第144話 史上最大の決戦―kiss of war―①
さあ、決戦の幕開けだ。
俺は唯花の部屋の前に立ち、呼吸を整える。
戦いにおいて油断は禁物。
昨日、俺をとことん甘やかそうとしていた唯花は今日も手ぐすね引いて待ち構えていることだろう。
もちろん俺が誠司さんと撫子さんの導きによって覚醒し、唇を奪おうとしていることは知る由もないだろうが、それでも臨戦態勢ではいるはずだ。
――ならばここは一気呵成の電撃戦にて仕る!
作戦はこうだ。
まずはノックをし、いつも通りの来訪を装う。
しかして部屋に入った直後、0.3で加速し、0.4秒で距離を詰め、0.5秒でチェックメイト。
宿敵に反撃の隙を与えず、瞬時に制圧するのだ。
冷静に深呼吸をし、覚悟完了。いつもの調子で扉をノック。
「唯花ー、きたぞー」
「はいはーい。入ってよいよー」
……ふっ、なんとものんきな返事じゃわい。
俺はニヒルに口角を上げ、扉を開けた。
……よし、いくぞ!
踏み出した右足に力を込め、ダッシュ!
と思った矢先だ。
「――はい、隙あり!」
「なにぃ!?」
扉を開けた瞬間、目の前に突っ込んできたのは、
「アーサー王だとぉ!?」
久々登場、ヘタレ顔のぬいぐるみがこちらに投擲された。
同時に響くのは唯花の勝ち誇った声。
「戦いにおいて油断は禁物! 一気呵成の電撃戦にて仕るーっ!」
馬鹿な!?
到着直後の攻撃!?
まるでこちらの出方を読んでいたかのような先制攻撃だった。
いや違う。ようなではない、唯花は明らかに俺の行動を読んでいる。
考えてみれば、ノックの後、唯花がすぐに返事をしてくることなど滅多にない。
あの返事で投擲のタイミングを計っていたのだ。
さすがの俺も動揺を隠せない。――だが!
「詰めが甘いぞ、唯花ぁ!」
「なんですと!?」
俺は後ろに転倒する動きでエビ反りになって回避。
スローモーションになった世界で、アーサー王が顔面スレスレをゆっくり通過していく。
「な……!? ありえない! 今までアーサー王が築いてきた奏太の顔面着弾率は100%! その絶対不可避なはずの運命を覆すなんて……!」
「ふ……っ、覚えておけ。今日の俺は今までとは一味違う!」
唯花は追撃を掛けてこない。
なぜならばこちらの迎撃態勢に気づいているからだ。
俺はエビ反りになってアーサー王を回避した。
普通ならそのまま転倒してしまうところだが、とっさにドアノブを掴んで姿勢をキープしている。
鍛えた背筋と上腕二頭筋により、この体勢からでも瞬時に復帰が可能。
俺は扉を締めながら一息で立ち上がる。
「今度はこっちの番だ! 瞬時に決着をつける! カーテンコールはないぜ!?」
「なるほど、確かに先制攻撃を回避したのは見事。何かしらの変身or覚醒を遂げてこの場にきたその覚悟、大いに称賛するのもやぶさかではないのです。しかし――あたしは予言する! 奏太にはこの後、3秒間の隙が生まれる!」
「ふっ、戯言を! その程度で時間稼ぎになると思う――かぁ!?」
「果たして本当に戯言かなぁ?」
策士の笑みを浮かべ、唯花はスカートを摘まんでみせる。
突撃しようとしていた俺の足はビタッと止まり、見事に硬直させられてしまった。
なぜならば――唯花がメイドさんなのである!
上着はフリルいっぱいで、大きなリボンが可愛らしい。
下は絶対領域を完備したミニスカート、そして眩しい白ニーソ。
胸元はしっかり隠れた奥ゆかしいスタイルだが、もちろんFカップの存在感は隠せない。
しかも手首は付け袖だ。上着が半袖なのにきちんと袖だけは付けてくれている。
そして頭に載っているのはメイドカチューシャ。
さらにはツインテールだった。
つまり唯花がメイドさんでツインテールにしている!
かわゆい!
見惚れてしまう!
覚醒とか戦闘力とか関係なく、動けなくなってしまう……っ!
「予言的中。この3秒がご主人様のデッドライン!」
「しまった……!?」
風のような速さでメイドさんが突っ込んできた。
俺はとっさにバックステップで距離を取ろうとする。
だが硬直していた3秒が仇になった。前進している唯花の方が速度が速い。瞬時に間合いを詰められてしまう。
「く……っ!」
なんだこの展開は!?
唯花の読みが的確過ぎる……!
まさか俺の目論見がバレているのか!?
「ふっふっふ! 奏太っ、観念しなさい!」
付け袖の腕がこちらに伸び、メイド唯花に両頬を挟まれた。
「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」
「ぐう、元気で可愛い……っ!」
「はい、トキめいちゃったご主人様にはお帰りなさいのチュウなのでーす!」
「チュウだと!?」
やはり目論見がバレている!
俺が入室直後のキスを狙っていることを唯花は知っていたのだ。
その上で自分が先にキスをし、俺を腰砕けにしようとしている。
なぜバレた!? 一体どうやって……!?
混乱している間にもツインテールが軽やかに揺れ、メイドカチューシャをした唯花の可愛い顔が迫ってくる。
桜色の唇が甘く囁く。
「無駄な抵抗しないで、メイド唯花ちゃんにご奉仕で甘やかされちゃいなさい♪」
……くっ、なんという誘惑!
一瞬、心が揺らぎそうになった。
事実、今までの俺ならばこれでノックアウトされていたことだろう。
だがその瞬間、心のなかに声が響く。
――負けないで、奏太兄ちゃん!
伊織の声だ。
そう、今の俺はひとりじゃない。こんなところで負けるわけにはいかない!
カッと両目を見開いた。
「おてんばメイドにはお仕置きするのがご主人様の務めだーっ!」
頬に触れている腕を掴み、颯爽と持ち上げる。
「ふえっ!?」
同時に細い腰を支えるように手を当てる。
「きゃ!? 奏太のえっち! ど、どどどどどこ触ってるのよぉ!」
「え、えっちとか言うな! そういうのじゃない!」
一瞬、動揺しかけたが、すぐさま回転。
ワルツを踊るように舞い、唯花が突撃してきた突進力を相殺する。
「え? え? え?」
「メイドの教養にダンスは入ってなかったか?」
イレギュラーなカウンターに唯花は目を白黒させている。
その間にステップを踏み、部屋の隅まで移動。
回転しながらタイミングを計り、ちょうど唯花が壁を背にしたところで、
「――ここだ!」
俺は流星の速度で右手を突き出した。
つまりは壁ドン!
「はうっ!?」
ツインテールのメイドさんは真っ赤になって狼狽えた。
もちろん攻撃の手は緩めない。
すぐさま左手で唯花のあごをクイッ。
「あ、あう……っ」
ビクッとするメイドさん。
「にゃ、にゃにするのよぉ……っ」
「今度はネコさんか? おいおい、キャラがブレてるぞ?」
わざと顔を近づけると、唯花はさらに頬を染めて目を泳がせる。
「うぅ、奏太のくせに生意気ぃ……っ」
「くっくっく、生意気か。言ってくれるのう」
どうやら昨日の攻防で、唯花のなかでは完全に『あたしが上!』と格付けをしていたらしい。そこに予想外の反撃を受けて、悔しいと見える。
よし、このままいけば勝てるぞ。
……しかし、なんだろうな。
ツインテールなせいもあって、悔しがってる顔がメチャクチャ可愛い。
なんか意地悪したくなってしまうぞ。
もうちょい恥ずかしがらせてもバチは当たらない気が……というよこしまな気持ちが一瞬の隙を生んでしまった。
「もう怒ったんだからぁ……っ」
そんなお怒りの言葉と共に、次の瞬間、唯花のターンが始まった――!
次回更新:3/9(月)予定
書籍1巻:絶賛発売中!




