三、実は前世で会っていた
話してみるとステラは私と同じ、このゲームの重度のファンだった。生まれ変わっても主題歌を完璧に歌い上げてしまうほど熱心なね。
ステラは自分が主人公だということを自覚していたけれど、それをひけらかすことはなかった。明るく笑って、いつも私の手を引いてくれた。
単純だと思われそうだけど、私はすぐにステラのことが大好きになった。でも友情って、そういうものだよね。
いつしか私たちはお互いを親友と呼びあう関係になっていた。でも私たちが一緒にいられる時間には限りがある。ステラには魔法の才能があるから、ステラも十六歳になれば主人公のようにこの町を出て行ってしまう。
ここから王都にある学園まではとても遠いから……。その時、私はどうしているのかな。
十歳にもなると将来について考えることもあった。きっと私は村の誰かと結婚して、平凡に一生を終える。うん、きっとそう。
でもステラは、攻略対象の誰かと恋をして立派な魔女になる。大好きなステラなら誰と恋に落ちても応援出来ると思った。
けど、そんな未来が訪れることはないらしい。
ステラが十一歳の誕生日を迎えてから数日。
夜、私は一人ステラに呼び出されていた。誰にも見つからず、一人で来てほしいと言われている。
呼び出しには心当たりがあった。ここ数年、ステラは誕生日を迎えるたびに複雑そうな顔をしていたから。
理由を訪ねても、心配しないで、なんでもないからとステラは笑って誤魔化していたけど、今年はいつもより深刻そうで不安も大きかった。
やっと悩みを打ち明けてくれる気になったのね!
親友の悩みに寄り添いたいと思っていた私は喜んで応じる。親友から頼られたことが嬉しかった。
奇しくも町にはステラと仲良くなった日と同じように旅芸人の一座が回り巡って来ていた。まるで何かの運命のように。
「アニカ! 来てくれてありがとう」
「どうしたの? いきなり二人で話がしたいなんて、それに誰にも聞かれたくないってどういうこと?」
「うん……」
「その格好だって、まるで旅にでも出るみたい……」
緊張を伴うステラの表情、身体を覆う長いマント、手にしているのは大きな旅行鞄だ。
「あのね、聞いてほしいことがあるの。アニカにだけは本当のことを言うよ」
本当は聞きたくなかった。だってそれは別れの言葉なんでしょう? もしかして、もうゲームの舞台に旅立ってしまうつもりなの?
「私、私ね……ずっと言えなかったことがあるの」
うん。もうわかってるよ。やっぱりステラは主人公なんだね……
「なんでも言って! だって私たち、親友でしょう!?」
ステラはありがとうと嬉しそうに笑ってくれた。彼女の中でも自分がまだ親友でいられたことが素直に嬉しい。
「私、女優になりたいの」
そこでこの台詞の登場だ。
私はちょっと、しばらく何をいっているのか理解出来なかった。
親友の発言は想像の範囲を超えていた。もちろんその言葉の意味は理解しているつもりだ。おそらく転生者なら誰もが理解出たと思う。
でも……なんで女優!?
「私ね、前世で役者をしていたの」
初めて聞く話だった。前世については話しあったこともあるけど、お互いに平凡な家庭に生まれて乙女ゲームが大好きだったくらいのもので。
ステラは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「あんまり売れてなかったけどね」
「そうなの?」
「少しだけならテレビに出たこともあるけど、普段は脇役として舞台に出させてもらったりかな。あとは名前を売るために歌手活動もしてたよ。星川マナカなんて名前、知らないでしょ」
星川、マナカ……?
前世での本名は教えてもらったけど、芸名があったなんて。それに、こんなことがあり得るの? 信じられなくて、私の声は震えていた。
「知ってるよ」
「いいよ、無理しなくて。自分の身の程はわきまえてるって!」
わざと明るく振る舞うステラに首を振る。
違う! 違うのステラ!
「私、本当に知ってるの!」
必死に呼びかけるとステラの表情はだんだん信じられないという驚きに変化していった。
「昔――前世で! ショッピングモールで歌ってたことあるよね!? クリスマスライブ、クリスマスツリーの前で、雪が降った日だったでしょう? それで、ピアノ伴奏で歌った」
「うそ……アニカ、なんで?」
「ステラだって覚えてないかもしれないけど、あの日ピアノを弾いてたの私だから」
「ええっ!?」
運命の悪戯に私はまた泣きたくなった。
「え、アニカってもしかして、挨拶しに行ったら泣いちゃったあの子!?」
「そうだよ。マナカさんはハンカチを貸してくれて、頭も撫でてくれたよね」
マナカさんとの出会いはピアノを弾く楽しさを忘れていた私に大切なことを思い出させてくれた。私にとっての忘れられない瞬間だ。
「ちょうど大きなコンクールで賞を取ったばかりで、宣伝にもなるだろうって出演が決まったの。でも私はちっとも乗り気じゃなかった。マナカさんの歌は心に響く素敵なものだったのに、あんな演奏しか出来ない自分が腹立たしくて、申し訳なくて落ち込んでた。それなのにマナカさんはありがとうって、とても素敵な演奏だったよって褒めてくれた。私もマナカさんの歌が心に響いて、大好きになったよ。あの日からずっと、私はマナカさんのファン!」
ステラは肩の力が抜けたように笑う。ステラにとってこの話はとても緊張するものだったと改めて感じる。それでも必死に話そうとしてくれたんだ。
「……なんだ。恥ずかしいなんて言わずに、もっと早く言えばよかったね。そしたらゲームのことだけじゃなくて、もっといろんなことも話せたのに」
私たちは前世で共演者だった。その事実をステラも喜んでくれている。
でも、どうしてそんなに寂しそうに言うの? まるで今日、どこか遠くに行くみたいだよ?