっと、じゃあ恋愛相談とかない!? お姉様さんがどーんと聞いちゃうよ!」
「ならなら、悩み事とかないか!? これでも生徒会長だからな、なんでも解決するぞ!?」
「あ、それならありますけど……」
俺と唯花は「「これもだめかー!」」と頭を抱えてうずくまる。
くそう、何か葵の好感度を一瞬で爆上げする手段はないのか。
……と思って、数秒。
何か聞き流したことに気づき、二人同時に顔を上げる。
揃って目をパチクリ。
「え、あるの? 恋愛相談」
「え、あるのか? 解決してほしい悩み事」
「いえ、あの、そんな大げさなものじゃないですけど……」
葵は困ったように目を逸らした。
言うかどうか迷っているかのように、その場で身じろぎをする。
やがてぽつりと告げた。
「伊織くんが……」
「うんうん、伊織が?」
「おうおう、伊織が?」
葵は頬を朱に染めて俯いた。
そして吹けば消えてしまうような小声で。
「なかなかキス以上のことをしてくれなくて……」
瞬間。
俺と唯花に電流走る――ッ!
「「――ッ!!!!」」
ここに義妹争奪決戦は終結した。
んなことしてる場合じゃない。
こいつは未曽有の一大事だ。
キス以上のことって、葵、お前っ、お前……っ!
俺たちは即座に動きだした。
言葉を交わす必要はない。
アイコンタクトすら必要ない。
まずは唯花がネコのようなしなやかさで部屋を飛び出した。
そして生徒会室の扉に『本日しゅーりょー!』の札を出す。
次に俺が来客用の一人用ソファーを移動。
ローラーを使って床を滑らせ、葵の背中に突撃。
膝かっくんの要領で強制的に座らせ、「え? え?」と混乱している葵を執務机の正面に連れていく。
その頃には唯花が部屋に戻り、執務机の横でキリッとした顔になっている。
ほぼ同時、俺は生徒会長の椅子に座って、執務机で指を組む。
ドンッ!
と効果音が鳴りそうなほどの生徒会ポジションだ。
俺は厳かに口を開く。
「葵、詳しく聞こうか」
「え? え? あの、展開についていけないんですけど……っ」
戸惑うのも無理はない。
しかし安心していい。
ナイスなタイミングで唯花がファサァ……と黒髪をかき上げ、俺はカッと両目を見開く。
「これより生徒会お悩み相談を開始するッ!」
「はっじっまるよーっ!」
「何か始まっちゃったーっ!?」
度肝を抜かれた葵の声が生徒会室に響き渡った。
◇ ◆ ◆ ◇
同時刻。
彩峰中学校・生徒会室。
「……ブルッ」
「? 突然震えてどうしたんですか、如月会長?」
「会長、なんか顔色が悪いですよ?」
「お風邪ですかー?」
「あ、ううん、体調は悪くないんだけど……」
伊織はカノジョが向かった彩峰高校の方を向いてつぶやいた。
「なんかすごく嫌な予感がする……」




