第136話 部屋とあたしと奏太にゃん②
奏太にゃんこと俺は真っ赤になって狼狽えていた。
なぜなら目の前に私服姿の唯花がいる。
ノースリーブから見える華奢な肩。
ミニスカートの絶対領域。
しましまニーソックスのポップな可愛さ。
首のチョーカーはネコの首輪っぽさを意識しているのだろう。
すべてが俺の視線を釘付けにした。
しかもだ。ただでさえ脳がやられそうなのに、そこからさらにワンツーパンチ。
『あたしね、好きな人がいるの!』
『……ねえ、誰だと思う?』
こんなことを言われたら真っ赤にもなる。狼狽えもする。もうどうすればいいか分からない……!
心のなかで叫んでいると、唯花が「んー?」と大きな瞳をぱちぱちしながら覗き込んできた。
「奏太にゃん、あたしの話聞いてるー?」
「き……」
聞いてるからこんなになってるんでしょーが!
と心で叫ぶが、声にならない。
情けないことにドキドキしてしまって上手く喋れなかった。それどころか唯花の顔を直視することもできない。
俺はさらに真っ赤になってじりじりと後退していく。
「……ち、近い。近いからもうちょっと距離を……な? 唯花」
そう言った途端、逆にぐっと近寄ってきた。
「あれれ? なんだか顔が赤いよ、奏太にゃん?」
「――っ!? ちょ、ほんとっ、ほんと近いっての!」
前髪がふわりと舞い、シャンプーのいい匂いがして、俺は跳ねるように後退った。
今いるのはベッドの上だ。
布団を掻くようにして逃げるが、すぐに背後の壁にどんっとぶつかってしまった。
「く……っ」
やべえ、追いつめられてる……っ。
物理的にも精神的にも思いっきり追い詰められてしまっている……っ!
一方、唯花は余裕の表情でクスクスと笑う。
完全に俺の様子を面白がっていた。
「変なのー。なんでそんなに焦ってるの?」
「なんでって、そりゃあ…………あ、焦るだろ、あんなこと言われたら」
「あんなことって?」
「……っ」
い、言えるかそんなこと!
「ねえ、あんなことって、なーに?」
ギシッとスプリングが沈んだ。
唯花もベッドに上がってくる。
それこそネコのように四つん這いになって、しなやかに近づいてくる。
俺は反射的に後ろへ下がろうとするが、背中の壁が許してくれない。
細い手が伸びてくる。
指先が俺のあご下に触れた。
「……っ」
さわさわと撫でられる。
「ゴロゴロー♪ 奏太にゃん、これ気持ちいーい?」
「き、気持ちよくねえし! 俺、ネコじゃねえし!」
「残念、奏太にゃんはすでに完全無欠なネコなのです」
「人権をっ! 我が人権の回復を要求する!」
「さらに残念なお知らせ。奏太にゃんはネコなので人間のあたしには何言ってるのかさっぱりなの」
「なにその都合のいい設定!? 今の今まで会話してたよな!?」
「ほほー? 奏太にゃんは会話をご所望と。だったらクイズを続けるよー?」
ふふ、と微笑がこぼれ、指があご先から離れて、今度は頬を撫でられる。
「あたしの好きな人、だーれだ?」
「……っ!?」
しまった、話題を戻された……っ!
逃げ場がない。完全に手のひらで転がされている。
「ねえねえ、誰だと思うー?」
な、なんなんだよ、そのクイズは!
そんなの、お前の両親や弟だって答えられるからな!?
っていうか、俺たちのこと知ってる奴なら100人が100人正解できるぞ!?
まったくもってクイズになってない。
しかし、しかしだ。
だからこそ俺は戦慄している。
このガチでギリギリな一線を攻めてくる感じ、まんま全盛期の唯花だ。
このままではマズい。なんとかこの窮地から脱さねば……っ。
「……い、伊織とかか?」
「ぶっぶー。こういう質問に家族を出してくるとか中学生かね、チミは?」
うっせえですよ!
こっちも必死なんだよ!
「じゃあ……葵とか?」
「ぶっぶー。女の子出してきちゃうのはもう小学生ですな?」
ぐううう、おのれぇ……っ!
「ヒントはー、奏太にゃんも知ってる人だよー?」
そりゃ知ってるだろうよ!
奏太にゃんが誰よりも知ってる人だろうよ!
……くっ、本当にマズい。時間を稼ごうにも、もう適当な解答が思い浮かばない。今の唯花にまともな知り合いがいないせいだ。引きこもりという立場をこれほど有効に使ったイジワル問題を俺は他に知らないぞ。
まさか……本当にこの場でぶっちゃける気なのか?
この勢いで何もかも白日の下にする気なのか?
いやありえん!
飲まれるな、俺!
分かってるはずだろ。このノーガードで大気圏から突っ込んでくる感じこそが全盛期のフルスロットルな唯花の戦法なんだ。
唯花が調子に乗りまくりで大気圏から突っ込んできて、俺は迎撃することもできず、唯花の身を案じて抱き留めようとし、結果、メテオストライクのダメージをモロに食らう。中学時代はそうやって何度も大変な目に遭ったんだ。
それに、たとえ、万が一。
唯花がこの流れで想いを告げようとしてるのであっても、それは絶対に阻止すべきことだ。
なぜなら。
付き合う時は――俺から告白する。
絶対にそうすると、以前から決めている。
唯花が頑張って引きこもりから卒業した時。
その時こそ、俺から想いを打ち明けて、晴れて恋人になるのだ。
この決意は揺るがない。
だから今日はこれ以上調子には乗せられない。
唯花が本気であっても阻止するし、墓穴を掘ってぽろっと言ってしまうような展開にだってさせはしない。
立ち上がれ、三上奏太。
こっちも全盛期の力を取り戻して唯花の猛攻を打ち破るのだ!
俺はカッと目を見開く。
「聞け、唯花! お前の天下もここまで――」
「はーい、時間切れー。正解できなかった奏太にゃんには罰ゲームのすぺしゃるハグなのでーす!」
「――はうあっ!?」
いきなり飛び込んできて、抱き締められた。
馬鹿な!?
俺の反撃ターンにカウンターを合わせてきただと!?
ぎゅっと密着し、すりすりと頬ずりされる。
「奏太にゃんをぎゅうううううっ」
「……はわ!? ちょ、ゆい……っ!」
ぎゅー&頬っぺたすりすり。
柔らかい&柔らかい!
「ゆいか、待っ……っ」
ぎゅー。
すりすり。
ぎゅー。
……ふにゅ。
「――っ!?」
なんか当たったーっ!
ノースリーブのブラウスの柔らかいところがなんか当たったーっ!
俺は真っ赤になって震えた。
動けない。なんかもう唯花にされるがままだ。
「ねえねえ、奏太にゃん」
「…………」
「なんだかすっごく楽しいねっ」
「…………………にゃあ」
鳴いてしまった。
奏太にゃんであることを受け入れるように、俺はとうとう鳴き声を上げてしまった。
頭につけられた、黄色いネコミミがヘタッとへたれる。
これは……シャレにならん。
俺は思い違いをしていたようだ。全盛期を取り戻したどころの話じゃない。唯花は対俺への戦闘力において、全盛期以上の力を身に着けつつある。
「じゃあ、今度はよしよししてあげるね?」
抱き締められたまま、優しく頭を撫でられた。
「よしよし。いっつも頑張ってて、奏太にゃんは偉いね。よしよーし……」
労わるような言葉と優しい手のひら。
とろける。どんどんとろけそうになってしまう。
いかん。
このままでは俺はいいように唯花のペットにされてしまう…………にゃー。
次回更新:2/14(金)予定




