出番待ち
——晴れたなあ。
シゲルはマスクの下で、誰にともなく言った。淡々とした調子で、うれしそうでもなく、かといって不満があるようすでもなく。
——おお、いい天気だ。
カツジは無頓着に応えた。
——時間は? オレ、細かいとこ見えねえんだ。
——あと一時間……ちょっとあるな。
カツジは腕時計をちょっと見て確認した。
——マスク、取れよ。まだいいだろ。
——ああ。
シゲルはかぶりものを取った。仮面ヒーロー・戦隊ゾロスの、アグニスだったか。火の超能力を持つ赤いコスチューム。となりのカツジは、土の超能力をもつ何とかというキャラクターで、黄色いコスチュームだ。そのかぶりものは、まだ棚に置いたまま。シゲルはタメイキをついた。
——タルいな。
——まあそう言うな。十分ちょっとの辛抱さ。
——ほかの連中は?
——外回ってるみたいだな。
日和が良いこともあり、地域イベントはそこそこ盛況だった。
開け放された楽屋の窓から入ってくるゆるやかな春風と陽光。屋台や展示ブースの賑やかなざわめきが聞き取れた。シゲルは、その空気の中、何か食材が軽く焦げる香りをかいだ。
——ひょっとして屋台とかあるの?
——うん。ナミコとユカが行ってる。あいつら、うれしそうだったな。食い物のことになると女子はアレだな。こっちよりも楽しいからな。きっと。
シゲルはうなずいた。
——しっかし、詐欺みたいなもんだよなあ。こんなんで単位とか。
カツジは無感動にそうつぶやいた。高校のボランティア活動の一環として、地域の祭りに参加することになった。そこで、メディア研究会という名前の部活をしている、と言ったら、正義の戦隊もののアトラクションに割り当てられてしまった。
——おれたち、もともとやるほうじゃなくて、みるほうなんだよな。
——そうだなあ。
シゲルは相づちをうった。じじつ、放課後、視聴覚室を陣取って、好きなビデオソフトを「上映」するだけの部活動だった。
何を作るでも、演じるでもない。こんなことでもなければ。
窓の外に、ヘリコプターの音が近づいて、また、遠ざかっていった。
ふいにシゲルは立ちあがった。コスチュームの装飾がじゃらりと音をたてた。
——カツジ。ちょっと見にいくか。おれは行く。
——そ、そうだな。おれも行こう。
楽屋を出るシゲルを、カツジはあわてて追いかけた。
一番目のグループは、戦隊ゾロスの少し前の世代にあたる、別の仮面ヒーローグループを演じることになっていた。
屋外ステージの両脇にラウドスピーカーが立てられ、特撮戦隊もののテーマ音楽が流れている。
アナウンスがあり、一番目のグループがステージに躍り出た。
五人のヒーローが順番にアクションをとり、ポーズをキメて、去って行く。
プログラムどおり、十分ほどだった。
観客席は六十席ほどあるが、客はまばらだった。
シゲルとカツジは、後ろのほうの座席に座った。
前のほうの座席では、高校生らしい私服の男女が数人ほど連れだって、口笛を吹いたり、拍手をしている。たぶん出演者の知り合いだろう。
それを除けば、演し物をめあてに来た客は、ほぼいないようであった。初夏の陽射しは思ったより強かった。
後ろのほうの座席では、麦わら帽子にタオルを首にかけた初老の男性が、缶ビールを飲みつつ、空いている前の座席に足を投げ出して、興味無さそうに舞台を眺めていた。
別の端の座席では、孫らしき子供をつれた婦人が、舞台をみることもなく、子供といっしょに屋台の焼きそばを食べている。
私服の高校生たちは、めあての演し物が終わると、笑いつつおしゃべりをしながら、すぐに出て行ってしまった。
しばらくして、二番目のグループが登場した。これも、また別の仮面ヒーローグループを演じていた。テーマソングが流れ出すと、五人のヒーローが舞台にすばやく展開し、演技を始める。
——なあ。カツジ。
——ん?
シゲルはステージに目を向けたままつぶやいた。
——あと、何番くらいだっけ。おれたち。
——んー、そうだな、六、七番目くらいか。まだ時間あるよ。
——けっこう……こいつらもやるよな。思ってたより。
——んむ。そうだな。頑張ってるな。
カツジはうなづいた。
——おれたちも、やるんだったら、もう少し……なにか、工夫したいな。
——いまさらかよ?
カツジはおどけて肩をすくめてみせたが、シゲルを馬鹿にするような調子はなかった。シゲルはつづけた。
——そんな大したことじゃなくてさ。ちょっとしたことでもいいんだ。
——そうか。それならできるかもな。でも何をやる?
——これから考える。あいつらのステージを観てると、何かできることがありそうな気がするんだ。
シゲルはぷっと吹き出して、馬鹿野郎、と笑った。
そのあとは、なにも話さなかった。
戦隊ゾロスのコスチュームに身を包んだ、顔だけが素顔の高校生男子が、二人並んでステージを食い入るように見つめていた。