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第10話 今日も今日とて、幼馴染の部屋にお泊り……だと!?


「……ねえ、なんで奏太(そうた)がここにいるの? もう夜だよ? 帰らないの?」

「お前が言うな、お前が言うな、もっかい言うぞ? お前が言うな」

「だ、だってっ」


 ベッドからかばーっと起き、唯花(ゆいか)は叫ぶ。


「まさか本当に泊まってくれることになるなんて思わないじゃない!? 嬉しいけど、困る! すっごい困る! それ以上に嬉しいけど! やったー、奏太とお泊りだーっ!」

「落ち着け! 本音がダダ漏れになってるから! 38℃も熱あるんだから迂闊なこと喋ろうとするんな! 風邪治った時に気まずくなるぞ!? あと喉痛くなるから小さな声で喋りなさい!」


 案の定、けほけほと咳き込みだした。

 俺はタオルケットをどけて床から立ち上がり、コップの水を持っていく。


「ほら、落ち着いて飲め。気管に入らないようゆっくりな?」

「うぅ、奏太が優しい……。もう一生、風邪ひいてたい」

「俺は普段から優しいと思うんですが? あと一生風邪ひいてたら、俺一生ここに泊まることになるんですが?」

「控えめにいって、それ最高。いつの間にか外の世界が滅びてて、あたしと奏太で新世界のアダムとイブになれたら言うことなし」

「言うことありまくるわ。思いつきの願望で世界に終末をもたらすな」


 水を飲んだら落ち着いたようだ。コップを枕元に置き、背中をさすってやる。

 

 ……紐の感触があるからブラはしてるみたいだな。ちょっと残念だ。いやいや待て待て、相手は病人。今日はそういう邪念は無しだぞ、俺。


 すでに部屋の電気は消えている。俺は唯花の親父さんが貸してくれたパジャマを着ていて、床にはタオルケットとシーツが敷いてある。

 なんの因果か、唯花が熱を出し、その看病という名目で泊まることになってしまった。

 二つ返事で了承した両家の両親ズには本当どうかしてると申し上げたい。


 ……まあ、誰かが看てた方がいいってのは事実なんだけどさ。引きこもって以降、唯花は親も弟も部屋にいれない。唯一、出入りしている俺にお鉢がまわってくるのは避けられないところではある。だからって年頃の男女だぞ。もしも間違いがあったら……あー、むしろ間違えとでも思ってそうだな、あの両親ズは。


「そういえば……奏太、学校はいいの? 明日、平日でしょ?」

「こっからいくから大丈夫だ。お袋さんが腕に寄りをかけて朝飯作ってくれるさ。地味に楽しみにしてる」

「だったらいいけど……あたしの風邪移しちゃったらごめんね?」

「それも問題ない。もともと俺が持ってきた風邪菌だろうしな」

「あー……」


 唯花はほとんど自室から出ない。家の外ともなれば皆無である。

 風邪の菌をもらうとしたら俺からしかない。で、当の俺が元気なのだから、よっぽど不養生な奴にしか効果がない菌なのだろう。


「……そっか、あたしがこんなに苦しんでるのは奏太のせいなんだね。じゃあ、責任取ってもらわないとね?」

「……待て。嫌な予感がする」


 さり気なくベッドから離れようとしたが、一瞬早く手を握られてしまった。

 唯花が大きく布団を広げる。



「こっちきて。あたし、奏太と寝んねしたい」



 はい来ました、無理難題!

 我慢大会への入口という地獄の扉がフルオーブンである。


「……それ、拒否権は?」

「ないよ。だって奏太のせいだもん」

「……じゃあ、押し倒ちゃう権利は?」

「ないよ。だってあたし病人だもん」

「……逆に押し倒されちゃう可能性は?」

「あるよ。だから奏太が我慢して」

「……………………つらい」


 好きな女と一緒にベッドに入り、好き放題に甘えられ、親たちはほぼ公認済みで、でもこっちから手は出せない。拷問か、新手の拷問なのか。


「はーやーくーっ、布団めくってると寒いの。はーやーくーっ、奏太が温めて!」

「お前もう完全にアウトだからな、その台詞」

「えへへ、熱あるから知らないもーんっ」


 覚悟を決めてベッドへ入ると、問答無用で抱き着かれた。

 うわ、柔らかい! ブラの硬さが分かる。でもその奥の弾力は伝わってきて幸福感がヤバい! ひゃっほう、やっぱりこれアウトだろ!?


「奏太ぁ、奏太ぁ、えへへへ」

「ちょ、おま……っ。おち、落ち着け……っ」

「やーだ、せっかくのお泊り会だから今夜は思いっきり甘えるの~っ」


 ぴったりと密着し、これでもかと頬ずりしてくる。

 ああもう可愛いな、この幼馴染は!

 普段からこれぐらい甘えん坊ならいいのに。いやよくないな! 病人っていうフィルターがなかったら絶対俺の理性が保たん!


「ねえねえ、襟のボタン外していい? 奏太の鎖骨ぺろぺろしたい」

「なんで!? どういう趣味だ!?」

「デュフフ」

「笑い方、気持ち悪っ!?」


 あ、これなんかのキャラクターの真似だ。ということは分かったが、そんなことを考えてる間にボタンを外されてしまった。


 れろ。


 ……っ!? 舐められた! ぺろぺろよりもっと生々しい感じで、れろって舐められた!


 れろ。れろ。れろれろ。れーろ。


「か……っ、ちょ、唯花……っ! いけない、お父さんはこんなこと許しませんぞ!? はう……っ!?」

「ごめんね、お父さん。悪い娘でごめんね。でも鎖骨美味しいの。れろれろ」

「ノッってくんな!? そこはお父さんって誰っていうツッコ……くあ!? ああもうっ、なんかワケ分かんなくなるーっ!」


 俺はベッドで悶絶する。唯花に鎖骨を舐められる度、全身に甘い電流が走った。こんなのいつ理性が吹き飛んでもおかしくない。それでもどうにか耐えているんだから人間の倫理観ってすごい。僕たちは地球に必要な存在なんだ! いかん、本格的に何言ってんだか分かんなくなってきた……っ。


「ねえねえ、奏太。頭なでなでしてー?」

「わ、分かった、する。なでなでするから鎖骨はちょっとストップしてくれ」

「奏太はなでなで、あたしはれろれろ。いっせいのせ、で始めるよ?」

「聞いて!? なでなで中はノーれろれろ! それがワシントン条約だから!」


 ちなみにワシントン条約は『絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約』なので、『なでれろ』とはまったく関係ない。それだけ追い詰められているのだとご理解頂きたい。あと『なでれろ』ってなんだ。頭、大丈夫か、俺。

 とにかく動きを封じるために、俺は布団の下で唯花を強めに抱き締めた。


「あン……っ」

「へ、変な声出すなよ!?」

「だ、だってぇ……」


 パジャマに包まれた細い体がぴくんっと反応する。

 熱のせいか、それとも他の理由か、とにかく赤くなっている耳元へ俺は命じる。


「とにかく動くな。フリーズだ。いいな?」

「…………ひゃい。分かりましたぁ」


 とろんとした声が頷く。


「強引な奏太……いい。とってもいい」

「そりゃ良かったよ……」


 こっちはすげえ綱渡りだけどな。

 まあ、どうにかれろれろを封じることは出来たので、なでなでと唯花の髪を撫でる。するとすぐに「ふぁ~……」と夢見心地の声が聞こえてきた。


「……今日、すごく楽しい。なんだかゲームのお泊りイベントみたい」

「こんなギリギリなイベントがあるもんなのか……。言っとくけど、唯花が熱出してなかったら速攻でR指定の展開になってるぞ? 主に俺が」

「大丈夫。最近はゲームだけじゃなくて、アニメとか漫画でも実質アウトな展開多いから」


 うん、まったく大丈夫じゃない。

 幼馴染が普段どんなものを観てるのか、ちょっと心配になってきた。


「……みんな、こういう気持ちだったのかなぁ」


 髪を撫でられながら、独り言のように唯花は呟いた。

 みんなというのはおそらく唯花の好きな作品のキャラクターたちのことだろう。お泊りイベントに出てきた主人公やヒロインを思い浮かべているのかもしれない。

 でも、だとしたら。


「なあ、唯花」

「んー?」

「お前にも……未来があるんじゃないのか?」


 唯花が物語を好きなのは、その登場人物たちに未来があるからだ。

 部屋から出ないと決めている自分と違って、彼らに輝かしい明日があるからだ。

 でもその彼らと同じ気持ちを抱けるなら、唯花も自分自身に対してもっと希望を持つことが出来るんじゃないだろうか。


 もちろんただの思いつきだ。本当にそれで何かが変わるなんて俺も思ってない。

 予想通り、唯花は笑って受け流した。俺の言いたいことをすべて汲み取った上で、ほつれた糸のようにするりと心を躱す。


「現実とフィクションをごっちゃにしたら駄目だよ。奏太はまだまだだなぁ。ニートはプロになればなるほど、現実をちゃんと理解してるものなんだよ?」

「俺、プロのニートじゃないし、なる気もないし」


 俺も苦笑で話を流した。

 唯花が引きこもってることについて、俺たちの意見はぶつからない。これまでも一度も衝突らしい衝突はしてこなかった。たぶんこれからもそうだろう。


「でもそんなふうにキャラクターに感情移入できるんなら、唯花もなんか作れたりしてな?」

「え?」


 鎖骨のそばにいた視線がこちらを向く。


「作るって……なにを?」

「ん、いやだから……漫画とかゲームとか? アニメはさすがに無理だろうけどさ」

「どっちにしろ無理に決まってるじゃん。ゲーム作るってすごい大変なんだよ? 冴えないヒロインを育てるところから始めなきゃいけないんだよ?」

「すまん、お前が何を言ってるのかまったく分からん」

「漫画だって……あたし、絵とか書けないし」

「じゃあ、無理か」

「無理だよ」


 そうだよな。何かを作るってことはきっと大変なことだ。こんな思いつきで始められるようなものじゃない。

 いつか唯花が自分を肯定できるような何かを見つけられたら、と俺は思っている。


 もちろん俺だってそんな大層なものは持ってない。小さいものでいいんだ。ただ、唯花が自分から外の扉を開けられるくらいの、ほんの小さなきっかけどこかにあれば……俺はそうずっと願っているが、もちろん焦らせるようなことじゃない。唯花は唯花のペースでいけばいい。


 あと、さりげなく今夜の俺の目論見も達成された。

 ちょっと真面目っぽい話をすることで、鎖骨への謎の興味を逸らすことができた。

 さっきから唯花は何か考え込むような顔で押し黙っている。このまま髪を撫でて、寝かしつけてしまおう。


 と思っていたのだが。

 俺の幼馴染は突然、顔を上げて――とんでもないことを言った。


「奏太、キスしてあげる」

「は?」


 有無を言わさず、こっちの頬を掴み、一息に顔を寄せてきたので、度肝を抜かれた。慌ててガシッと押さえつける。何これ、怖い、本気の目だ!


「ちょ、待て待て待て!? どうした!? 熱あるからって暴走し過ぎだぞ!? 何考えてんだ、唯花!?」

「あたし、奏太のおかげで気づいちゃいけないことに気づいちゃったみたい。今、すごく自暴自棄な気持ちなの。だから感謝と八つ当たりを込めて、キスしてあげる」

「八つ当たりや自暴自棄でファーストキスもらいたくねえよ!? 本当何言ってんの、お前!?」


「ちょっと!? なんでファーストキスだって決めつけるの!? そうだけど!」

「そうだろうよ!? 幼馴染だから分かるわ! とにかく止まれーっ!」

「キスすーるーのーっ!」

「しーなーいーのーっ!」


 結局、この力づくなキスの押し問答は深夜まで続き、最後は騒ぎ過ぎて唯花が目を回して、どうにか俺たちのファーストキスは守られた。

 いや、もうワケ分からん。

 ついでに翌朝、唯花の熱は引いていて、見事に風邪が治っていた。あんだけ騒いだんだから、逆に熱上がるんじゃないかと心配してたんだが、もう本当、ワケ分からん。


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