第131話 幼馴染があざとく俺を甘やかしてくる件①
さて、これは唯花とお家デートをした翌日のことである。
◇ ◆ ◆ ◇
俺は現在、警戒心マシマシで唯花の部屋の扉前に立っている。
昨日のデートの時、眠ってしまった俺はたぶん唯花に何かをされたと思うのだが、結局、追及は躱されてしまい、真実は闇のなか。
しかもデート後の唯花は何やら凄みのあるあざとさを発揮していた。
油断してはならない。
「唯花、来たぞー」
いつも通りを装ってノックをし、心は索敵モード全開で扉を開く。
だが直後に目を瞬いた。
「んん?」
唯花の姿が見当たらない。
布団も平べったいので、饅頭になっているわけでもなさそうだ。
「唯花……?」
いぶかしく思いながら部屋のなかへ足を踏み入れ、背後ではゆっくりとドアが閉じていって――。
「だーれだっ?」
突然、視界が手のひらに覆われた。
……が、別に驚きはしない。むしろ安心したわ。何事かと思ったぞ。
「だーれだって、この部屋で唯花以外の誰がいるって言うんだよ?」
「ぶっぶー、残念っ。可愛い唯花ちゃんじゃありません!」
「え、可愛くない唯花ちゃんなのか?」
「……ほほう? 奏太はこのまま目潰しされて『僕の目がーっ』の刑がお望みと?」
「すみませんごめんなさい謝りますからバルス展開だけはお許し下さい」
瞼を覆っている手のひらがシャキンッと指を立ててきたので慌てて謝った。
「まったくもう。それじゃあ、正解の発表でーす」
視界が解放された。
振り向いていい、という合図だと解釈し、俺は回れ右をする。
そして。
「おおっ!?」
度肝を抜かれた。
唯花がフード付きですっぽり被るタイプの――ネコさんパジャマを着ている!
「正解は『可愛い唯花ちゃん』ではなく、『可愛い唯花にゃん』なのでした!」
「ぬう……っ!?」
フードに付いたネコ耳がぴこぴこ揺れた。
もともとネコっぽい唯花のネコさんパジャマ姿、その破壊力は無限大!
フードがネコさんの顔になっていて、ちょうど口が唯花の顔部分になっている。
首には本物の鈴まで付いていた。
パジャマの生地は当然のようにもこもこ素材。
触ったらすげー柔らかそう!
「あのねあのねっ、ニクキュー手袋もついてるんだよ? ほら!」
ポケットから取り出されたのは、デフォルメされた肉球の手袋。
唯花はそれを手に嵌めて、
「肉球ぱーんち!」
俺の胸をぽふっとしてくる。か、かわゆい……!
攻撃力はゼロなのに、謎のかわゆさパワーで一発KOされてしまうぞ。
「それに見て見てっ、ちゃんとしっぽもあるの!」
鈴をちりんと鳴らして後ろを向く。
見ると、本当に細長いしっぽが生えていた。うん、かわゆい。
……いや待てっ! 注目すべきはそこじゃないぞ!
唯花は前屈みになって、俺にしっぽを見せている。
小さなお尻を突き出した、まるでグラビアアイドルみたいなポーズ。
エロい!
着ているのは可愛いパジャマなのに、なんかエロい……!
「どう? どう? 感想聞かせて?」
「エ……じゃなくて、可愛い!」
「にゃう? 何か言いかけた?」
「言いかけてない、何も言いかけてない」
「ほんとにー? ネコさんパジャマはエッチな服じゃないんだからね?」
……バレてた。
唯花にゃんはこっちを向き、腰に手を当てて頬っぺたを膨らませる。
あーもう、いちいち可愛いな、ちくしょう!
しかも一回エロいと思ってしまったせいか、どうしても胸元が気になってしまう。
パジャマはゆったりサイズなのに、それでもFカップの存在感は隠し切れず、ふよふよした膨らみがしっかり強調されている。
しかも、もこもこ素材だ。
あれ触ったらどんな感触なんだろうなぁ……しまった、またエロ方向に思考が逸れてしまった!
「奏太? あたしの話聞いてるー?」
かわゆい唯花にゃんがお怒りだ。
ここは全力で誤魔化さねば……っ。
「いや、そのなんだ、可愛い! 何度も言うぞ、たいへん可愛い!」
「なんか心がこもってない気がする……」
「んなこたぁねえよ! ってか、どうしたんだよ、そのパジャマ。あ、まさかまた通販で買ったんじゃあるまいな?」
以前、唯花が通販の代引きを覚えて色んなグッズを買い漁り、大惨事になったことがあった。
あの時は撫子さんにすげえ迫力の笑顔で俺が説教される羽目になったんだ。
二度とあんな悲劇は起こしたくないし、起こしてはならない。
しかし唯花はにんまりと笑い、ドヤ顔をする。
「ふふん、よくぞ聞いてくれました。勝利の鍵は――これなのです!」
またまたポケットに手を入れ、肉球に挟む形で取り出されたのは、課金カード。
何日か前に俺が買ってきたやつだ。
「今回は課金しないで、代わりにポイントでこのパジャマを買ったの。課金を我慢すれば、欲しいグッズを買えちゃうってことに気づきました。あたし、賢くなった!」
「なるほど、賢い。元は俺の金だということに目をつむればとても賢い。うん、賢いってなんなんだろうな?」
「というわけで奏太、ハグしよ?」
「なるほど、ハグしよ。元は俺の金だということに目をつむればとてもハグしよ。うん、ハグしよってなんなんだろ……って、はあ!?」
仰け反った。
「いきなり何言ってんだ、お前!? ワケが分からないぞ!?」
「いやどっちかって言うと、今の奏太の『ハグしよ連呼』の方がワケが分からなかったぞよ?」
「唐突に理解不能な提案をされて脳がバグったんだよ! ハグってなんだよ、いきなり――はっ、そうか!」
じり……と後退し、俺は目前のかわゆいモンスターから距離を取る。
「ハグによって、俺からさらなる課金カードを巻き上げようという魂胆か……っ。そうはいかんぞ!?」
バイトの給料日の度、俺はお土産に課金カードを買ってきて、唯花は代価としてハグを許す。
それが幼馴染としての俺たちの約束事だった。
色々やらかしている最近は微妙に形骸化してる気がしなくもないが、この約束が白紙になったわけではない。
なれば、さらなるグッズを求めて唯花が課金カードを必要とするのは火を見るよりも明らか!
と思ったのだが。
「ほえ? カード? 別に今以上はいらないよ?」
「え」
ネコ耳を揺らしながら唯花が首を傾げ、俺は目を点にする。
「じゃあ、なんでいきなりハグなんだ?」
「それは――」
ふわっと。
笑った。
「――なんでだろうね?」
一瞬、息が止まりそうになった。
俺の知らない、妙に大人びた笑みがそこにあった。
そうして見惚れた瞬間、唯花がそれこそネコのような身軽さで飛び込んできた。
「にゃーんっ!」
「はあーっ!?」
着地なんて完全にこっち任せの無責任ダイブ。
どうにか抱き留め、勢いを流すために素早くお姫様だっこに移行する。
体は反射で動いたが、気持ちの動揺は止まらない。
「な、なんなんだ!? 本当なんなんだ!?」
もはやこっちは大混乱。
唯花は右の肉球で俺の首に掴まり、左の肉球で口元を隠し、ちょっと恥ずかしそうに照れ笑い。
「えへへ、奏太のお姫様だっこハグ……ゲットだにゃん♪」
にゃん、で小首を傾げ、フードからこぼれた黒髪がさらっと揺れる。
あ、あざとい……!
もう夢にみそうなくらいホントあざとくて可愛い!
しかし……っ。
「お、お前……一体、何を企んでるんだってばよ!?」
「あはは、あのねー、あたし今……奏太のこと、すっごく大事にしたいなって思ってるの」
「はい? お、俺を大事に……?」
大混乱の俺はワケも分からぬまま、いつの間にか唯花にゃんにがっつりペースを握られていた――。
次回更新:1/30(木)予定




