第162話 ラストスクールウォーズ
あの頃は桜が咲いていた。
でも今は青々とした葉っぱが広がっている。
ここは学校の正門前の並木道。
奏太、伊織、葵ちゃんが付き添ってくれて、お父さん、お母さん、朝ちゃんが見送ってくれて、あたしはついにここまできた。
見つめる先、左右に葉桜の並木道があって、正門はもう開かれている。
その向こうには大きな時計のついた校舎の姿があった。
登校する生徒たちの流れのなかをあたしたちは進む。
「いけそうか?」
隣を歩く奏太が優しく訊いてきてくれた。
……正直言うと、いざ目の前にするとやっぱり怖い。
心臓がやたらとドキドキして落ち着かない。
でもあたしの足は前へ進み続けていた。
怖いけど、竦んでいない。
ちゃんと歩き続けてる。
だから信じることにした。
あたしは。
如月唯花は。
自分を信じることにした。
「平気」
一瞬だけ瞼を閉じ、すぐに開く。
「世界は怖くないって、今のあたしはもう知ってるから」
そうして――あたしは正門を越えた。
学校に戻ってきた。
「……っ」
一瞬、地面が歪むような感覚があった。
倒れる時の前兆。でも、
「あ……」
奏太が支えてくれる前にローファーがちゃんと地面を踏みしめた。
それは自分で堪えたというより、驚いて体が動いたから。
校舎の方、昇降口にひとりの女の子が立っていた。
それはこの一年半、あたしの物語のなかには登場しなかった女の子。
あたしの親友で、そしてあたしが引きこもる原因になった事件の時、一番大変な目に遭ってしまった子。
その子があたしを見つけ、小さく手を振ってきた。
「そ、奏太……っ」
「ああ」
奏太が頷く。
「彼女はもう大丈夫だ。ちゃんと復活して、ずっとお前が戻ってくるのを待ってたんだ」
女の子の隣には、同学年の男の子も立っていた。
確か事件の首謀者だった子だ。あの時は顔の形が変わるくらい奏太にボコボコにされてたけど、さすがにもう傷は治っているらしい。
女の子の隣で、彼はまるで彼女に寄り添うように気遣しげにしている。
あれ? と思っていると、奏太が苦笑しながら教えてくれた。
「あいつら、今どうやら両想いらしいぞ?」
「え、うそ。本当に?」
「色々あってな。でもお前が帰ってくるまでは付き合ったりとかはしないつもりだったらしい。あいつらなりのケジメなんだろう」
「……そっか」
あたしが止まっている間も時間は進み続けていたんだ。
だけどもうそれを淋しいとは思わない。
あたしは手を振り返す。
彼女は一瞬目を見開き、さらに大きく手を振って、隣の男の子はこっちに深く頭を下げた。
そんなあたしたちの様子を生徒たちがチラチラと見ている。
学校に近づいてきた辺りから、やたらと視線を感じてたのだけど、
「ねえ、奏太」
「なんだ?」
「ひょっとして、あたしが今日戻ってくることって知れ渡ってる?」
「うっ、いやその……っ」
途端、なぜか葵ちゃんが奏太にジト目を向けた。
「奏太兄ちゃんさん……?」
「いやっ、あの後は何もしてねえよ! でもあのメッセージグループって全校生の9割が入ってるんだ……っ。だから不可抗力っつーかなんつーか、とにかく俺が何かしたわけじゃない。信じてくれ、俺封じのスター・リヴァー!」
「その呼び方はやめて下さい!」
なんかよくわからないけど、奏太が何かやらかそうとして、葵ちゃんが止めてくれたみたい。伊織が『あーあ……』って顔してるから間違いない。
とりあえず、全校生の9割があたしの登校に注目してるらしい。
だったら……もう遠慮することはないかな?
「奏太、あたしって今、何組なの?」
「……へ? ああ、俺と同じ2年A組だぞ?」
でもそれがどうしたんだ? という問いかけはスルーし、あたしは前へ。
「お、おい。唯花?」
「唯花お姉様さん……?」
「お姉ちゃ……」
「伊織、パス! これ持ってて」
「……わっ」
通学鞄を伊織に放り投げ、大きく息を吸い込む。
もう遠慮はいらない。
怖いものも何もない。
時は進んで、足も進んで、そして。
今日の唯花ちゃんは――無敵なのだ!
見てろよ、世界!
とりゃーっと両手を広げて、あたしは叫ぶ。
◇ ◆ ◆ ◇
葵をなだめようとしていた俺は、突然のことに驚愕した。
伊織に通学鞄を投げて渡したかと思うと、唯花がいきなり声を張り上げたからだ。
「2年A組、如月唯花! 恥ずかしながら戻ってきたよ――ッ!」
その瞬間、今までチラ見してるだけだった生徒たちが一斉に歓声を上げた。
同時に校舎のなかから濃ゆい奴らが飛び出してくる。
いや待て!?
騒いだら俺が葵に怒られるんだが!?
しかし他ならぬ唯花が生み出した流れは止まらない。
生徒会長がギャル副会長と生徒会メンツを引き連れて「待っていたぞ、三上の幼馴染君!」と駆け込んできたかと思えば、校舎裏の方からは番長が「ついに拝めるんじゃな、三上の幼馴染をーっ!」とバイクで舎弟たちと走行してきて、学級委員長が教室の窓からパチンッと指を鳴らして「では歓迎のセレモニーといこうか」と言うと、大空にジェット機が現れて航空ショーを始めた。
葵が「なんですか、これーっ!?」と叫び、伊織は「あー、奏太兄ちゃんの不思議時空が始まっちゃった……」と諦め顔。
いや俺のせいか!?
俺だって防ごうとはしてたんだぞ!?
あと今、呼び込んだのは唯花だろ、そうだろう!?
突然、様変わりした世界を前にして、当の唯花は「ほへー」と目を点にしている。
まあ、そうなるよな、うん。
とりあえずこの場をなんとかしなければ。
と言ってもこのお祭り騒ぎだ。そうそう落ち着くとも思えない。
かくなる上は……。
「唯花、逃げるぞ!」
「ほへっ?」
唯花の手を取って、走りだす。
ここはほとぼりが冷めるまで、学校のなかに隠れるのが吉だろう。
そう思っていたのだが、
「――逃がすと思うかい? 三上ちゃんの行動パターンなんて一万通りまでお見通しだよ」
鋭い声が響き渡った。
直後、登校中だった生徒のなかから白衣が翻り、学校一のマッドサイエンティストが現れた。
「さあ、『三上ちゃんにフラれちゃった同盟』のみんな! 今こそ決起の時だ!」
アー子さんの号令のもと、数十人の女子生徒が鞄から噴射機付きのヨーヨーを取り出し、俺に向かって投擲した。
無数の蛇のようにヨーヨーが飛んできて、体に巻き付き、一瞬で拘束されてしまう。
「これは!? アー子さんが発明した秘密道具の一つ……!」
「奏太、『三上ちゃんにフラれちゃった同盟』ってなに?」
唯花が真顔で訊いてくる。
しかし俺は拘束された状態だ。
「なんて恐ろしいものを校内で使用する気なんだ、アー子さん!」
「驚愕顔で誤魔化そうとしても駄目だよ? 『三上ちゃんにフラれちゃった同盟』ってなに?」
「く……っ!」
「『三上ちゃんにフラれちゃった同盟』ってなに?」
多角的に逃げられない……!
俺が不思議道具でグルグル巻きにされているというのに、唯花は気にも留めずに詰問してくる。
目のハイライトも見る間に消えていっていた。
まるで伊織のようだ。
ちくしょう、こうなったら本当のことを言うしかない。
「同盟ってのは知らん! 俺も今初めて聞いた。けど、女子から告白されてもぜんぶ断ってきた!」
ああ、なんで全校生徒の前でこんなスレスレのことを言う羽目に……っ。
「俺には――好きな女がいるからな!」
「……っ」
唯花が真っ赤になって息をのむ。
生徒会長が「おおおおっ!」と柄にもなく咆哮を上げ、ギャル副会長が「まじエモい」とスマホで俺を撮影し、番長は「こっ恥ずかしい奴め」と呵々大笑し、学級委員長が「式はバリ島か、いや地中海辺りもいいな」と何やら検索を始める。
唯花は黒髪を指先でいじって、もじもじしていた。
「ふ、ふーん、そうなんだー……」
「そうだよ、悪いか?」
「別に……悪いとか言ってないもん」
「機嫌悪くなってたじゃねえか」
「なってないし。別に奏太がモテるのなんて中学校の頃から知ってるし」
「いやモテてはねえですよ。仮にモテたとしても、それ以前からずっと……俺は一途だろーが」
「……そ、奏太が一途かどうかなんて、あたし知らないもん! 奏太とそんな話、したことないし!」
「ま、まあそりゃしたことはないけども……」
く、スレスレの会話がなんとも落ち着かん。
そして……四方八方からのニヤニヤ視線が滅茶苦茶キツい!
どいつもこいつもニヤニヤニヤニヤニヤニヤしてやがる!
くっそう、唯花の部屋から出ると、こういうことになるのか。
しかしそんな何とも言えないムードは長くは続かなかった。
「はい、電撃発射ー」
「ぎゃー!?」
アー子さんのやさぐれた感じの号令によって、ヨーヨーの糸から電撃が放たれた。いやメチャクチャだな!?
ついでに数十人の女子たちが綱引きの要領でヨーヨーを引っ張り、俺は宙を舞って唯花から引き離される。
そのままジト目のアー子さんのそばに。
「いや本当、フラれちゃった同盟の前でイチャイチャとよくやってくれるもんだよ。三上ちゃんには自制心ってものがないの?」
「いや、その、なんだ……面目ない」
「はぁ、まったく……」
ため息を一つして、アー子さんは視線を向ける。
唯花の方に。
しかし言葉を交わすことはなかった。
微妙に目を逸らし、独り言のように言う。
「……私たちは『三上ちゃんにフラれちゃった同盟』。もう勝ち筋はないと知っている。だから目的は最後に思いっきり三上ちゃんに八つ当たりすることさ。ただ、磔にしてヒャッハー出来ればいいと思ってるだけだよ」
「いやバイオレンス過ぎねえ!? 世紀末か!」
「というわけで、三上ちゃんは借りてくからね!」
アー子さんを先頭にして、俺は女子たちに引きずられていく。
唯花はぽへーとしていた。
葵が案ずるように顔色を伺っているが……しかしふいにそんな唯花の口元がつり上がる。
「にゃるほど。――面白い!」
黒髪を振り乱し、唯花は声を張り上げる。
「このなかで奏太と拳で語り合ったことのある人ー! ちょっと集まってー!」
なに? なんだ? なんのつもりだ!?
西部劇の哀れな町人のように引きずられながら、俺はいぶかしむ。
俺と拳で語り合ったことのある奴なら結構な数がいる。
案の定、生徒会長や番長を始め、色んな生徒が興味を持った顔で唯花のそばに集まっていく。
一同を代表し、生徒会長がメガネを押し上げて尋ねた。
「我々にどういう用件があるのかな、幼馴染君?」
唯花は物怖じせずに向かい合う。
「あのね、ちょっとお願いがあるの」
「聞こうか」
唯花の指がビシッと俺を指し示した。
「奏太のことやっつけちゃって!」
「は!?」
驚く俺など相手にせず、会話は続く。
「三上を……やっつける? 助けだすではなくてかね?」
「うん、やっつけて。全力でやっちゃっていいよー」
番長もバイクの上から眉を寄せる。
「理由はなんだ? さっきのお前たちの会話を聞くに、三上がモテるからというわけでもあるまいに」
「違う違う。奏太がモテるかどうかなんて関係ないの」
次第に空気が変わっていくのを感じた。
皆、唯花の話に聞き入り始めている。
唯花を『三上奏太の幼馴染』ではなく、『如月唯花』という一生徒として見始めている。
「あの男ね、今日、あたしに告白するつもりなの」
ざわっ、と生徒たちが一斉にざわついた。
そのざわめきを手玉に取るように、唯花は笑う。
「でもそう簡単に告白なんてされてあげないんだから。あーんなふうに他の女の子たちにずりずりされてる男には試練の一つや二つあげなきゃね?」
「なるほど」
「それでやっつける、というわけか」
生徒会長と番長が交互に頷いた。
え、いや、ちょっと待ってくれ……!
「さらわれた三上を助けるどころか、むしろ追い打ちをかけるとは。実に愉快な発想だ。我が生徒会に欲しい人材かもしれない」
「なかなか気合いの入った女じゃないか。気に入った! 番長グループも動くぞ」
「幼馴染君――いや如月君!」
「三上の幼馴染――いや如月!」
「「我々はこちらに着く!」」
唯花を真ん中にして、生徒会長と番長がばーんっと並び立った。
「いや勘弁してくれ、何言ってんだーっ!?」
絶叫する、俺。
教室の窓から学級委員長が「あっはっはっは!」と完全に他人事で爆笑している。
「この学校は生徒会、番長グループ、そしてワンマンアーミーの三上で三すくみの状態を作っていた。しかしまさか犬猿の仲だった生徒会と番長グループが一つのところに収まるとは。三上、お前の幼馴染――もとい、如月はとんでもない大物だぞ。これはまさしく歴史が動いた瞬間だ」
「俺をターゲットにして動いてほしくねえよ!?」
空に向かって、高く指が掲げられた。
唯花の指だ。
「じゃあ、みんな……」
軍勢を率いる将軍のように、指が勢いよく俺の方へ振り下ろされる。
「やっちゃえー!」
「「「おおおおおおおおおおおっ!」」」
「ぎゃああああ!?」
ツワモノ共が咆哮を上げて突っ込んでくる。
一方、俺はアー子さんの発明品で拘束されてる状態。
さすがにどうにも出来ないだろ、こんなの!?
助けを求めて正門の方を見ると、葵がさすがにおろおろしていた。
「い、伊織くんっ。なんなのこれ!? 濃い目の人たちが現れてよく分からない騒ぎになったと思ったら、なんか唯花お姉様さんが瞬く間に濃い目の人たちを掌握しちゃったよ!? わたしにはもう何がどうなってるのか分からないよ……っ」
「落ち着いて、葵ちゃん。これはもう仕方のないことなんだ……」
沈痛な面持ちで伊織は言う。
「葵ちゃんも知ってるよね。僕らの中学校に伝わっている伝説のなかに今とよく似た状況があることを」
「今とよく似た状況……? あっ、もしかして京都中を巻き込んだっていう、嵐の修学旅行伝説のこと……!?」
「そう。葵ちゃんも知っての通り、奏太兄ちゃんは僕を謎のヘリコプターで運んでくれるちゃうくらい謎の行動力とパワーに満ちている。弟としてこんなことを言うのはなんだけど……そんな人の幼馴染が普通の人であるはずがないんだ」
「じゃあ、まさか……っ」
伊織は深く頷いた。
「ウチのお姉ちゃんのトラブルメーカー体質は街をも飲み込むレベルだ」
「街をも飲み込むって、比喩が怖いよ……っ」
「この一年半は引きこもっていたから、外部に影響を及ぼすことはなかった。でもこうして外に出た今、もうお姉ちゃんの力を阻むものは何もない。封印は解かれてしまったんだ……っ」
「唯花お姉様さんは大魔王か何かなの!?」
さすがにドン引きした顔で、葵が唯花に駆け寄る。
「いいんですか、唯花お姉様さん!? なんかすごい人数の人たちが押し寄せてますし、さすがの奏太兄ちゃんさんも怪我とかしちゃうんじゃ……!」
「ううん、奏太なら大丈夫だよー」
「いえ、でも……っ」
「本当に本当に」
安穏と笑っている唯花。。
葵がさらに言い募ろうとするが、それを緩やかに制止する。
「こんな程度の試練はなんなく乗り越えてくれちゃうよ。だって――」
何一つ疑うことのない目だった。
まるで当たり前のことのように。
信じるなんて言葉すらいらない、当然のことであるように。
唯花は言った。
三上奏太という人間の人生を解き放つ、これ以上ない一言を。
唯一無二の花がきらめき、咲き誇るような笑顔で。
「――奏太はあたしのヒーローだもん!」
ドクンッと心臓が強く鼓動した。
沸騰しそうなほど熱を持った血液が全身を駆け巡る。
指の先、足の先、髪の毛の先にまで、一切の淀みなく、意志の力が漲っていく。
視界は良好。ギアは全開。回転数は鰻登り。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!」
ここに三上奏太は覚醒した。
◇ ◆ ◆ ◇
2年A組の学級委員長は教室の窓からすべてを見ていた。
俺はヒーローじゃない。
そんなことを口癖のよう言っていた三上が幼馴染・如月からの一言によって目覚め、一騎当千の大立ち回りを始めるところを。
たてがみをなびかせる獅子のように三上が体を振ると、ヨーヨーを掴んでいた女子たちはまるで木の葉のように吹き飛ばされた。
驚くべきことに彼女たちは全員、正確に番長グループの上に落ち、舎弟たちがクッションになったおかげで傷一つつかなかった。
その後も何気に鍛えている生徒会長の拳を捌き、剛腕で鳴らした番長も寄せ付けず、科学部エースの発明の数々さえ見る間に打ち破っていった。
後に科学部の生徒たちは語る。
アー子先輩の洗脳音波すら利かない相手なんて初めて見た、と。
同様に文芸部の部長も語った。
あれは間違いなく主人公の覚醒だったわ、と。
ついでに高校教師たちも言った。
もう授業とか言ってられる状況じゃなかった、と。
やがて始業のチャイムが鳴る頃、戦いは終わった。
ツワモノ共が地に伏すなか、ただひとり立っていたのは、もちろん三上奏太だ。
◇ ◆ ◆ ◇
俺は泥だらけになった顔を手でぬぐう。
そばには生徒会長や番長、アー子さんやら生徒会の武道派やら舎弟たちやら、とにかく大勢の生徒がぶっ倒れている。
ただギャル副会長だけはちょっと遠くのベンチに座り、「まぢウケる」と俺たちをスマホで撮っていたが。
「久々に派手に暴れたな」
「……まったくだ。三上、今こそ生徒会長の座はお前にやろう」
「番長の座も持ってけ。お前ならば全国制覇も夢じゃないぞ」
「いやどっちもいらねえっつーの。全国制覇なんて興味ねえーし」
口だけは元気な二人にそう言って、俺は周囲を見回す。
今の騒ぎに参加していない生徒たちは歓声を上げていて、伊織と葵は正門の辺りで色々諦めた顔をしている。
唯花の姿は……ない。
「幼馴染ちゃんだったら騒ぎのどさくさに紛れて私が逃がしたよ」
そう言ったのは、白衣を広げて地面に倒れているアー子さんだった。
「告白するならもっとロマンチックな場所の方がいいでしょ? 三上ちゃん、変なとこでデリカシーないから、私たちを倒したらその場で告白とかしそうだし。学生たちが死屍累々で倒れてるとこなんてロマンの欠片もないからね」
「アー子さん……」
白衣が翻り、ゴロンと寝返りを打つ。
「ほら、さっさといきな。勝者が敗者にかける言葉なんてないよ」
アー子さんの言う通り、何を言ってもきっとただの自己満足になる。
だから一言だけ。
「…………ありがとう」
小さく礼を言った。
次いで声を張り上げる。
「みんなもありがとな! またこうやって馬鹿騒ぎしようぜ!」
校舎前の至るところから「告白頑張れよー」という応援や「どうせならフラれちゃえー」という野次が上がる。そういうもの全部ひっくるめて、俺への声援だ。
泥だらけのブレザーを投げ捨て、走りだす。
この学校のどこかにいる、唯花の姿を求めて――。
…………。
…………。
…………。
「……三上はいったか」
「みたいだな。おい、科学部の。お前も損な役回りだな。結局、今日やったことといえば、三上の告白のお膳立てじゃないか」
「……しょうがないじゃん。好きなんだから」
アー子さんは地面に寝ころんだまま、空を振り仰ぐ。
目に染みるような、きれいな青空が広がっていた。
「告白はロマンチックに。これが正真正銘、私のラスト授業だよ」
はーあ、と両手を広げる。
少しだけ視線を傾け、去っていく背中につぶやく。
少しの矜持と祈りを込めて。
「……三上ちゃん、幸せにならなかったら承知しないんだからね」




