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幼馴染が引きこもり美少女なので、放課後は彼女の部屋で過ごしている(が、恋人ではない!)  作者: 永菜葉一
3章「伝説と告白と修学旅行」

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第100話 とびっきりのご褒美のキスを(伊織→奏太視点)


 僕は……本当にダメな子です。


 今日は(あおい)ちゃんの誕生日だったんだ。

 ちょうど修学旅行の初日と重なってて、だから自由行動の時、一緒に縁結びの神社にいこうって約束してた。


 僕と葵ちゃんはクラスが違うけど、自由行動の時はみんな結構バラバラになるからきっと大丈夫だと思って。


 実際、待ち合わせも上手くいって、2人でこっそり神社に向かってる時は本当にワクワクしたんだ。


 でも、途中でクラスのみんなに見つかっちゃった。

 ちょうど神社まであと少しのところだったから、僕と葵ちゃんを見て、みんなすごく盛り上がって……。


 もちろん悪い意味の盛り上がりじゃなくて。

 みんな、純粋に祝福しようとしてくれたんだと思う。

 

 僕も言ってもいいかな、って思ったんだ。

 実は葵ちゃんと付き合ってるんだ、って。


 でもそれはきっと僕だけの独りよがりな考えで……。

 葵ちゃんは突然、逃げるように駆け出した。僕は慌てて追いかけて、その先で……言われたんだ。


 ――ごめんなさい。やっぱりお付き合いはやめにしよう、って。


 その後、2人で一緒にみんなのところに戻った。

 僕も葵ちゃんもみんなを心配させたくはなかったから。

 もちろん縁結びの神社にはもういかなかった。


 僕はクラスのみんなと合流して、葵ちゃんも途中で見つけた友達のところにいって、それからは離れ離れ。


 後悔や哀しさや自分への情けなさが僕のなかにはグルグルと渦巻いていて……気づいたらひとりでホテルを飛び出してた。


 お財布にはお父さんと、あと奏太(そうた)兄ちゃんがこっそりくれたお土産用のお金があって、僕は新幹線に乗って帰ってきてしまった。


 家について、部屋に入って、最後に葵ちゃんに電話したんだけど、やっぱり元には戻れなくて……。僕はもうどこにもいきたくない、外の世界なんて見たくないって思った。


 そうして心が押しつぶされそうになった時、突然――お姉ちゃんが来てくれたんだ。

 ずっと部屋にこもりきりだったのに、まるで奏太兄ちゃんみたいに飛び出してきてくれて、そして今、目の前にいる。


「お姉ちゃんが来たからにはもう大丈夫っ。安心しなさい!」


 まるで奏太兄ちゃんみたいに頼もしい笑顔。

 僕はしばらく茫然としてしまってから、ようやく口を開く。


「お姉、ちゃん……」

「ん、お姉ちゃんだぞ!」


 大きな頷きが返ってきた。

 扉の向こうにいる時は苦しそうな声が聞こえてたのに……今のお姉ちゃんはすごく元気に見える。不思議だった。すごく不思議だった。


 きれいで艶々の黒い髪。

 いつもお母さんが洗濯してる、ピンクのパジャマ。

 ネコみたいなイタズラっぽい笑顔。


 お姉ちゃんだ。

 僕のお姉ちゃんが目の前にいる。

 それだけで泣きそうになってしまう。


「お、お姉ちゃん、平気……なの?」

「んー、何が?」

「何がって、だって……」

「今、平気じゃないのは伊織の方でしょ?」


 ずいっと顔を覗き込まれた。

 お姉ちゃんと間近で話すのはすごく久しぶりで、なんだか照れてしまいそうになる。でも……。


「葵ちゃんと何があったの?」


 その一言で、キュッと胸が痛くなった。

 そうだよね、部屋で電話してたら声が聞こえるよね。


 さっきの僕の電話を聞いて、お姉ちゃんは駆けつけてきてくれたんだ。

 僕はワイシャツの胸元を握って「それは……」と俯く。


「僕が悪いんだ……」


 真っ暗な部屋のなか、ぽつり、ぽつりと言葉が落ちる。


「葵ちゃんは最初から言ってたんだ。『伊織くんはわたしのこと好きじゃない。今はわたしの気持ちを知っちゃって、びっくりしてるだけ』って」


 でも、と僕はさらにワイシャツを握る。

 小さなシワが傷みたいにたくさん生まれた。


「僕は毎日、葵ちゃんと一緒にいるのが楽しくて、嬉しくて、とっても幸せで……もう胸を張れるぐらい葵ちゃんのことが好きなんだって思ってたんだ」

「素敵なことじゃない」


「ううん、これは……僕だけの独りよがりな考えだったんだ。葵ちゃんから見たら、この気持ちもきっとただの勘違いなんだよ」

「どうして……?」

「だって!」


 情けなくて涙がぽろぽろこぼれてきた。


「僕、止めてあげられなかったんだ! 『お付き合いはやめにしよう』って言われた時、葵ちゃんは泣いてたのに……っ。葵ちゃんもクラスのみんなに見られてびっくりしちゃっただけなんだよ! それが分かってるのに僕は止めてあげられなかった。自分の気持ちが本物じゃないかも、って怖くなっちゃって……っ」


「伊織……」

「お姉ちゃん、奏太兄ちゃんならこんなことにならないよねっ」


 言葉が止まらない。

 涙と一緒に次から次にこぼれて止まらなかった。

 

「僕、奏太兄ちゃんみたいになりたかったんだ……っ。強くて、格好良くて、真っ直ぐ信念を貫ける人になりたかった。でも……なれなかった。奏太兄ちゃんは自分の気持ちに迷ったりしない。好きな子をこんなふうに哀しませたりしない。そうでしょっ」


 お姉ちゃんは迷うような間をおいて、でも小さく頷く。


「……そうだね。確かにお姉ちゃんは……奏太と一緒にいて、本気で哀しくなったことは一度もない」

「だよ、ね……」


 自分で訊いたことなのに、心が壊れそうになった。

 僕は奏太兄ちゃんみたいにはなれない。なれやしないのに、憧れてしまった。なんて恥ずかしいんだろう。


「でも、いいんじゃない?」

「え……」


 ふいに掛けられた言葉に僕は顔を上げた。

 さらっと前髪を揺らして、お姉ちゃんはこっちを見つめている。


「そりゃあさ、お姉ちゃんは奏太にラブどっきゅんだけども、でも――」


 お姉ちゃんは微笑む。柔らかく唇を弧にして。


「葵ちゃんが好きになったのは、伊織でしょ?」

「……あ」


 小さく吐息がこぼれた。水面に波紋が生まれるように。

 そんな僕の顔を見て、お姉ちゃんはニヒッと口の端を上げる。


「みんながみんな、強い人にならなくていいんだよ。とくにお姉ちゃんや伊織は致命的に弱っちかったりするところあるしねー」

「で、でも奏太兄ちゃんみたいに強くないせいで、僕は葵ちゃんに……っ!」


「弟よ。良いことを教えて進ぜよう。弱っちい奴が勇気を振り絞った一撃は、意外にズドンと来るのだぜ?」


 ふいに両手で頬っぺたを包まれた。

 その直後、


「――っ!?」


 あまりの驚きに僕の全身は強張った。


「お、お姉ちゃんっ。これ、この手……!」

「手だけじゃないよー。今、全身こんな感じ」

「全身って……っ!?」


 頬っぺたに触れた両手は……まるで氷みたいに冷たかった。

 小刻みに震えていて、完全に血の気が失せている。


 これが全身って一体どういう状況なの!?

 それによく見たら顔色も真っ青だ……っ。


 僕はようやく気づいた。

 

 ……そうだよ、元気だなんて、そんなことあるわけがなかった。

 お姉ちゃんは倒れそうになりながら、それでも歯を食いしばって必死に僕のところに来てくれたんだ……っ。


「あのね、伊織。伊織に会えたら、お姉ちゃん、伝えたかったことがあるの」


 こつん、とおでこが合わさった。

 瞼を閉じて、とても優しい声でお姉ちゃんは囁く。


「――カノジョができて、おめでとう。伊織が幸せになってくれること、お姉ちゃんは嬉しいよ」

「……っ」


 胸が締めつけられるように痛んだ。


 これは……間に合わなかった言葉だ。

 僕が葵ちゃんと付き合うことになって、壁越しに『カノジョが出来ました』って報告した日、お姉ちゃんが僕に言いたかった言葉だ。


「……ごめん、ごめんなさい、お姉ちゃん。もう遅いんだ。だって僕、葵ちゃんにフラれちゃったから……っ」

「大丈夫、まだ終わってないよ」

「え……」


 頬っぺたで震えている指が、そっと涙をぬぐってくれた。


「フラれちゃって、こんなに泣くほど哀しいんでしょ。それって好きってことだよ」

「……っ」

「葵ちゃんのとこ、いっといで。泣いてもいいし、弱音吐いてもいい。今の素直な気持ちを葵ちゃんに伝えておいで」


「お姉ちゃん……」

「それで今度こそ葵ちゃんの心を射止めて、お姉ちゃんにもっかいお祝いの言葉を言わせてね」

「でも、でもさ……もう一回葵ちゃんに会って、それでもダメだったら?」

「んー、そん時は」


 おでこが離れていき、黒髪を揺らして、にこっと笑顔。



「もっかい部屋から出てきて、お姉ちゃんが慰めたげる♪」



 涙がわっと溢れそうになった。

 僕は慌てて目元を擦る。何度も何度も擦る。


 ……もう泣いてなんていられない。


 こんなに手が冷たくなるまで頑張って、お姉ちゃんは駆けつけてくれた。その上、当たり前のようにまた来るって言ってくれてる。


 僕だって……僕だって、男の子だ。

 もう泣いてなんていられるもんか……っ。


「お姉ちゃん、僕、これから出かけてくる。いかなきゃいけないところがあるんだ」

「へえ、どこにいくの?」


 優しく問いかけてくれるお姉ちゃん。

 小さく深呼吸して顔を上げ、はっきりと答える。


「僕の好きな子のところ」

「よしっ。格好良いぞ、男の子」


 嬉しそうに頷き、頭を撫でてくれた。

 その手はやっぱり氷みたいに冷たい。


 格好良いのはお姉ちゃんの方だよ。

 僕のお姉ちゃんは――世界で一番格好良いお姉ちゃんだ。


 さあ、いかなきゃ。

 今から電車で京都に戻れるかは分からないけど、でも深夜バスもあるはずだし、何よりもう止まってはいられない。


 そうしてやるべきことを考え始めた矢先、ふいに――お姉ちゃんの手の感触が消えた。

 それがあまりにも唐突で、え、と僕は視線を上げる。


 お姉ちゃんの体がゆっくりと後ろに傾いていた。

 まるで糸が切れた人形みたいに、お姉ちゃんは倒れていく。


「あ、れ……?」

「お姉ちゃん!?」


 僕はとっさに手を伸ばした。

 でも黒髪が逃げるように指の間をすり抜けていく。


 間に合わない、と思った。

 でも次の瞬間。


「――ったく、無茶しやがって」


 突然、廊下から人影が現れた。

 力強い腕がお姉ちゃんをしっかりと抱き留める。


「……っと! さんぽの時は足元に気をつけろよ、お姫様」

「奏太兄ちゃん!?」


 僕らのヒーローが颯爽と現れて、お姉ちゃんを助けてくれた――。




              ◇ ◆ ◆ ◇




 唯花を抱きながら、やれやれ、と俺は胸を撫でおろす。

 絶対、危なっかしいことになってると思ったんだ。

 如月家の合鍵使って、真っ直ぐに駆けつけて正解だった。


 また過呼吸で倒れたんだろう。引きこもる直前の頃、こういうことは何度かあった。

 唯花は俺の腕のなかでわずかに瞼を開ける。


「来てくれたんだ、奏太……」

「当たり前だ、来るって言ったろ? 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に来たぞ」

「ふふ、苦しゅうない……」


 強張っていた唯花の表情がどんどん柔らかくなっていく。

 体もかなり冷たいが、俺が抱いてればすぐに温かくなるだろう。


「あたし、いっぱい頑張ったよ……?」

「ああ、分かるよ。見れば分かる」


 伊織に視線を向ける。

 泣いてるって聞いてたが、もう瞳に涙はない。

 あるのは自分で擦ったような跡だけだ。


 本来なら俺が『歯ぁ食いしばれ!』展開をしてやる場面だったんだろうが、もうその必要はなさそうだな。


「頑張ったな、唯花。お前は立派なお姉ちゃんだ」

「えへへ」


 嬉しそうに笑い、かと思うと、唯花はイタズラめいた顔で囁いた。


「三上奏太のお嫁さんに相応しい頑張りだったでしょ? あ・な・た♪」

「えっ、おま……」


 一瞬、言葉を失った。

 瞬時に思い出すのは、もちろんリビングでの撫子(なでしこ)さんとの一幕。


 ……ああ、なるほど、昨日今日と唯花の様子がおかしかったのはそういうことだったのか。

 普段なら俺も大混乱に陥るところだ。が、倒れるまで頑張った唯花の前で取り乱すのも格好がつかない。


 俺は肩の力を抜いて苦笑した。


「あれ、聞いてたんだな……」

「聞こえるぐらいの大声でしたので」

「何かコメントがあるなら聞こう」


「とくにナッシング。想いは行動で示しました」

「む、類稀なる説得力」

「でしょう? だからご褒美ちょうだい。とびっきりのやつ」


 しっかりと抱き着くように、唯花は俺の首へ手を回してくる。

 そして。

 あろうことか、ゆっくりと……瞼を閉じた。

 

 世に言う、キス待ちの体勢。


 え、ちょ……確かに電話で『上手くできたら、とびっきりのご褒美をちょうだい』とは言っていたけれども! で、確かに上手く伊織は立ち直ったようだけども! でも当の伊織が目の前にいるんだぞ!?


 と、思ったのだが……視線を向けて、俺は『おっ』と思った。


 伊織がじっとこちらを見つめている。

 まるで自分の理想をその目に焼き付けようとするように。男の顔だった。


 ……ああ、そうだった。俺は葵に言ったんだ。『俺と唯花でハッピーエンドを見せてやるから、この背中を追ってこい』って。だったら彼氏の伊織の視線から逃げるわけにはいかないよな。


 よーく見とけよ、と視線で伝える。

 あう、と伊織は赤くなった。『ほ、本当に?』という顔だ。もちろん本当だ。本当で本気だ。


「唯花」


 細いあごに手を添えた。


「キスするぞ」

「あうっ。こうして待ってるんだから、わざわざ言わなくても……っ、――あ」


 唯花が赤くなって瞼を開いた瞬間、唇を奪った。

 抱いている体がぴくんっと小さく震える。

 緊張でネコのように丸くなっている手が俺のワイシャツをぎゅっと掴んだ。


 カーテンから月明かりが差し込んでくる。

 2人を照らすスポットライトのような柔らかな光。



 そのなかで俺たちは人生二度目のキスをした。



 やがてゆっくりと唇を離すと、唯花は照れたように「えへ」と笑い、俺の肩にもたれてきた。


「やった。奏太のちゅー、ゲット」

「ご満足頂けましたか?」

「うみゅ、余は満足じゃ……」


 さすがに精魂尽き果てたのだろう。

 唯花は眠るように瞼を閉じていく。


「……奏太、あと頼んだよ。あたしたちの弟をよろしくね」

「ああ、任せとけ」


 俺が頷くと、唯花は安心したように静かに気を失った。

 抱いている体から力が抜けていく。


 落とさないように丁寧に抱き直して……さて、と俺は弟分に目を向ける。


「伊織、感想はあるか?」

「……うん。小学生の頃から葵ちゃんにずっと話してたんだ。奏太兄ちゃんとお姉ちゃんが僕の理想なんだって」


 弟分は小さな手のひらをゆっくりと握っていく。


「僕は奏太兄ちゃんにはなれないのかもしれない。でも……っ、奏太兄ちゃんとお姉ちゃんに負けないくらいの絆を結びたい、葵ちゃんと!」

「その言葉に二言はないな?」

「ないっ!」


 よし、と俺は口の端をつり上げる。


「上等だ。事情はだいだい把握してる。表に大型バイクが届くように手配しといた」


 月明かりのなか、左手に嫁を抱き、右手を掲げる。


「唯花が必死に頑張ってくれたからな。こっからは俺のターンだ。ついてこい、伊織」


 不敵に告げる。

 拳をえぐり込むように突き出して。


「俺が教えてやる。とびっきりの――ハートブレイクショットの打ち方ってやつをな!」


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