七、代役の恋愛事情
ステラは悪びれもせずに言い放つ。
「ちょうど王都での公演が決まったんだ。そしたらアニカの顔が見たくなっちゃった!」
「しっかり宣伝もしていったよね。今日は王都中の人が集まっているし、きっと公演は大盛況になるね」
「感謝祭さまさまね! まあそれは建前で、本当は町を出た日から決めてたの。今日は来るでしょ、いや絶対来るでしょ! 地球の裏側からだって駆けつける!」
「ここ地球じゃないよ?」
「それはいいから! だってゲーム内では最終イベントなのよ! 親友の恋愛事情が気になって――あ、間違えた。心配して訪ねるに決まってるよ!」
「は!?」
「そういえば、ゲームでは主人公が告白されて、攻略対象と恋人になる日でしたわね。確か生徒会室にお目当ての彼が」
ローザもさすがに詳しくて、すらすらとイベント内容を暴露してくれる。
「それで? 私の親友は誰の手を取るのかな!?」
ステラが興味深そうに見つめてくる。その隣ではローザが柔らかく微笑んでいた。ずっときつい表情しか見ていなかったけど、ローザは本当はこうやって笑うんだね。
「私はなんとなく、おそらく誰かわかりますよ」
何を言うつもりかなローザさん!?
「なになに、教えなさいローザ!」
ステラが目の前でローザの肩を組む。ローザは嬉しそうにしているし、嫌な同盟が結成されてしまった。
「ちょっと二人とも!」
私は意味ありげな眼差しを向けてくる二人を引き剥がそうと席を立つ。でも私が動くよりも早く別の乱入があった。
「アニカ?」
攻略対象の一人、そして同じ生徒会に所属するユアンだ。
「ユアン、どうしたの?」
「他の生徒会メンバーから君の様子を見てこいと言われてね。ローザも一緒だと聞いたから、また喧嘩をしていたら大変だと思って」
「ユアン様! 懸念はわかりますけれど、どうかご安心を。これまでのアニカへの非礼、深くお詫び致しますわ。わたくし心を入れ替えましたの。アニカとはすでに和解しておりますわ。たった今、親友の誓いを交わしたところですもの!」
「そうなの?」
ユアンが驚いたように問いかける。舞台を下りてからローザとは握手を交わしたけど、まだ信じられないみたいだ。私はともかく、ローザは私の顔を見るなり敵視していたものね。それが手のひらを返したように大人しくなったら不気味かもしれない。
「ローザの言う通りよ、ユアン。今まではちょっとした誤解があっただけなの。私の方は何も問題はないから、ユアンも感謝祭を楽しんで」
「それは良かった。けど本当は、僕がアニカの顔を見たくて来たんだ。他のメンバーから様子を見てこいと言われたけどね、あれ、僕が君のことが気になって落ち着きがないから、見かねて言ってくれたんだよ」
「え、あ、そ、そうなの!?」
この場はまずい。非常にまずい。乙女ゲーム慣れしている二人を前にするのは気まずいっ!
「ローザ、これって……」
ステラが囁き、ローザが頷く。
「そういうことですわ、ステラ。わたくしがお教えするまでもなかったですね」
「そっか、ユアンかー……」
私とユアンを取り残してこそこそ話し込まないで!
ユアンはステラに興味を持ったのか、話しかけようとしているし。待って待って!?
「君は、ステラだっけ? さっきのステージ、とても素晴らしかったよ。舞台の方もぜひ見に行かせてほしいな。それで、僕の名前は知っているみたいだけど、僕がどうかした?」
「なんでもないから!」
「なんでもなくない!」
取り繕う私を押しのけ、さらにステラが前に立つ。主人公と攻略対象の組み合わせに思わず私はゲームの姿を重ねていた。ローザにも思うところがあるみたいね。本当ならローザが見たかったのはこの二人なんだから……。
「ユアンさん。私の親友をよろしくお願いします!」
「ステラ!?」
「悲しませたら承知しないんだから、覚悟してよね!」
「ステラ、何言ってるの! そんなこと言ったらユアンが困るでしょ!?」
「いいからアニカは黙ってて! 貴女のためにもがつんと言っておかないと。人気女優を敵に回すと怖いんだってね!」
「何が!?」
私たちがきゃあきゃあと言い争っている間、ユアンは一人で考え込んでいた。
「その親友というのは、アニカのことかな?」
「そうよ!」
納得したユアンはステラに向けて何故か微笑みかける。私はユアンに片腕で引き寄せられていた。
「だったら君にお願いされるまでもないかな」
見上げたユアンが笑顔でとんでもないことを言っている。その意味は私を引き寄せる力強い腕が語っているようで……。
ユアンの発言と行動を目の当たりにしたステラはにんまりと笑う。
「言うじゃん。ただの笑顔が素敵な正統派王子じゃなかったのね」
「どういう意味?」
「お幸せにってことよ!」
「だ、だからステラ、さっきから何言ってるの! ユアンも……あの、ほ、ほら! キースが問題を起こしていないか見てきてくれない!?」
キースというのは攻略対象の一人。喧嘩早くてよく問題を起こす人物だ。
「え、でもキースなら……美味しそうにたこ焼きを食べていたよ」
必死にお願いして背中を押すと、ユアンも色々察してくれたみたいだ。
「そうだね。君たちの秘密の会話にいつまでも混ざってはいけないから、そろそろ失礼するよ。アニカ、また後で」
最後にごゆっくりと告げてユアンは去って行く。去り際も美しい人物だと、つくづく思わされた。
「ほほう……」
「何、ステラ」
「いい人を選んだね。そっかユアンか……ということは将来は王太子妃? アニカったら大出世だね」
「だからユアンからは別に、まだ告白されたわけじゃ」
「まだ、ね。でも良かった。アニカ幸せなのね。ずっと心配してたんだ。私、アニカには迷惑かけちゃったからさ」
「そんな、私迷惑だなんて思ってないよ!」
「本当?」
「本当!」
「じゅあどうしてユアンを選んだか教えて? 他にもよりどりみどりだったでしょう。なんでユアン?」
この演技派! 今のでさっきの感動は帳消しよ!
結局ステラが知りたかったのはそこなんだと思う。
「それ、答えないと駄目?」
「私も気になりますわアニカ!」
ローザも急に目の色を変えて食いついた。どうしてこうも恋バナが好きなのかな!? けどローザ、貴女まで聞いていいの? 過去の所行にまた落ち込むことになるよ?
「……私がローザにけなされて落ち込んでいた時に」
ローザはすかさず頭を下げた。ほらね!?
「疲れて泣いた時があるの。それで運悪くユアンに見つかって、でもユアンは隠さなくていいと言ってくれた。いつも笑っていなくてもいいと言ってくれたの」
主人公だからずっと笑っていなきゃって、私はそう思ってた。だからあの時のユアンの言葉には許されたような気がしたの。それから私はユアンのことを目で追いうようになっていた。
「生徒会に入る時にもね、言ったの。私、綺麗なピンクの髪じゃないし、歌も上手くないし、可愛くないけどって。ユアンはこんな私でもいいって、そう言ってくれた。ちゃんと私のことを見ていてくれたのが嬉しかったのかな」
語り終えて様子を窺うと、二人手を叩いてはしゃいでいる。
「素敵! 甘酸っぱい、甘酸っぱいよ!」
「素敵エピソードでしたわアニカ! わたくし感動致しました! 本当に申し訳なかったと思ってはいるのですけれど、アニカたちのキューピットになれたのなら悪役令嬢も本望ですわ!」
友人たちは元気にはしゃぐけど、私はぐったりだ。こんなところで力を使い果たしている場合じゃないのに。私にはこれから魔法で花火を打ち上げるというお役目が待っている。
この後の予定を話していると、ステラは唐突に叫んだ。
「あー! 今日は来て良かった。親友の幸せも見届けたし、新しい友達も出来たし大満足。二人とも、たまには私の舞台も見に来てね」
すかさず答えたのはローザだ。元気に挙手までしている。
「毎日でも通いますわステラ! 私、朝一番に並びます。最前列だって確保して見せますわ!」
「いやいや、ちゃんと学校には通ってね。気持ちだけは有り難くもらっておくからさ」
ローザは肩を落とすけど、気持ちが届いて嬉しそうでもあった。彼女が彼女なりにこのゲームを愛し、主人公やシナリオを守ろうとした気持ちは本物だったから。一番近くで競い合ってきた私は知っている。
「私は劇団に戻るけど、これからは王都を中心に舞台に立つ予定かな。これでいつでも会えるね! 二人はこれからどうするのって……ユアンルートのアニカには聞くまでもないか」
ユアンはこの国の王子様。もしも彼のルートに入っているのなら、その恋人はいずれ王太子妃になる。でも私はまだ、そんなに先のことを考えたことがない。学園に入学してからはステラの代役として必死だったから、考える暇もなかった。
「私は、この国の魔女として生きるだけよ。ローザは?」
当たり障りのない答えだけど、今の私に言えるのはこれだけだ。それよりもローザの進路の方が気になった。
「わたくしは学園に残りますよ。まだまだ未熟ですから、父のあとを継ぐためにはもっと勉学に励まなければなりません。アニカと競い合って、思い知らされることばかりでしたわ。それで、ステラ。差し出がましいことなのですが……ご迷惑でなければいつかスポンサーになっても構いませんこと!?」
「大歓迎!」
「やりましたわっ!」
全力で喜び回るローザを見ていると私まで嬉しい気持ちになる。今日まではたくさん衝突もしたけれど、残りの学園生活では友人として仲良くなりたいと思った。
閲覧ありがとうございます。ステラに振り回されるアニカを書けて満足な回でした。
次回、最終話となります。アニカの結末を見守っていただけますと幸いです!