四、主人公の旅立ち
「ステラ、女優になりたいってどういうことなの?」
私は改めてステラの気持ちを知りたいと思った。
「夢だったんだ。大きな舞台で歌って演技して。スポットライトを浴びてたくさんの拍手をもらうことが! けど前世は未練を残したまま死んじゃった。そしたら生まれ変わって理想のルックスを手に入れたんだよ!? しかもステラなんて、まるで輝く一等星みたいな名前、もう主役級じゃん!」
「そ、そうだよ。ステラ、主人公だよ」
「ありがと。私ね、魔法学園には行きたくないんだ。魔女になりたいわけじゃないもの」
「でも……」
「今、町に旅芸人の一座が来ているでしょう? 座長さんがね、私のことを気に入ってくれて。相談したらついてこないかって誘ってくれたの」
「ついて行くってどこに!?」
「女優になりたいのなら、都会でオーディションを受けるべきだって」
「一人で行くなんて、まだ子どもだし危ないよ!」
「私が自立出来るようになるまでは一座で働かせてもらえる約束なの。いつか大女優になって恩を返してくれればいいってさ」
「でも、ステラ……」
「無謀なことを言ってる自覚はあるよ。都合のいい話だし、成功する保障もないからね。お父さんもお母さんも反対してる。でも、それでも私は夢を諦められない! たとえ無責任な主人公だって言われても、二度目の人生があるのなら精一杯生きたいよ!」
「もしかして、このまま行くつもりなの!?」
頷くステラに私は目の前が真っ暗になった。こんな形の別れなんて想像もしていなかった。
「今夜には町を立つといわれたから、一緒に行くならもう行かないとね。お父さんとお母さんには手紙を残してきたよ」
沈黙する私にステラは悲しげな表情で告げる。
「誰も私の行き先は知らない。アニカにだけは本当のことを話したのは知る権利があると思ったから」
私がゲームのことを知っている転生者だから?
「……でも本当は、親友には応援してほしかったんだと思う。この世界で初めて私を認めてくれたのはアニカだから」
「私が?」
「初めて話した時、私の歌を褒めてくれたでしょ。凄く嬉しかったんだ」
そんな風に笑顔で言わないで! 違うよ、ステラ。あの時嬉しかったのは私の方なのに!
「とっても嬉しくて、ずっと忘れられなかった。それなのに私は、身勝手だよね。攻略対象のことを放って舞台を下りようとしてる」
ステラもちゃんとわかってるんだ。あの人たちには主人公の存在が必要だってこと。前向きな主人公の姿は攻略対象たちの憧れで、救いになっていたことを。
「私だってあの人たちのことは心配。誰かがあの人たちの背中を押してあげないといけないのにね……」
ステラの告白は懺悔のようで、親友の悲しげな姿に胸が締め付けられる。
「でも、ごめん。私には出来ない。私は誰にも止められないよ。たとえゲームの運命が相手でもね」
ステラは曇らせていた表情を消して前を向く。ステラは自分のことを身勝手だと言ったけど、夢を貫こうとする姿は主人公と重なっていた。
「あの、ステラ。私思うんだけど、主人公って結構身勝手だと思うわ。思ったことを素直に言って、好きに暴れ回って、攻略対象を振り回して、勝手に背中を押して。でもそれが主人公だと思う。だからステラも身勝手で良いんじゃない?」
「アニカ?」
私は馬鹿だ。それも大馬鹿! どうして最初から一言、応援すると言ってあげられなかったんだろう。一番不安なのはステラなんだから!
「主人公の運命から逃げるのは大変かもしれないよ」
「そうだね。だって、主人公だもん……」
ステラが自分を主人公だと明言するのは珍しい。もしかして、最初からゲームの舞台には立つつもりはなかった? ステラにも主人公としての悩みがあったんだね。
「女優になるのも大変だよ」
「そうだね。大丈夫、よく知ってるよ!」
困難な道のりだって、わかっているはずなのに。それでもステラの笑顔は輝いていた。
私の大好きな笑顔。なら私は!
「今夜聞いたことは誰にも言わない。誰に聞かれてもステラの居場所は知らないって答える。攻略対象たちにだって秘密よ。絶対にステラをゲームの運命には巻き込ませない。ステラはこの世界で女優になるの!」
「アニカ……いいの? 私を見逃して」
「聞いて、ステラ。私ね、ずっと考えてた。私はこの世界で何になろうって。今決めたよ」
今度はステラが私の話に耳を傾けてくれる。
「私、魔女になる。魔法学園には私が行くから、ステラはゲームのことも攻略対象のことも心配しなくていいの」
「そんな、アニカに身代わりみないなことさせられない!」
「身代わりじゃないよ。私は……代役」
「代役?」
「そう。主人公の代役になる。だからいつ帰ってきてもいいのよ?」
ステラの重荷にならないように、わざと明るく言い放った。
「主人公にはなれないけど、親友の夢を応援することは出来るよね。ステラ以上に立派な魔女になって驚かせてあげる」
「アニカァ……」
泣きそうになる親友に、私は私なりの応援を送る。
「最終章ユアンルート! 悩むユアンに主人公はなんて言ったかな?」
良かった。今にも泣き出しそうなステラにはちゃんと伝わったみたい。
「夢を諦めないで!」
私たちの声が重なる。その瞬間、私は泣き出したステラに抱きしめられていた。
不安だったんだよね。私に止められたらって、怖かったんだよね。ごめんね、ステラ。応援するのが遅くなって。
「大丈夫、主人公の夢が叶わないはずないよ。ステラは立派な女優になる。親友の私が保障する」
「うんっ、……うん!」
ステラは涙を流しながら何度も頷いていた。
私は親友の背中を励ますように叩く。主人公にはなれないけれど、主人公を励ませるのは私だけだから。
ステラは夜が明けないうちに一座とともに旅立って行った。
乙女ゲームの主人公は開始前にゲームの舞台を下りる。次に会えるのはいつになるだろう。数年後か、あるいは何年も先かの未来かもしれない。
その時私は主人公よりも立派な魔女になっていて、ステラは有名な女優になっていたらいいな。そのためにも、私はこれからとってもとってもとっても……頑張らないとね。
やっぱりステラは自慢の親友。たとえゲームの主人公と進む道が違ったとしても、私は何度でも憧れたと思う。
親に言われるままピアノを始めて音大に進学した。幼い頃から将来を決められていた私とはまるで違う。
でもそれは前世の私。運命は自分で変えるものだって、私は今日親友に教わった。
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