第118話 引きこもり美少女とお家デート⑤
俺は今、頭を抱えている。
左腕に美少女コアラこと唯花を引っつかせ、スマホを持った右手を器用に額に当てている感じだ。
頭を抱えている理由は、そのなんだ……唯花に『せっかくだからチュウしちゃう?』と言われ、『お、俺は別に構わねえけど?』と盛大にキョドったのが恥ずかしくなったからである。
……が、しかし唯花はそんなことまったく気にしていないようだ。
なぜなら俺の肩に頬っぺたを乗せ、期待を込めた指示待ち顔をしているから。
「奏太さんや。じゃあ、あたしは……どうしたらいいですか?」
「どうっ、したらっ、とは……っ!?」
緊張が跳ね上がり、思わず尋ね返してしまった。
だが質問に質問を返されても唯花だって困るだろう。
俺は明後日の方を向きつつ、慌てて言葉を重ねる。
「そ、その前に確認しておくべきことがあるだろ?」
「確認って?」
「いやだから……」
視線だけでチラリと伺う。
「キスの自撮りって言っても、ほら、あるだろ? ……く、唇か頬か、って選択肢がさ」
「にゃ……っ!?」
瞬時に唯花の顔が沸騰した。
「く、唇のわけないでしょーっ!? 撮った写真を伊織と葵ちゃんに送るんだよぅ!? 本気チュウの写真を中学生に送るわけないじゃない! 何言ってるのよ、奏太のえっち! ばか! 変態さーん!」
「ぐはーっ!?」
心が吐血した。
何が大ダメージかって最後の『変態さん』がハチャメチャな大ダメージだった。
葵には何度か言われたことはあるが、その比じゃない。
好きな相手に言われる、叱り気味の『変態さん』がこんなに致命傷だとは思わなかったぜ……。いやでも待ってほしい!
「分かってた! 俺はちゃんと頬っぺたのことだって分かってたんだぞ!? 今のはただの確認っ、念のために確認しただけだって!」
「うっそだー。奏太、ちょっと期待するような目してたもん」
「し、してない! そんな目はしてないぞ!?」
「え、してないのっ!? 期待はしててよーっ!」
「してたけど! ぶっちゃけ本気チュウかなって期待してたけど! でも俺は中学生に送るものだから頬っぺただなってちゃんと分かってたんだーっ!」
領主から無実の罪を着せられた哀れな村人のように、己が潔白を天に叫ぶ。
我が涙は千の河になり、乾いた大地に新たな緑を生み出すであろう。
……や、分かってる。想像の翼を羽ばたかせてないで、きちんと今の状況に向き合わなくてはな。
ごほん、と咳払い。
「……では改めて。頬にキスの自撮り写真を撮るということでよろしいか?」
「はい……よろしくお願いいたします」
唯花は俺の肩口に額を当てて赤い顔を隠す。
大変かわゆい。
ちなみに俺は高校のブレザーを脱いだワイシャツ姿。
唯花の方は中学のブレザーを着ていて、シャツに赤いリボンがついている。
「ええと、それじゃあ……角度はさっきみたいな感じでいいよな」
そう言い、右手でスマホを掲げた。
自撮りモードなので、画面には俺と唯花が映っている。
2人でカメラの方を見上げてる感じだ。
俺の左腕に引っついた唯花がちらりとこっちを見る。
指示待ち顔。
どっちがする? というご質問が視線から伝わってくる。
俺は身じろぎして、やや遠回りな返答をする。
「ご、ごほん。……唯花、いつでもいいぞ」
「奏太があたしにしてくれてもいいんだよー?」
「あほ言え。伊織にそんな写真送れるか。これ以上、兄貴分の威厳は下げられぬ」
「大変だね、兄貴分さんは」
くすくす笑って、唯花は重心を変えた。
「じゃあ……するよ? シャッターチャンス、逃さないでね」
俺と唯花はやや身長差がある。
背伸びをするため、紺のハイソックスに包まれた両足がつま先立ちになった。
しかし、そこでイタズラ心がむくむくと湧いてきた。
無実なのに変態さん呼ばわりされた意趣返しである。
俺はすーっと背筋を伸ばした。
「あ……っ」
近づいていた唇から小さな声がこぼれる。
「ちょっとー、なんで背中伸ばすの? 届かないでしょー!」
「ええっ、届かないのか?」
「なにその棒読みセリフ! 届かないよ。シッダウン、シッダウン」
「でも背中丸めて撮るのも微妙だしなー。もうちょっと頑張ってみ?」
「頑張っても無理だからっ。あたし、もうつま先立ちだし。ほらほらっ」
俺の左腕を支えにして、ぴょんぴょんと跳ねてみせる。
意外なジャンプ力で一瞬距離がぐっと近づき、唯花は『あれ、いけるかも?』という顔になった。
だが俺がひょいと首を傾げて、唇は頬に届かない。
「あっ、避けた! ずるい! 避けるのはなしでしょーっ」
「避けてない、避けてない。唯花がちびっこだから届かないだけだ」
「誰がちびっこよー。あたし、身長は女の子の平均ぐらいだもんっ」
「ほらほら、頑張れ。いつまで経っても写真が撮れないぞー?」
「もうっ、奏太のいじわる~!」
ぴょんぴょん跳ねる唯花と、寸前のところで避ける俺。
むーっ、と怒った顔が実に可愛い。
と、油断してたら、突然――ふよんっ、と柔らかい感触に左腕が包まれた。
「「――っ!?」」
じゃれ合いから一転、お互いに動揺する。
派手に飛んだせいで、俺の左腕がFカップの谷間に埋まりかけていた。
しかもジャンプ中だから弾み方がすごい。
双子の丘がふよんふよんっとリズミカルにバウンドしている。
俺もさすがに固まった。
おかげで首を傾けられず、そのせいで――。
「な……っ!?」
「……んっ!?」
唯花の唇が絶妙な位置に触れてしまった。
頬っぺた……ではあると思う。
だが俺の唇の左端ぎりぎりの位置だった。
セーフと言えば、セーフ。
けどアウトと言えば、アウト……にもなりそうな絶妙で微妙な位置。
同時、ピロリロリーン! と音が鳴った。
カメラのシャッター音だ。
驚いた拍子にボタンを押してしまった。
着地した唯花、ちゃんと支えるために両足を踏ん張っていた俺。
2人は無言のまま、ぎぎぎ……と錆びたロボットのようにスマホの画面へ目を向ける。
そこに写っているのは、非常にグレーゾーンなキス写真。
唇の位置こそギリギリで頬だが、俺は反射的に目を瞑ってしまっているし、唯花は胸が当たって恥ずかしかったのか、やたら頬が赤く……写真の妙でとても情熱な表情になっていた。
見ようによっては……ガチの本気チュウ写真に見える。
俺、反省。
ばっと唯花の方を向く。
「す、すまん! さすがにふざけ過ぎた! デートのムードを壊すのは御法度って言われてたのにこれはないよなっ。わりぃ、すぐに消すから――」
慌ててスマホを操作しようとする。
しかしその手がそっと押さえられた。
今の今で直接俺に触るのは恥ずかしいのか、ブレザーのなかに手を引っ込めている。
いわゆる萌え袖だ。それが俺の手首をツンツンして制止した。
「べ、別に消さなくてもいいんじゃないでしょーか」
「……良いのか?」
「良いのです……」
顔色を伺うと、唯花は恥ずかしそうに顔を隠した。
「びっくりしたけど、今のは事故だし、デートのムードもぜんぜん継続中だし、それに……」
唯花は頬を赤らめて言う。
ブレザーの萌え袖でおずおずと口元を隠して。
「……あたしも本当はずっと奏太に本気チュウしたかったし」
…………。
…………
…………正直に申し上げます。
可愛い過ぎて死ぬかと思いました。
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