第125話 デートのないしょを奏太は知らない③
一体、何がどうなってるんだってばよ!?
俺は今、非常に混乱している。
ありのまま起こったことを話したいくらいの大混乱だ。
端的に言えば、俺はお家デート中に居眠りをしてしまった。
本来なら『唯花ちゃん、怒髪てーん!』な展開になるはずの大失態である。
しかし、ならない。
唯花は怒ってない。
むしろちょっとご機嫌っぽい感じまでしている。
……謎だ。
この謎は解き明かさなければならない。
でないと俺は気になって夜も眠れない。
触らぬ神に祟りなしというが、虎穴に入らずんば虎子を得ずともいう。
いつものパジャマ姿に戻り、ベッドに寝転がってスマホの周回作業をしているゴッドorタイガーな唯花へ、俺は恐る恐る話しかける。
「あー……唯花さんや?」
「んー? なんじゃらほい、奏太さんや?」
「わたくしめに何か罰のようなものはござらんのでしょうか?」
「ほえ? え、なにもしかして奏太、M的な嗜好にお目覚めになったの? ごめん、あたし、それはちょっと協力してあげられない」
「違う違う違う! 俺は至ってノーマルだ」
「HAHAHA、こやつめ。どの口が仰っておるのやら!」
「軽やかに笑い飛ばした!? いやだから俺はSでもMでもなく、至って真っ当な……っと、その手には乗らんぞ」
危うく話が逸れるところだった。
いやむしろ今、話を逸らそうとしたな?
その証拠に唯花は不自然なほどこっちを見ていない。
スマホに集中している体で、明らかに目を逸らしている。
「率直に訊こう。唯花さんや、なぜお前はお怒りではないのですか?」
「えー、だって別に怒るようなことでもないし?」
「ほう? デート中に男子が居眠りするのはギルティではないと?」
「ノーギルティとは言わぬ。よって罪を許そうとする唯花ちゃんの聖母のごとき御心に奏太は涙するといいよ?」
「ふむ……」
「うみゅ……」
「…………」
「…………」
変な間ができた
この話題はこれで終わり、という無言の圧を唯花から感じる。
……怪しい。怪しさ大爆発だ。
俺はそろーっと音もなくベッドに近づく。
唯花は枕の方を向いてスマホを凝視しているので気づかない。
表情を読もうと思い、横顔を覗き込む。
そして俺は「んん?」と眉根を寄せた。
唯花は真っ赤になっていた。
イチャついているわけでもないのに、頬が紅葉のようになっている。
「――っ!? 奏太!? い、いつの間に……っ!?」
「いやいつの間にっていうか、お前……」
「こ、こっち見ないでーっ!」
俺に気づいた途端、スマホを投げ出して逆の方を向いた。
怪しさ大爆発なんてもんじゃない。もう怪しさ超新星爆発だ。銀河に新たな歴史が刻まれてしまうぞ。
なるほど……。
これぞ幼馴染の以心伝心。
今のリアクションでなんとなく分かってきた。
「……唯花」
「にゃ、にゃんですか?」
「お前……寝てる俺に何かしたろ?」
ギクーッと音がしそうなほどパジャマの肩が跳ね上がった。
図星のようだ。
しかし容疑者はまだ誤魔化そうとする。
「にゃ、にゃんのことかしらぁ? さっぱり分からんちん。ひゅー」
「口笛下手か」
ずいっと俺は詰め寄る。
「きりきり白状しやがれぃ。一体、お前は寝てる俺に何をしたのだ?」
「な、ななな何もしてないもんっ」
「嘘つけ。だったらなんでそんな冷や汗だらだらなんだ?」
「これは心の汗っ、心の汗なのです!」
「汗なんじゃねえか」
「確かに! はっ、これ誘導尋問ね!? 卑怯よ!?」
「なってない、なってない。なんの誘導尋問にもなってない」
……おかしいな。
なぜここまで頑ななんだ?
やったのが頬っぺたにキスぐらいなら、何に今さら慌てることもなかろうに……はっ、まさか!?
「唯花……っ、ひょっとして俺にエロいことしたのか!?」
途端、唯花はベットから勢いよく跳ね起きた。
ちょっと涙目で大絶叫。
「し、ししししてなーい! えっちなことなんて、あんまりしてないからーっ!」
「あんまり!? 今、あんまりって言ったーっ!?」
度肝を抜かれた。
あまりに予想外で、こっちも大混乱の渦に叩き落される。
「ななななな何をしたんだよ、本当に! 怒らないから言ってみなさい!」
「言わない、ぜったい言わない! 奏太、言っても怒らないけど、言ったらぜったい調子乗るから! それで伊織や葵ちゃんの前できっと口を滑らせるからーっ!」
「そんなこと……っ、あるわけがないかもしれないだろ!?」
「かもって言った!? あるわけがないかもって! 自分でも自信ないんじゃないっ!」
「そりゃあ思い起こせば、ちょこちょこ前科があるような気がしないでもないからな! でも知りたい、唯花に何されたのか、是が非でも知りたい! だってあれだぞ!?」
真顔でぐぐっと詰め寄る。
「お前のその雰囲気、事と次第によっては伊織たちの17回問題に対抗できることっぽいじゃないか!」
「あー……それね」
突然、ストンッと唯花のテンションが落ちた。
まるで17回問題など過去のことだと言うように肩を竦める。
「本気チュウの数とか、そういうの、もう奏太は気にしなくていいんじゃない?」
「なん、だと……っ?」
唯花はちょっと目を逸らし、赤い顔でなぜかパジャマの胸元のボタンを指でいじる。
「心配しなくても奏太は伊織に勝ってるよ。お姉ちゃんだから分かるの。なんだかんだ言って、伊織は真面目だから葵ちゃんにそういうことしないだろうなって。だから、まあその……」
なぜか俺の右手に触れ、きゅっと握り締める。
「自信を持ちたまへ。……ね?」
言い聞かせるように、にこっと笑顔。
うん、かわゆい。
……いや待て。
いやいやいやいや、待て待て待て!
かわゆいとかそういう話じゃない!
17回のマジキスを気にしなくても良くなるようなことって、それ超大事じゃねえか!
キスしながら直接Fカップに触るとか、そういうレベルの話になるぞ!?
「あ、納得いってない顔」
「当たり前だろ!? まったく納得いってない!」
「むむ、ならば止む無し。最後の手段!」
いきなり手を引っ張られた。
俺は前のめりになり、唯花も素早く顔を近づけてくる。『すわ、キスされるのか!?』と思ったが、しかし寸前で急停止。
寸止めで俺をドキリとさせ、息の掛かりそうな距離で見つめてくる。
そしてとろりとした蜜のような甘えた声で、とんでもないことを言ってきた。
「奏太ぁ、あたしのこと嫌い?」
「はぁ!?」
なにそのギリギリの質問!?
「ねえ、きらいー?」
さらに甘えた声でさらに質問。
な、なんだ、何を考えている……!?
「そ、そんなの……言わなくても分かるだろ!?」
「わかんないっ。言ってくれないと、わかんなーい」
「き、嫌いじゃねーし……」
メチャクチャどもってしまった。
「ほんとう?」
「ほ、本当だよ」
「よかったぁ!」
ふにゃっとした、気の抜けた甘い笑顔。
か、かわゆい……っ。
「じゃあねー……お願いがあるの」
突然、俺の指が唇ではむっとされた。
「ちょ……!?」
「んー? これ好き?」
はむ、はむ。
指が甘噛みされる。
動揺してしまう! めちゃくちゃ動揺してしまう!
「な、何してんだよっ」
「えー、奏太が好きなことしたら、お願い聞いてくれるかなぁって」
「なんだよ、お願いって! もったいぶらずにさっさと言えよ!」
「えーとねぇ」
唯花はちょっと恥ずかしそうに顔を隠す。
しかも握り締めている俺の手を使ってだ。
そしておねだりするように言う。
「今回のことは何も聞かないで? それが唯花ちゃんからのお願い」
「は? いやそんなわけには……」
「はむ」
「くぅ……っ!? いや甘噛みで誤魔化されはし――」
「はむはむはむ」
「ぬうぅぅぅぅ!?」
悶絶する俺へ、再び顔を近づけてくる。
うるうると潤んだ瞳。
小首を傾げて、さらっと揺れる黒髪。
さらには好意を滲ませた甘えた声で。
「お・ね・がーい♡」
ふっと吐息を吹きかけるように言われ、ズキューンとテンプルを打ち抜かれた。
もちろんコークスクリュー・パンチだ。
KOパンチを食らった俺はふらりと崩れ落ちる。
これは……逆らえん。
「……分かっ……た…………」
「えへ、やったぁ!」
俺はベットというリングに沈み、唯花はアイドルみたいなぶりっ子ポーズで喜ぶ。
なんというか……あざとい。
恐ろしい話だ。
唯花が『スキル:あざとさ』を手に入れていた。
数多の文献によれば、あざとさの習得には高い女子力が必要とされる。
やはり俺が寝ている間に何かがあったのだ。
その何かによって、唯花は階段を上り、女子力を飛躍的に高めて『スキル:あざとさ』を手に入れた。
マズいぞ。
きっとこれは今後のパワーバランスに大きな影響を及ぼすことになる。
俺は大いに戦慄しながら、真っ白に燃え尽きてリングに沈むのだった……。
次回更新:1/12(日)予定




