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第11話 今日も今日とて、幼馴染に……やべえ、ラブレターがバレた!


 いつも通り、適当にノックをして部屋に入る。

 その瞬間、17年間の幼馴染生活のなかで初めてのことが起こった。へたれ顔のアーサー王が顔目掛けて飛んできたのだ。


「なっ!? え、ちょ――ふぐおっ!?」


 いつもはベッドでクッション代わりになっているぬいぐるみだった。

 あほ毛が口に入って窒息しそうになる。しかし顔からどけようとする前に幼馴染が暗殺者ばりの速度で距離を詰めてきて、ぬいぐるみをさらに顔に押し付けた。


「ごほっ!?  唯花(ゆいか)、コラ、おばえ、なんのづもりだ!? 息っ、息でぎない!」

「黙るヨロシ。ワタシ、中東の伝説的アサシン。無駄口叩けば、オマエ、シヌ!」

「ぶはっ!? 中東のくせに口調がエセ中国人じゃねえか! ちょ、やめろ! どうにか顔を背けたのに、アーサー王をぐりぐりしてくんな! 夢でうなされるわ!」

「だから黙るヨロシ! 心して聞くネ!」


 自称中東の伝説的アサシンことエセ中国人もとい俺の幼馴染は、ぬいるぐるみをぐりぐりしながら忠告してくる。

 その顔はもう茹でダコのように真っ赤だった。


「オマエに禁ズル! コノ部屋で『き』と『す』を繋げた言葉ヲ話すコト! 破ればシヌ! 慈悲はナイ!」

「はぁ? キスって言うなってことか?」

「言うなって言ってるネエエエエエエエ――ッ!」

「ほごお!? ばか、アーサー王を口に突っ込むな!? おえっ、死ぬ! 気道が詰まって本当に死ぬわーっ!?」


 どうやら唯花は昨夜、キスを迫ってきた一件をなかったことにしたいらしい。だからって呼吸まで封じられては堪らない。

 力づくでどうにかぬいぐるみを引っぺがし、俺はダッシュで勉強机の方へ退避した。

 入口ではあほ毛が涎まみれになったアーサー王を抱え、唯花がフーッフーッと荒い息をはいている。その後ろではドアがギィィィッとゆっくり閉じていく。ホラー映画かよ。勘弁してくれ、オカルト苦手なんだよ、俺。


「……わ、分かった、要求を飲む。だから伝説的アサシンよ、唯花を返してくれ。俺は幼馴染と話がしたい」

「ナラバ、『禁じられし誓約言語(ゴドーワード)』ヲ『永久の棺(シルベスタ)』に『絶血封印(ストラクション)』するアルか?」

「するアル、するアル。もう絶対言わない。『あつい』が禁止ワードの時に『ああ、ついでに』を言わないくらい気をつける」

「そこまではしなくていい。ジャッジが面倒くさい」


 伝説的なわりにゆるゆるなアサシンだった。


「デハ可愛い唯花ちゃんを返してやろう。部屋に入ってくるところからやり直すがいいアル。その間に我は座へ帰還スル」


 なんとなくそんな気はしていたが、伝説的アサシンは唯花に取り憑いてるんだか、憑依合体してるんだか、みたいな設定らしい。

 逆らうと面倒なので、俺は「へいへい」と言って一旦部屋を出た。


 扉を閉め、一呼吸。軽くため息。

 それにしても……ちくしょう、先手を取られた。キスを迫ってきた件で、今日は唯花をいじり倒してやろうと思っていたのに、面白おかしい脅しで完全に封殺されてしまった。


 今朝、俺が目を覚ました時、唯花はまだ寝ていた。もちろん十中八九、たぬき寝入りだ。俺が部屋を出ていった後、唯花は悶絶したに違いない。ベッドの上で『なんであんなことしちゃったの、あたしーっ!?』とか言ってゴロゴロ転がりまくったはずだ。


 今日はその傷口に丁寧に塩を塗って差し上げようと思っていたのだが、先手を取られたこの状況ではもう諦めるしかない。ドアを開ければ、唯花は何食わぬ顔でいつも通りスマホかノパソをいじっていることだろう。まあ、しょうがないか。


「んじゃ最初からってことで。おーい唯花、来たぞー……お?」


 てっきりゲームをしてるものだと思っていた。

 しかし俺の可愛い幼馴染はなぜか部屋の真ん中で仁王立ちしている。ぜんぜんいつも通りじゃない。まさかまだ憑依合体中なのか?


「……奏太(そうた)、これなに?」


 予想に反して、唯花はちゃんと唯花だった。

 しかしその手に掲げられたものを見て、俺は今日一番の悲鳴を上げる。


「げえ!? なんでそれを!? いやちょっと待て、違うんだ……っ」

「な、に、が、違うのかなぁ……?」


 唯花が持っているのはピンクの便箋。シンプルだが可愛らしいデザインで、ご丁寧にハートのシールで封してある。見た目だけで言うならば、そう……ラブレターだ。


 唯花はそれを指で摘み、すげえ怖い顔をしている。マジで怖い。アサシンなんて目じゃないくらい怖い。


「これね、今、奏太が部屋を出ていく時にぴらっと落ちたの。たぶん胸ポケットにでも入ってたんじゃないかな」


 シット! 俺としたことがなんて単純なミスを……っ!

 通学鞄だと唯花が気まぐれで漁ってくることがあるので、わざわざブレザーの胸ポケットに入れておいたのだ。部屋に入ったらすぐにブレザーを脱いで隠しておこうと思ったのに、アサシンのいざこざでポケットから落ちてしまったらしい。

 唯花はわざとらしく笑顔を浮かべ、低い声で訊いてくる。


「確認するね? これって奏太の?」

「…………そうです」

「あたしの勘違いだったら謝るけど、もしかしてこれ、ラブレター?」

「…………そう、とも言えるかもしれんが違うんだ、聞いてくれ!」

「はい、今すぐ正座――ッ!」

「ひぃ!?」


 やべ、またミスった!

 うっかりラブレターだと認めた途端、唯花の両目がビカァッと光った。何これ、どんな理屈で光ってんの!? 俺の幼馴染は不思議がいっぱいだなぁ!


 …………。

 …………

 …………。


 ……で、正座させられました。

 テーブルをどかし、わざわざ絨毯も畳んで、俺は部屋の真ん中で正座状態。戦闘体勢っぽいポーズをつけたフィギュアたちに囲まれている。

 唯花はベッドで足を組み、女王様のような威圧感で俺を見下ろしていた。


「あたしはね、別に怒ってるわけじゃないの」


 いやいやいや、嘘言うな。メーター振り切れるくらい激怒してるじゃないですか。

 とは、もちろん言えない。


「ただ純粋に、幼馴染として、奏太の生活態度を心配してるだけなの」

 

 いやいやいや、生活態度の心配とか、全力で不登校中の引きこもりがどの口で言うのですか。

 とは、もちろん言えない。


「正直、あたしも迂闊だったと思う。考えてみれば、奏太が普段どんな学校生活を送ってるかとかぜんぜん知らないもん」

「いやいやいや多少は話してると思うんだが……」

「女の子関係のことは聞いたことない」

 

 ギンッと睨まれた。

 ひぃっ、と仰け反ると同時、唯花がすごい勢いで詰め寄ってきた。


「もしかして防人アイドルな先輩とかいるの!? 一緒に体育倉庫に閉じ込められて『おしっこ漏れちゃう!』って叫ぶ後輩がいるの!? アイドル活動頑張ってる同級生を推したりしてないよね!? お琴が得意な天才少女との部活はしてる!? たいやき盗んだ子と街角でぶつかったりしてないよね!? 怪獣好きな神様はいないの!? 聖杯絡みの赤い悪魔は!? なんでここに先生は!? 十二支と仲良しなあの子だけは絶対譲らないからね!? おにぎりっ!」


「分からん分からん分からん! 例えが半分以上分からん!」

「まさかと思うけど、あたしがただの『幼馴染枠』ってことはないよね!? ヒロインが大勢いるなかのただの一人とか、そんな扱いだったら泣いちゃうからね!?」

「結局、言いたいとこはそこかっ!」

「当たり前でしょ!? 誰がなんと言おうと、奏太はあたしだけのものなんだから――っ!」


 唯花の声が部屋いっぱいに木霊した。

 おおう、言い切りおったぞ、この娘……。

 圧倒されつつも、さすがにかなり嬉しい。


 俺は手を伸ばし、軍艦美少女フィギュアの砲台に挟んであったラブレターを掴む。

 それを目の前の唯花へ差し出した。


「なか読んでみ。それで分かるから」

「駄目っ! それは倫理的にルール違反。それに……奏太が他の女の子からもらったラブレターなんて読みたくない」

「いやこれ女子からじゃねえから。むさい男子共の共同執筆だから」

「へ?」


 俺は便箋を開いて、なかの手紙を唯花に見せる。

 そこには汚っねえ男文字ででっかくこう書かれている。


『ぼくらのメイドアイドル、奏太きゅんへ☆ C組男子一同より』


 という宛名以外にも寄せ書き風に『惚れました!』だの『付き合って突き合って下さい!』だの、野郎共が大盛り上がりしながら書いたメッセージが紙の上をこれでもかと踊っている。

 俺は心底うんざりしながら説明。


「ほら俺のクラス、文化祭で女装メイド喫茶やったろ? 今日、新聞部がきてさ、あん時の俺の写真が校内投票で1位だったんだと」

「い、1位? あー……奏太、何気に女装とか似合いそうだもんね」

「知らんけども。まあ、それで新聞部が表彰するとか言って、そしたら男子共が悪ノリしてこのラブレターを作ったんだよ」


「だ、だったら隠すことないじゃないっ」

「だってこんな話したらお前見たがるだろ」

「何を?」

「……俺のメイド姿」

「確かに!」


 ぽんっと手を打つ幼馴染。どうやら納得してくれたようだ。こっちは大変複雑な気分だが。

 詰まるところ、この便箋は一応、ラブレターっぽい物ではあるが、その実態はもっとおぞましい何かである。

 唯花が心配するようなものではまったくない。それに……。


「俺は主人公じゃないから、ヒロインじみた先輩も後輩もいやしねえよ。ただそれでも、もしもヒロインみたいな誰かがいるとしたら……」


 ピンクの封筒を投げ捨て、唯花の髪をぽんっと撫でる。


「手間の掛かる幼馴染だけで十分だ」

「あう……っ」


 ボオッと火が付いたように唯花の頬が赤くなった。


「な、何いきなり恥ずかしいこと言ってんのっ。奏太ってば、ワケ分かんないっ。あたしは攻略対象じゃないし! ただの幼馴染だし!」

「へー? そう言うわりに昨日今日の唯花は結構ギリギリだよなぁ?」


 よし、俺のターン。

 わざとニヤニヤ笑いを浮かべて顔を覗き込む。


「昨日はいきなりキスしようとしてきたし?」

「ちょ、それは『永久の棺(シルベスタ)』に『絶血封印(ストラクション)』した『禁じられし誓約言語(ゴドーワード)』っ」

「今日は『奏太はあたしだけのものなんだから――っ』だっけ?」

「あ、うぅぅぅ……」


 頬がさらに真っ赤になった

 どうやらさっきは無自覚で宣言していたらしい。冷静さを取り戻した今になって指摘され、唯花は顔から湯気がそうなほど狼狽えている。


「うぅぅ……こ、降参! 降参します! 今日はあたしの負けだからもう許してーっ!」


 そう言うと、ばっとベッドのなかへ潜り込んだ。

 しかしそう簡単に逃がすわけにはいかない。なんせこっちは伝説的アサシンにまで狙われたのだ。このチャンスを最大限使ってやり返さねば、涎まみれになったアーサー王も浮かばれないぜ。


「いや~、まさかあんな熱烈な唯花が見られるとはなー? 『あたしのこと好きになったらダメだからね』とか、いつもどの口が言ってるんでしょうなー?」

「ああもう聞こえない聞こえなーい!」

「なあ、今どんな気持ち? どんな気持ち? 詳しく原稿用紙三十枚くらいで述べてみようか?」

「うぅ、奏太のいじわるーっ!」


 唯花の半泣きの声が木霊した。ふふふ、実に楽しい。

 やったぜ、久しぶりに大勝利だ。たまにはこんな日があってもいいよな?


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