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第16話 眠り姫は目覚めの時を知っている。


「実はあたしね…………小説を書いたの」


 そう言うと、唯花(ゆいか)はベッドから下り、ガラステーブルのノートパソコンを起動する。

 俺は同じようにベッドから下りながら、ああやっぱりか、と思った。

 ここ最近、何かをタイピングしていたり、描写がどうのと言っていたので、なんとなく想像はしていた。

 唯花はマウスを動かしながら言う。


「あたしが風邪ひいて奏太(そうた)が泊まってくれた日あったでしょ? あの時のこと覚えてる?」

「忘れるわけがあるまいて」


 なんせその日にキスを迫られたからな。


「あの時、奏太、言ったじゃない? 物語のキャラクターと同じ気持ちになれるなら、あたしにも……何か作れるんじゃないかって。正直、はっとしたんだ。あたしはゲームも作れないし、漫画も描けないけど、でも小説だったらひょっとして……書けるかもって」

「なるほど」

「すっごいテンション上がったよ。あたしは物語が大好き……だからその大好きなものをあたしも作れるかもって考えたら、それだけでどうしようもなく嬉しかった」


「でも唯花、小学校の作文、一行で終わってたよな? 『遠足楽しかったです以外、書くこと考えつかないよーっ』とか言って」

「だからものすごい絶望したのよっ。すっごい書きたいけど、あたしに小説なんて書けるわけないって!」

「あー」


 繋がった。

 唯花の隣りに座りながら、思わずジト目。


「だから感謝と八つ当たりのキス、とかのたまったのか」

「イズザクトリィ、その通りでございます」

「何か俺に言うことは?」

「あの時のわたくしの行動はさすがにどうかしておりました」


 肩をすぼめ、赤い顔で深々と頭を下げる幼馴染。

 分かればよい。


「けど、なんだかんだ、小説はちゃんと書けたわけだ?」

「うん、一応……短いけど」

「すげえじゃん。小学校の時は結局、俺に代わりに作文書いてもらってたのに、小説は書けるなんて、ゲーム三昧の引きこもり生活もちゃんと役に立ってるんだな。立派、立派」

「でっしょーっ!」


 テンションが爆上がりした。

 きゃーきゃー言いながら俺の肩をぱんぱんっ叩いてくる。


「あたしもまさか書き上げられるなんて思わなかったよぉ! 何日も掛かっちゃたけど、でもちゃんとオチのところまで持っていけたの! だからもう嬉しくて嬉しくて、これを誰かに読んでもらいたいなってっ!」

「ほほう、どれどれ……」


 ノパソの画面を横からのぞき込む。一行目が大きなフォントで表示されており、タイトルは『俺の幼馴染が引きこもり美――』と途中まで読んだところで、唯花が絶叫した。


「なに勝手に読もうとしてんのぉぉぉぉぉ――っ!?」

「ええっ!?」


 獲物を見つけたワニのような勢いでノパソがばっちーんっと閉じられた。

 あっぶねえ、もう少しで指食いちぎられるところだったぞ……っ。

 唯花はノパソに手を叩きつけたまま、とんでもなく動揺している。


「ひ、ひとの書いた小説を勝手に読むとか、奏太にはデリカシーの概念がないの!? 重罪っ! 真鍮の牛に閉じ込められてグツグツ煮殺されても文句が言えないくらいの重罪だよそれは!」

「そ、そんなにもなのか……?」

「そんなにもだよ! ぶっちゃけ裸の胸を見られるより、ずっと恥ずかしいぐらいだからね、あたしは!」


「でもお前、誰かに読んでもらいたいって言ったじゃん」

「それが奏太とは言ってない!」

「引きこもりがのたまう圧倒的な矛盾……っ。お前、他のやつを部屋に入れたりしないだろ? 俺以外に誰が読めるって言うんだ?」

「いるもん! ちゃんとネットの海に!」


 スマホ貸してっ、と言われ、俺のスマホを差し出す羽目になった。どうやら小説が表示されているノパソを開く気はないらしい。

 ロックの番号も以前に申告させられたので、唯花は難なく操作する。


「ほら、これ」

「ふむ?」


 表示されているのは、小説投稿サイトのトップページだった。

 あー、なるほど、確かにここならネットを介して読んでもらえるな。

 話に聞いたことはあったが、俺も直に見るのは初めてだった。


 唯花からスマホを受け取り、いくつかリンクを辿ってみる。自分の小説のアクセス数やブックマーク数が一目で分かる仕組みらしく、時には読んだ人から感想までもらえるようだ。

 しかもちょっと流し見しただけで、アクセス数ン万という小説がごろごろある。すげえ、書く人も読む人もこんなに大勢いるんだな。


「つまり、唯花もここにアップするってわけか」

「あ、ううん。もう……したの」

「おー。いつごろだ?」

「えっと……」


 スマホの時計表示をのぞき込む。


「明け方に書き終わって、アップするかどうかさんざん迷って……お昼前ぐらいだったかな。もう悩むのも苦しくなって、思いきって投稿ボタンを押したの。だからアップしてから……かれこれ12時間ぐらい経ってると思う」

「そんなに悩むものなのか……? しかし12時間も経ってるとすると、唯花の小説のページにいけば、何かしら反応がきてるかもな」

「うん。でも……」


 静かに目を伏せ、唯花は腕に縋りついてきた。


「……………………怖いの。すごく、怖い」


 吹けば消えてしまいそうな、とてもか細い声だった。

 俺の腕にぴったりと寄り添った体は、まるで雪山に放り捨てられたかのように震えている。正直、やや戸惑った。


 ……いや、なんでこんなに怯えてるんだ? ただ小説をネットに上げただけだろ? ここまで震えるようなことなのか……?


 感覚的なところで、幼馴染の気持ちが分からない。

 こんなことは初めてだった。

 唯花は俺の肩へ額をこすりつけてくる。


「小説をアップした、その瞬間からね……怖くて怖くて仕方なかったの。徹夜した後なのに、ぜんぜん眠ることもできなくて、気持ちばっかり追い詰められて……」

「それで俺を待ってたのか」


 こくん、と頷きが返ってきた。


「奏太がそばにいてくれたら、あたしは安心できるから。奏太がいれば、きっと大丈夫だから。だから……」


 顔を上げ、向けられたのは縋るような瞳。


「……一緒に見てくれる? あたしの小説のページ」


 もちろん断る理由なんてない。

 唯花の気持ちはまだ分かってやれていないが、俺は求められるままスマホを操作した――。


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