第148話 史上最大の決戦―試練の到来―⑤
「俺の目標は……唯花と、海の見える家に住むことなんだ」
そう口にした瞬間、すげえ恥ずかしくなった。
顔が熱くなり、視線を逸らす。
ネコ美さんを頭に乗せているせいで、唯花の表情は見えない。
おかげで俺はどんどん早口になる。
「子供の頃、海にいったのを覚えてるか? その夜さ、コテージでお前が言ったんだよ。大きくなったら海の見える家に住みたいって。ガキの頃の俺は真に受けて、『じゃあ、その家を建ててやる』って約束したんだ」
やばい、変な緊張で声が上擦りそうだ。
「以来ずっと俺の目標だ。バイトの給料なんかは足しにはならないだろうけど、一応、唯花の課金カードや伊織に奢る以外は使わずにコツコツ貯めてる。良さげな土地の選び方なんかもバイト先の店長からちょこちょこ勉強させてもらってるんだ。建築関係の伝手も色々あるし、いつか働きに出て、まとまった金が出来たらきっと立派な家を建てられる」
喋りながら目が泳ぎそうになった。
大丈夫か、これ?
俺、とんでもなく恥ずかしいこと言ってるんじゃないか?
唯花の表情が気になる。
ネコ美さん、どいてくれないだろうか。
いやでも万が一、ネコ美さんの裏で唯花がドン引き顔していたら、きっと俺は爆発して死んでしまう。
そう考えると、俺はネコ美さんに守られているとも言えるのではなかろうか。
……いかん、思考が現実逃避し始めてる。ネコ美さんの守備力なんてどうでもいいだろ。
「ま、まあなんだ……」
身じろぎし、視線をさ迷わせる。
「幼稚園に入るか入らないかぐらいの頃のことだしな。こんな約束、今さら唯花は覚えてないだろうけど、俺は……」
と言った瞬間、ネコ美さんの向こうからぽつりと。
「覚えている」
そんな囁きが聞こえてきた。
「え……」
思わず視線を戻す。
俺たちは今、ポスターでつば迫り合いをしている。
そのクロスした十字の向こうで、唯花ことネコ美ベーダ―はつぶやいた。
「可愛い唯花ちゃんはその約束をちゃんと覚えている。忘れたことなんてない」
「……ほ、本当か?」
「ネコ美ベーダーは嘘つかない」
「……し、信じていいのか?」
「仮面の騎士は正義の味方なれば」
「……いやベーダーな時点で悪役感が満載なんだが」
とりあえずポスターの斜め下から顔を覗き込んでみた。
ヘタレ顔したネコ美さんの下、仮面の騎士の素顔を窺ってみる。
真っ赤だった。
秋の紅葉狩り真っ盛りか、というぐらい真っ赤だった。
良かった、こりゃ本当だ。
と思って、ついポロっと言ってしまう。
「あ、照れてるのか」
途端、ネコ美ベーダーの口調が唯花に戻った。
「あ、当たり前でしょーっ!?」
ポスターのライトエクスカリバーですげえぺちぺちされる。
「そーんなちっちゃな頃の約束を律儀に覚えてるとか! しかもちゃんと約束を果たすために今も努力を続けてるとか! 照れるに決まってるでしょー! ばかばか、奏太のばかっ。あたしをキュン死させるつもりかーっ!」
ポスターの攻撃が雨あられと降ってくるが、もはや威力はない。
いつものぺちぺちモードになっている。
これは唇を奪う絶好の機会……なのだが、こっちも照れくさくてどうにも動けない。
ぺちぺちしてくるボスターを適当に手で払い、頭をかく。
「しょ、しょうがねえだろ。俺はどんなことをしてもお前を一生守るって決めてるんだ。これぐらい普通だって」
「い、一生守るとか――っ!?」
ずぎゃんっ、という感じに震える唯花。
逆に俺は目を瞬いてしまう。
「え、なんで驚いているんだ? あれ? 言ったことなかったか?」
「ないよ!? 空気では日々感じてるけど、面と向かって言葉で言われたのは初めてだよぅ!?」
「あー……そうだったか」
心のなかではしょっちゅう言ってるし、撫子さんや伊織にもちょこちょこ言ってるから、ついつい『気恥ずかしいライン』の外側のことになってしまっていた。
唯花は何やらぷるぷるし始める。
「一緒に住むって言って恥ずかしがるくせに、一生守るなんてイケメン台詞をさらりと言って平然としてるとか、奏太の気恥ずかしいラインがぜんぜん分かんない! なんなのですかっ、この男は……っ!? も、もう! 言っとくけど唯花ちゃんはこんなことぐらいで負けないんだからね!?」
「や、それわりと負けフラグっぽい台詞だと思うが……」
「まあ、守ってもらうつもりだけど! 『好きになったらダメ』って言ってた頃と違って、今はもうしっかりはっきり一生守りまくってもらうつもりだけど!」
「おんぶにだっこ精神を堂々と宣言しやがった……いやまあいいんだけどさ」
……ん? あれ?
ちょっと待てよ?
俺は今、海の見える家で唯花と住むのが目標だと伝えた。
そして一生守るとも言って、唯花もそのつもりだと言い切った。
……ん?
……んん?
……んんん?
なんかこれ、無意識のうちに何かががっつり成立してしまってないか?
思わず真顔になって、俺は思考にカロリーを費やす。
それとほぼ同時に唯花がポスターをぽーんと放り投げた。
「まったく……いきなり最終兵器を出してくるなんて、奏太は戦いの流儀というものが分かってないのです。だったらこっちだって一番のいじわる問題を宝具解放しちゃうんだからねっ」
「いじわる問題?」
嫌な予感がして、顔を上げた。
唯花は今も頭にネコ美さんを乗せている。
そこに手を伸ばすと、ゆっくりとヘタレ顔のぬいぐるみを下ろしていく。
「先に言っておくね。奏太はあたしに勝てないよ。なぜなら今から出す問いに対して、奏太は答えが出せないから」
妙に断定的な物言いだった。
「俺が答えを出せない問い? どういうことだ?」
眉を寄せる俺。
目を細める唯花。
「答えられるものなら、答えてみればいいのです」
ネコ美さんを胸に抱き、現れたのはいつも通りの唯花の顔。
……いや違う。
いつもより表情がどこか……柔らかい?
しいて言うなら、お姉ちゃんモードをしている時に近い気がした。
どこか達観した雰囲気で、唯花は口を開く。
「あのさ、いつか一緒に海の見える家に住んだとして」
上目遣いで見つめてくる。
「ある日、奏太の友達が『助けて』って言ってきたら、奏太はどうする?」
「は……? いやそんなの決まってるだろ」
助けにいくさ。
生徒会長でも番長でもアー子さんでも、俺はすぐに助けにいくぞ。
大事な仲間だからな。
「奏太は助けにいくよね」
言葉にするより早く、唯花が返事を口にした。
ちゃんと分かってると言うように。
「じゃあ、もしもその時に……」
向けられたのは、ほのかな苦笑。
唯花はツインテールを揺らし、さっきの言葉通りいじわるするように――告げる。
「あたしが『いかないで、そばにいて』って言ったら、奏太はどうする?」
「――っ」
氷柱に背筋を貫かれたような気がした。
とっさに言葉が出ない。
仲間を助けにいかない――そんな選択肢、俺にはない。
だが同時に。
懇願する唯花をひとりにする――そんな選択肢、絶対にありえない。
それは。
まぎれもなく俺という人間の矛盾を突いた、致命的な難問だった。
今ここに。
幼馴染史上最大の決戦によって。
三上奏太の人生史上――最大の試練が訪れた。
次回更新:3/21(土)予定
書籍1巻:絶賛発売中!




