第13話 今日も今日とて、幼馴染と……褒め称え合う?
「じー……」
「えーと……」
「じー……奏太、ちょっと動かないで」
「いやいいけどさ……」
「じー……はぁ、やっぱダメかも」
「なにが!? 顔、凝視されてため息とか傷つくんだが!?」
今日も今日とて、俺は唯花の部屋にいる。
いつも通り学校の課題をやっていたのだが、ふと気づいたら唯花が真横にいて、俺の顔を覗き込んでいた。で、謎のため息である。
「奏太っていまいち見た目に特徴がないよね」
「おうおう、ケンカ売ってるのかね、この娘さんは。今なら高値で買うぞ? 足裏くすぐって笑い地獄に突き落とすぞ? 通販と違ってクーリングオフとかないからな?」
「手をワキワキしないで。あたしは真面目に言ってるんだよ」
「真面目に特徴がないとか言われた、俺の気持ち……」
意味が分からん上、地味にショックだ。
唯花はスマホを握って、まだ俺の顔を凝視している。よく見ると、スマホのメモ帳ツールを開いているようだった。
「たとえばの話なんだけどね? 奏太を客観的に描写するとしたら、どんなふうになるかなって考えてたの」
「客観的に描写? 俺を?」
なんでそんなことを……、と言いそうになったが、ふと思い至って俺は口を噤んだ。
ここ数日、唯花はコソコソ何かやっている気配がある。どんなことかは分からないが、没頭できるものがあるのはいいことだ。
客観的な描写とやらがそれと関係してるなら、協力するのはやぶさかじゃない。
「もっとちゃんと観察してみろって。よく見てみたら、俺だって特徴的なアピールポイントに溢れまくってるはずだぞ?」
「そうかなぁ」
「そうだっての。むしろなんの特徴もない人間なんているわけないだろ」
「無個性型の主人公とかそうだよ? 昔のゲームだと一枚絵で顔すら描かれてないとかザラだし」
「可哀想すぎるだろ、ゲームの主人公……」
「つまりヒロインが可愛ければ、主人公なんて飾りでいいのさ。哀しいかな、それが世の理である!」
「おいやめろ、絶対やめろ。俺をもっとちゃんと見てくれ!」
謎の危機感を覚え、俺は立ち上がった。
両手を広げ、懇願のように訴えかける。
「ほら唯花、何かあるだろ? 俺の素晴らしい特徴がさ!」
「えー、だからさっきから見てるけど、これといってないんだよ」
「好意的に! 好意的に見れば、何か出てくるだろ!? むしろ絞り出せ! 幼馴染の全力を尽くせ! 我を褒め称えよ!」
「ううん……」
ガラステーブルの横に座ったまま、唯花はこちらを見上げて唸る。
そんなに出ないか? お前は17年間何を見てきたんだ? 修行が足らないぞ!
「あっ、一つ思いついた」
「おお、なんだなんだ?」
「ちょっと背が高い」
「そうだな、男子の平均より2,3センチ高いぞ。……って、微々たる特徴!」
「あとちょっとツリ目」
「そうだな、初対面の相手にやや遠巻きにされる程度に目つきが悪いぞ。……って、それも普通!」
「それから……あっ、そうだ。よーく見たら顔立ちがきれい。女装が似合いそう!」
「最後の一言は必要か!?」
俺は頭を抱えて座り込む。こりゃ駄目だ。
「……唯花、諦めろ。お前に俺を描写する力はない。断っとくが、俺が無個性なんじゃないぞ? お前が力不足なんだ、うん絶対」
噛んで含めるように言う。
一方、ガラステーブルに身を乗り出して、ふくれ面をする幼馴染。
「なによぉー。いざ考えてみると、結構難しいんだよ?」
「そりゃ簡単なことじゃないだろうけどさ」
「奏太にだって絶対できないよ」
「いや俺はできるぞ。毎日見てるし、毎日考えてるし」
「え、自分のことを毎日……? 気持ち悪っ」
「違っげえよ! ……お前のことだ」
「ほえ?」
俺は唯花と同じようにガラステーブルに身を乗り出して頬杖をつく。
視界に入るのは、17年間そばにいる幼馴染だけ。
「まずは長く艶やかな黒髪。胸の下まで伸びる髪はクセ一つなく、身動ぎする度、毛先がはらはらと揺れる。まるでさざ波のように」
「あ……うん、確かに」
「肌は白く、まるで早朝の雪原のよう。触れると、しっとりと押し返す……その柔らかさがいじらしい」
「え、ちょ……どさくさ紛れに頬っぺた触らないのっ」
「瞳は輝く水晶だ。わずかな灯かりがあれば、純粋な光を反射する。そこに自分の姿が映る度、胸が躍る」
「や、あのっ、覗き込んでこないで……近いっ、近いから!」
「唇はほのかな桜色。雪のような肌とのコントラストが眩しい。一度意識すれば、自然に吸い寄せられてしまう」
「あっ、指が唇に……え、キスするの? ちょ、奏太、本気……?」
「お前を見つめてると、全部奪いたくなる」
「う、奪うって……ちょ――」
そうして、あわやキスという寸前。
「調子に乗るな――っ!」
ぼふぅっ、と再びのアーサー王!
一体いつの間に持っていたのか、顔面にぬいぐるみを押しつけられ、俺は盛大にぶっ倒れた。
唯花は真っ赤になってベッドへ退避。
「び、びっくりした! 自然な流れを装って、何しようとしてるのよ!?」
「……いやすまん。唯花を描写してたら、つい気持ちが入り過ぎて止まらなくなった」
「分かるけど! その感じは理解してあげるけど! でも思わず受け入れそうになっちゃったじゃない! あっぶないなぁ!」
「俺に対してもこれくらいの描写を期待する」
「無理っ! そんな入れ込んじゃうような特殊な特技、あたしにはないから!」
もうーっ、とぷんすかして、唯花は布団にくるまる。ゲームで詰まった時によくやる、ふて寝の構えだ。こうなるとしばらく出てこない。引きこもりがさらに引きこもるという、多角的にどうしようもない状態である。しかし。
「……ねえ、奏太」
ひょっこりと目だけ出してきた。わずかに見えている耳はやっぱり赤い。
「奏太みたいには無理だけど、おかげで……あたしも描写頑張ろうとは思ったよ」
「そら良かった」
ゲームで詰まった時に比べれば、ご機嫌ナナメではないみたいだ。どっちかと言うと、嬉しそうだった。だがそんなことよりも。
……俺を無個性にしないように頑張れよ、唯花。超頑張れよ? 本当に頑張れよ? マジで頼むから本気で頑張れよ?
唯花のやってることがなんとなく分かってきて、俺は心の底からそう思った。