After6 生徒会室でイチャつきがちな唯花さん
さて、今日の俺は生徒会室にいる。
会長用の執務机に座り、目下、書類仕事を遂行中だ。
けど正直、これが会長になりたくなかった一番の理由だったりする。
別に書類仕事は苦手じゃないんだが、ひたすら申請書やら承認書とにらめっこしてハンコを押していくのは結構面倒なのだ。
「えーと、次は部活連からきた部費の割り当て表か。……げ、ここ書式間違ってんじゃねえか。再提出……は可哀想か。しゃーない、こっちで直しとくか」
なんてことをしてると、仕事が雪だるま式に増えていく。
後輩には『トップはもっと割り切って再提出させていいんです』とかよく言われるんだが、こればっかりは性分だから仕方ない。
あとで修正、とポストイットを貼りつけて、次の書類へ。
そうやって仕事をしている俺の横には、唯花がいる。
「…………」
とくに何か口を挟むわけでもない。
生徒会役員用の椅子を執務机のそばに持ってきて、頬杖をつき、にこにこしながら俺の横顔を見つめている。
「あー、唯花」
「んー?」
「ゲームとかしないのか? 今なら俺たちしかいないからソファーの下に隠してるスウィッチをやるチャンスだぞ?」
「ううん、いいの。今はそういう時間じゃないのです」
「そうか」
「そうそう」
「……」
「……」
「えーとだな、唯花」
「んー?」
「じゃあ、ムシ柱さんの等身大フィギュアを愛でないのか? 今なら天井裏に隠してあるムシ柱さんを眺め放題だぞ?」
「もー、今はそういう時間じゃないってば。唯花ちゃんの話を聞いてなかったのかね?」
「ああ、いやすまん……」
なぜか謝って仕事を継続。
横からにこにこ見つめられるのも継続。
生徒会室に二人っきりでいると、唯花はたまにこうして何をするでもなく俺を見てくる。
幼馴染で恋人同士だから今さら気が散るということもないんだが、今までにない行動なので、気になるのも事実だった。
うーん、今日こそ聞いてみるか……。
「なあ、唯花」
「ふみゅ?」
「古典的な質問で恐縮なんだが、俺の顔に何かついてるか?」
「古典的な返しをしてみるけど、目と鼻と口がついてるよ?」
「よし、古典はやめてオリジナルでいこう。唯花さんや」
「じゃあオリジナルで返すけど、なんじゃらほい、奏太さんや」
「ぶっちゃけ、どうした?」
「あー」
肩を揺らしてくすくす笑い。
細い肩に乗っていた黒髪がさらりとこぼれる。
「やっぱり気になる?」
「まあ、多少はな」
唯花は頬杖をやめ、椅子の背もたれにぐーっと背中を預けた。
窓は開いていて、白いカーテンが涼しげに風に揺れている。
その向こうからは校庭で部活をやっている生徒たちの声。
「あのね、あたし、お外に出てきて良かったぁ、って思うことがたくさんあるの」
生徒会室のなかはよく陽が入り、とても明るい。
「そのなかの一つがね、お仕事してる奏太を見られることなんだ」
「……仕事してる俺?」
「そ。だって、あたしの部屋じゃ見られなかった姿だもん」
言われればそうかもしれない。
うーん、けどなあ、
「そんな面白いもんか?」
「面白いっていうか……」
また頬杖をつき、俺の方を見て、唯花は目を細める。
「お仕事してる奏太、格好良いなぁって」
「か……っ!?」
一瞬で顔が熱くなった。
唯花の方を見られず、反射的に逆を向いてしまう。
こやつ、今なんて言いおった!?
極めて自然な空気でなんて言いおった!?
「……? 奏太? どったの?」
「どったの、ってお前……」
「なんかことさら過剰に照れてるように見えるよ?」
「そりゃことさら過剰に照れるっての。か……とか言われ慣れてねえですし」
「ほえ?」
目をぱちくりする唯花さん。
「あたし、いつも言ってないっけ?」
「言ってない言ってない。ウルトラレアな発言に心臓爆発しそうだってばよ」
「あれー、あー、そっかぁ。言われてみればー……そうかも?」
唇に指を当て、考える仕草。
可愛いなおい。
「でもいつも思ってるよ?」
「……まじで?」
「まじでまじで」
ちょい照れ気味の頷きが返ってきた。
やば、また顔が熱くなってくる。
すると唯花が、すすす、と近づいてきて、また頬杖ポジション。
そしてにこっと笑顔。
「あたしの彼氏、格好良い♡」
「……っ」
「お仕事してる姿も格好良くて大好き♡」
「……っ」
俺、仕事めっちゃ頑張ろう。
これからはいつもの三倍頑張ろう……!
キリッと表情を変え、俺は執務机に向かう。
「如月秘書官、そっちの書類を取ってくれ」
「かしこまりました、三上提督っ」
唯花の好きな艦隊ゲームになぞらえて仕事を再開。
「次!」
「はいっ」
「次!」
「はいっ」
「次! まだまだいくぞ!」
「はいっ。りょーかい!」
見る見るうちに書類の束が消えていく。
気づけば、本当にいつもの三倍ペースになっていた。
うむ、正直自分でもちょっと引いた。
どうやら俺は唯花といるとパフォーマンスが急上昇するらしい。
そんなことを思っている最中も次々に書類をさばき、阿吽の呼吸で唯花が次を用意してくれる。
なんか……いいな、これ。
「なんかいいね、これ」
思っていたのとまったく同じことを唯花が言った。
手は動かしたまま、ほにゃっと表情を崩して、
「将来、奏太とこうやって一緒に働くのも楽しいかも」
一瞬、息をのんだ。
……まったく、こやつめ。
元・引きこもり娘が言ってくれる。
あの唯花が自分の働いている未来を想像して、しかもそれを当たり前のように口にするなんて、聞いてるこっちは泣いてしまうぞ。
ついほろりときそうになって、目を逸らしながら手を伸ばす。
書類の山はいつの間にか消え失せていて、最後の一枚を唯花が渡してくる。
すると、ちょうど手と手が触れ合った。
「「あ……」」
俺は格好良いと言われた上にほろりときそうになっていて。
唯花は俺を手伝ってくれながら将来に想いを馳せていて。
お互い、いつもとはちょっと違う感じで高揚していたせいだろうか。
手が触れた途端、変に意識してしまった。
「わ、わりぃ」
「う、ううん、大丈夫っ」
はらり、と書類が床に落ちる。
でも手は触れ合ったままだ。
視線は合わない。
気恥ずかしくてお互いに目を逸らしてしまっていた。
「……奏太、書類拾わないと。大切なものだし」
「ああ……いや、いい。それただの備品のリストだから別に大したもんじゃない」
「そ、そっか」
「ああ、そうだ」
「……」
「……」
……なんか良い雰囲気だな。
試しに指先を少し引っ張ってみた。
俺の方へ引き寄せるように。
「あ……」
ぴくんっ、と唯花が反応した。
「だ、だめだよ、奏太」
「なにが?」
「なにがって……」
ブレザーの袖で恥ずかしそうに口元を隠し、唯花はもじもじする。
「ここ、生徒会室だもん。誰がくるかわかんないもん」
「問題ない」
キラッと目を光らせる。
「俺は生徒会長だ」
「わ……っ」
肩を抱き寄せた。
唯花は椅子から腰を浮かせ、俺の方へ寄りかかってくる。
「う~……強引」
「ふっ、こういう時に権力を誇示せずにいつするというのかね、如月秘書官」
「なんてこと……っ。三上提督は悪の提督だったのね……っ」
「そう、悪の提督だったのだ。秘書官がキスしたら正義に戻るかもしれないぞ?」
「どういう理屈なのよ~」
困った様子の秘書官の髪を梳き、頭を撫でる。
窓からは今も生徒たちの声が聞こえてくる。
陽射しは暖かく、二人っきりの静けさが心地良い。
「俺もさ、良かったと思うことがあるんだ」
柔らかい黒髪に顔を埋めた。
「頼もしい仲間たちがいて、騒がしい日常があって、学校は楽しい。でもやっぱり俺は……唯花がいる学校が一番好きだよ」
心の底から思った。
「だから……部屋から出てきてくれて、ありがとな、唯花」
「奏太……」
吐息のようにつぶやくと、唯花は「もう……っ」と俺の胸へ額をぐりぐりしてきた。
「ぜんぜん悪じゃない」
「そうか?」
「そうだよ」
「そうかー」
「そうかー、じゃありませんっ。どうしてくれるのよぉ」
可愛らしく頬っぺたを膨らませて見上げてくる。
「ここ生徒会室なのに、誰がくるかわからないのに……」
恥ずかしそうに頬を赤らめて。
俺にしか聞こえないくらいの小声で。
ぽつりと。
「ちゅー、したくなっちゃった……」
是非も無し。
正義の勝利である。
形のいい唯花のあご先を俺はくいっと上げる。
「あう……」
校庭の喧騒はどこか遠く、春先の風が心地良い。
カーテンがさざ波のように揺れ、一瞬、俺たちの姿を覆い隠した。
世界は今日も優しく、暖かい光が辺りを照らしている。
子供が親に隠れて悪いことをしているような、ちょっとしたイタズラ心に胸を躍らせて。
「唯花、好きだ」
「あたしも奏太が大好き」
誰かくるかもしれない生徒会室で、俺たちは――そっと隠れるようにキスをした。




