第133話 如月家・家族会議!(父代理:朝ちゃん)Ⅱ
どうも、俺です。
なぜか今、伊織のためにコーヒーを淹れてます。
「砂糖とミルクはいるのかー?」
勝手知ったるなんとやらでコーヒーメーカーを使い、キッチンから声を掛ける。
「いらないよー。ブラックホールみたいな黒々としたやつを原液で持ってきてー」
「コーヒーって原液っていうのか……?」
微妙な疑問を思いつつ、自分の分のマグカップも持って、リビングに戻る。
撫子さんのコーヒーはまだ残っているようで、何やら思案顔でマグカップを傾けている。そんな人妻さんの横を通って、ソファーに座った。
朝ちゃんと通話中のスマホからも時折、「『ずずー』」だの「『ふむ……』」だのと声が聞こえてくる。よく分からんが、大人組は考え事をしているらしい。
とりあえず伊織にマグカップを渡す。
「ほれ、心して飲め」
「ありがと。……はぁ、ブラックコーヒー美味しい」
マグカップを傾け、満足そうな顔をする伊織。
さっきは砂糖をどばどば入れてたのに、本当にコーヒーを飲めるようになったようだ。
いつの間にやら弟分が少し大人になってしまった。
ちょっと寂しい。
「それにしてもさ」
マグカップを両手で持ち、伊織が眉を寄せる。
「結局、どこがどう緊急事態なの? 最初はなんか奏太兄ちゃんがお姉ちゃんに……されてるかもって話だったよね?」
さすがに兄貴分が実の姉に去勢されかけている、なんて不思議ワードは口にしたくなかったらしい。言葉を濁して伊織は続ける。
「何事かと思ったのに、聞いている限り、いつもの奏太兄ちゃんとお姉ちゃんだよね? 弟の目の光を失わせる、はた迷惑なイチャイチャ幼馴染生活がいつものようにお送りされてるだけだったよ?」
「さらっと発言に毒が入ってる気がするんだが……弟分よ、コーヒーのブラックに浸食されたのか?」
まあ、それはさておき。
「だから俺も言ったろ? 確かに困ってはいるけど、唯花がちょっとあざとくなっただけだって」
「うん、確かに言ってた。……あ、でもそもそも奏太兄ちゃんは本当にお姉ちゃんのあざとさに困ってるの? なんか軽く一蹴してるように聞こえたけど」
いや一蹴はしてないと思うが。
結局、肉球ぱんちに沈められたしな……。
まあ、俺は人生懸けて唯花を幸せにするって決めてるので、今さら『何かやりたいことあるはずでしょ?』と言われたところで、『ははは、こやつめ。可愛いことを言いよる』としかならないのは是非も無しだ。
と口には出さずに思うだけにしておいたのに、目ざとく俺の表情を見て、伊織がため息をつく。
「はぁ、お姉ちゃん可哀そう……。なんていうか、『ボクシングの世界戦に挑んだつもりだったのに、対戦相手がチャンピオンじゃなくて砂糖の壁だった』みたいな感じ。打っても打っても砂糖がポスポスするだけでノーダメージだし、そもそも同じリングに上がれてないっていうか『それボクシングなの?』って感じだし。挑む相手が悪かったよね……。っていうか、奏太兄ちゃんが悪いよね」
「お、おう……ここぞとばかりに言うじゃねえですか、弟分よ」
「僕は常々思ってるんだよ。魔術のチートとか超能力のチートとか色々あるけど、奏太兄ちゃんって日常のチートだよね。日々平穏な毎日を送ることにかけては無双しまくり、待ったなし。隕石やゾンビウィルスが匙投げて故郷に帰るレベルだよ」
「お前は俺をなんだと思っているのか……」
「――でもね、伊織。奏ちゃんのその無双っぷりは天敵が封じられていたからこそのものなのよ」
ふいに口を挟んだのは撫子さん。
え、と俺たちはそちらを向く。
最近は面白がって伊織のことを『いおりん』と呼んでいたのに、珍しく名前呼びになっていた。
「『その通りですね』」
スマホ越しに何やら朝ちゃんも同意した。
伊織が目を瞬く。
「奏太兄ちゃんの天敵? って、誰のこと?」
「決まっているでしょう?」
撫子さんはマグカップをテーブルに置く。
そしてソファー正面のリクライニングに深く腰を下ろした。
見上げるのは天井。
その視線で、なるほど、と理解した。
「天敵ってのは……唯花のことか」
「え、お姉ちゃん? でもいつものじゃれ合いならともかく、本格的にお姉ちゃんが奏太兄ちゃんに勝てたことなんて一度もないでしょ?」
「今までは、な」
俺は忸怩たる思いでつぶやいた。
今まではそうだったかもしれない。だが今回は違ったのだ。
こちらへ目をやり、撫子さんは形のいいあご先に手を当てる。
「私の予想では奏ちゃんが唯花に凌駕されることはないはずだった。奏ちゃんのしっかり日常を生きてく力は目を見張るものがあるから」
同意するのはスマホの朝ちゃん。
「『私もなんだかんだで同じ予想をしていました。誠司先輩が撫子先輩の導きで手に入れた強さに、三上は自力で辿り着いていましたから』」
「たとえ唯花が覚醒しても、それを隣で見ている奏ちゃんは必ず上をいく。そう確信していたわ。でも話を聞いて納得した。今の奏ちゃんには――致命的な隙がある」
「奏太兄ちゃんに……隙?」
伊織が首を傾げる。『ぶっちゃけ、もうちょっと話についていけない』という顔だった。
一方、俺には撫子さんの言葉に対して、心当たりがあった。
「……お家デートの時、寝ている間に唯花がしたことを俺は知らない。それが隙になってるってことだな?」
「え、なに? どういうこと、奏太兄ちゃん?」
「理解が早くて助かるわ、奏ちゃん」
「ごめん、僕はぜんぜん意味が分からないんだけど?」
撫子さんは真剣な表情でこちらを見つめる。
「奏ちゃんにこっそりしたことが唯花のなかで大きなアドバンテージになっているんだわ。だとすれば……一度の敗北程度で諦めるはずがない。奏ちゃんの話にはまだ続きがあるわね?」
「……ああ、その通りだ。さっき言ったように話はまだ序盤。ネコさんパジャマで肉球ぱんちのラッシュを放った後……そこから始まったんだ、唯花の真の逆襲が」
「えーと、僕はそんなシリアスなトーンで『ネコさんパジャマ』とか『肉球ぱんち』とか言う人を初めてみたよ……」
伊織のつぶやきはスルーし、俺はテーブルに肘をついて、手を組み合わせた。
深刻な顔で一同を見回す。
「心の準備をしてくれ。ここから先の話はみんなにとっても衝撃的なものになる」
「うん、すっごくどうでもいいことの匂いがぷんぷんするよ……」
そして俺は語り始める。
唯花が予想外の行動に出た、『逆襲の唯花にゃん』の恐るべきエピソードを――。
次回更新:2/5(水)予定




