第163話 幼馴染たちの告白―始まりの場所から―
階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。
散々暴れた後だが、体は軽い。
むしろ力が溢れてくるようだった。
俺は今、唯花のことを探している。
登校後、どっかにいったお姫様を捜索中だ。
けど、居場所は最初からわかっていた。
この学校のなかで唯花は俺に見つけられるのを待っている。
だとしたら、行き着くところは一つしかない。
始まりの場所。
一年半前、唯花が引きこもり生活をすると宣言した場所。
この学校の屋上だ。
階段を上りきり、俺は分厚い扉を開け放つ。
強い風が吹き込んだ。
目に飛び込んできたのは、どこまでも広がる青い空、ブレザーの背中と風に流れる黒髪。
唯花は手を後ろで組んでいて、フェンスの前に佇んでいた。
あの日と同じ位置。同じ格好。
懐かしい……ってわけじゃないが、妙な感慨は湧いてくる。
「早かったね」
「全力疾走できたからな」
「ねえ、奏太……って、わあ!?」
唯花が何をしたいかはわかってる。
俺たちは幼馴染だ。
そして二人っきりでメチャクチャ濃い一年半を過ごしてきた。
唯花の考えなんて今さら全部お見通しだ。
こいつは一年半前、ここで俺に投げかけてきた問いをもう一度言いたいのだろう。
幼妻スタイルといい、ネコミミ肉球といい、唯花は本当に形から入りたがる。
しかし今日の主人公は俺だ。
だから今日は俺の好きにさせてもらう。
走ってきた勢いのまま、後ろで組んでいた唯花の手を引っ張り、グルンッと体の位置を入れ替えた。
唯花は「え? え?」と目を白黒させている。
意表を突かれてテンパっている顔が実に可愛い。
俺はずっと自分のことをヒーローじゃないと言い、同時に主人公じゃないとも言ってきた。
理由がある。
もしも俺たちの物語があるとしたら、唯花こそが主人公だと思うからだ。
すべてを怖がって部屋に閉じこもってしまった弱虫が、勇気の欠片を拾い集め、やがて外の世界へと戻っていく。それこそ主人公って感じじゃないか。
でも今日だけは違う。
今日、唯花は俺のことをヒーローだと言ってくれた。
やっぱりヒーローは主人公がやらなきゃな。
だから今日だけは俺のペースでやらせてもらう。
「なあ、唯花」
フェンスに背中を預ける。
強い風がワイシャツの襟をはためかせた。
「もしも俺がここから飛び降りるって言ったら……一緒に死んでくれるか?」
風が黒髪をさらい、唯花の両目が大きく見開かれた。
それは一年半前、この屋上で唯花が俺に言ったこと。
時を経て、その問いを唯花に返す。
唯花はそう長く驚いてはいなかった。
俺の顔をしばらく見た後、静かに瞳を閉じた。
自分の心に問いかけているようだった。
一緒に育った子供の頃、小学校や中学校時代、自分の部屋で過ごした俺との一年半、その他たくさんの記憶や想いを心に浮かべて。
やがて唯花の出した答えは――。
「ぜーたい、やっ!」
満面の笑顔で飛び込んできた。
「あたしは生きるから、一緒に生きろー!」
最高の答えだ。
飛び込んできた体を受け止め、思いっきり抱き締める。
唯花も力いっぱい抱き締め返してきた。
「もうっ、奏太、泥だらけ。ばっちーなー!」
「お前が全校生徒をけしかけたからだろ。こんにゃろ!」
「きゃー!」
髪をわしゃわしゃにしてやる。
あの日と同じ屋上で、俺たちは笑い合う。
空は青く晴れ渡り、風は爽やかで心地いい。
だから俺は大声で言う。
「唯花!」
「なーにー!」
「俺――」
思えば、これは何年越しの恋になるのだろう。
きっと生まれた時にはもう心は決まっていた。
運命なんていうのは柄じゃない。
でもきっと歴史がどんな道筋を辿ろうと、俺たちは変わらず一緒にいたはずだ。
だからこれは運命だ。
想いを隠していたわけじゃないし、すれ違いがあったわけでもない。
それでもずっとずっと秘め続けていた想いを、今、ようやく。
君に伝える。
「唯花が好きだ――っ!」
「……っ」
あんなに笑っていたのに、一瞬、唯花は涙ぐんだ。
色んな想いを込めたような小さな声で「……ありがとう」とつぶやき、次の瞬間には俯いていた顔を上げる。
「あたしもっ」
俺に負けないような大声で叫ぶ。
どっかーんっと爆発するような勢いと。
世界中の幸せを集めた砂糖菓子みたいな最高の笑顔で。
「あたしも奏太が好き! だいだいだい大っ好き――っ!」
胸がいっぱいになった。
今度は俺が泣きそうになり、慌てて空を見上げる。
唯花が俺の胸に頬をすり寄せてきた。
「えへへ、やっと言えた」
「ああ、やっと言えたな」
「長かったぁ」
「本当だぜ」
「あたしね、ずっとずーっと以前から奏太のことが好きだったんだよ?」
「俺だって生まれた時にはもうお前しか見えてなかったよ」
「今日からは毎日好きって言ってね?」
「…………」
……しまった、ちょっと間が出来てしまった。
むう、と唯花が可愛らしくむくれる。
「なによー、言ってくれないのー?」
「いや、そうじゃなくてだな……っ」
言い淀んだ途端、「あ、もしかして……?」と気づいた顔になった。
見る間にイタズラ顔になっていく。
「今の唯花ちゃんのセリフにグッときたのね?」
「ぬ……」
「グッときたんだ?」
「ぬう……」
「グッときたんだろー? 言えよー、言っちゃえよー?」
指先で胸元をグリグリされる。
「く……っ、ああそうだよ! 今までの生活じゃありえなかったセリフにグッときたんだよ! 悪いか、コンチクショー!」
「えへへー、悪くなーい! 奏太カワイイー!」
お姫様はご機嫌である。
そのご機嫌のまま、わざとらしく両手をきゅっと握ったぶりっ子ポーズをし、目を潤ませる。そしてセリフをアゲイン。
「奏太、これからはあたしに――毎日好きって言ってね?」
「くぅぅぅぅぅぅっ」
言うわ。毎日言うわ。メチャクチャ言うし、ルパンダイブもするからな。覚えとけよコンチクショー!
あまりの可愛さに俺はぷるぷると悶絶。
……と、フェンスの向こうに何かが飛んでいることに気づいた。
「――!? なんだあれ!?」
「ほへ?」
フェンス越しに空中を浮遊している物体。
ドローンだった。
ご丁寧に収音マイクまでついていて、中央のカメラはばっちり俺と唯花を捉えている。
「まさか……!」
駆け寄ってフェンスの下へ視線を向ける。
「んな……!?」
校庭に全校生徒が勢揃いし、巨大プロジェクターで屋上の様子が校舎の壁に投影されていた。
ほぼ全員、ニヤニヤ顔。
生徒会長たちは映像を肴にジュースで一杯やってるし、教員や用務員のおっちゃんたちまで一緒になって宴会みたいな感じになっている。
アー子さんは『してやったり』という顔ででっかいリモコンを操作していた。当たり前のようにこのドローンとプロジェクターはアー子さんの仕業らしい。
他の生徒たちもお祭り状態だ。
ただ、伊織だけは近年稀に見るぐらい号泣していた。良かったよぉ……っ、とボロボロ泣いていて、苦笑交じりの葵に優しく背中をさすられている。
まあ、つまりその、なんだ……完全な公開告白だ。
「勘弁しろよ。今度は俺が引きこもるぞ……っ」
フェンスに額をこすり付けてうな垂れる。
唯花もその横で「ありゃー」と言っているが、あんまりダメージは受けてなさそうだった。
「まあ、いいんじゃない?」
「いやいいのか?」
「引きこもりという試練を乗り越えてきた唯花ちゃんは強いのです」
「まあ、お前がいいならいいけども……」
「じゃあ、ついでにダメ押ししちゃおっか?」
「ダメ押し? ――って、むう!?」
いきなり唯花に唇を奪われた。
校庭の生徒会長が「おお!」とコップを落とす勢いで立ち上がり、他の生徒たちからもどっと沸くような歓声が上がった。学校中に盛大な拍手が響く。
ちくしょう、結局、唯花のペースに巻き込まれてしまった。
しかしずっと引きこもっていた唯花なので、その再出発の日が万雷の拍手に迎えられるのなら、それもいいのかもしれない。
……や、俺は明日からどんな顔で学校にくればいいのか、メチャクチャ悩むけどな!
こうして。
長い長い日々を経て、唯花は学校に戻ってきた。
始まりの場所で新しい始まりを得て、俺たちはさらに前へと進んでいく。
もうただの幼馴染じゃない。
長いキスを終え、見つめ合いながら告げる。
「唯花」
「うん?」
「今日からお前は俺のカノジョだ」
「にゃ!?」
「で、今日から俺はお前のカレシだ」
「にゃう~っ!」
というわけで。
万感の思いを込めて言わせてくれ。
幼馴染が引きこもり美少女なので、放課後は彼女の部屋で過ごしていたが――。
「好きだ」
「あたしも!」
――俺たちは恋人になった!
次回、エピローグです。




