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二、主人公との出会い

 私はアニカ。ただのアニカ。


 名前はただのアニカでも、私には普通と少しだけ違うところがある。生まれた時から前世の記憶というものがあった。

 その記憶のカテゴリー分類の中には乙女ゲームというものがあって、魔法学園を舞台としたゲームの記憶が存在していた。私の一番好きな乙女ゲームの話だ。


 そんな不思議な記憶を持って生まれてきた私だったけれど、特に不都合はない。もっと言えばこの世界は私の大好きだったゲームの舞台に酷似していたけど、所詮平和な学園ものの世界。魔王はいない。戦争も起こらない。世界は滅びず、誰かが死ぬこともない。


 明るい学園もの、万歳!


 そもそも私は名前もないどころかゲームには登場すらしない脇役。将来立派な魔女になりたいだとか、主人公のような夢もない。

 この世界の人間には少なからず魔力があるし、簡単な魔法なら誰でも使えるけれど、力のある魔女になれるのはほんの一握り。それこそ主人公や攻略対象のような、特別な存在だけに許された成功だ。私は今生の両親と静かに幸せに暮らしていけたらそれでよかった。


 そんな私の平凡な人生にも懸念があった。近所に暮らす女の子の存在だ。


 その子は私と同い歳で、名をステラといった。ふわふわ揺れるピンクの髪は主人公と同じ。笑うと柔らかく細められる空色の瞳も主人公と同じ。近所でも評判の優しくて可愛い女の子。風景の中にいても、雑踏の中にいても、自然と目で追ってしまうような華がある。まだ幼いのに魔法の才能があると評判だった。


 もうこれ主人公だよね?


 直接訊ねる勇気はなかった。

 ステラが私のように自覚しているとは限らないし、考えすぎかもしれない。そもそもゲームのくだりからして私の妄想かもしれない。前世の記憶がどうしたとか、変なことを言って周りから白い目で見られるのも嫌だった。私はそういう控えめな人間だ。


 それに私はステラのことが苦手だから……


 羨ましくて、嫉妬していた。私は同年代の子たちから浮いているのに、ステラはいつも輪の中心にいたから。

 私たちが暮らすのは小さな町だったけど、ステラのことを知らない人はいない。ステラは人気者で、私は友達の一人もいない。だから私は勝手に苦手意識を抱いて関わることを避けていた。平和なとはいえ、ゲームの運命に巻き込まれたくはないしね。


 ある時、町に旅芸人の一座が訪れた。娯楽の少ない町はお祭りのように活気づき、みんなが公演を見に駆けつける。私もその一人だった。もちろんステラも。

 けど私は演目よりもピアノの演奏に集中していたと思う。前世では毎日のように弾いていたから、懐かしかったのね。演目に併せて奏でられる演奏は楽しげで、目が離せなかった。


 大盛況に終わった翌日。

 一座はしばらく町に滞在するらしく、私はピアノの音色に誘われるように歩き出していた。脳裏にはまだ、あの演奏が焼き付いていた。

 一座のテントまで足を運ぶと女性がピアノを弾いていた。目が離せなかったのは懐かしさだけじゃない。楽しそうに弾いている姿が羨ましかった。私にとってピアノは……複雑な思い出が詰まったものだから。


 でも私にも、忘れられない瞬間があったな……


 そんなことを考えながら、あまりにも長く見つめていたせいだと思う。優しい女性は私を招き入れてくれた。自分しばらくは休憩するからと言い残し、自由に弾いて構わないとまで言ってくれた。


「ピアノ……」


 前世では毎日のように顔を合わせていたのに、生まれ変わって目にしたのは初めてだ。

 私の母は世界的なピアノ奏者。娘の私も幼い頃から母に習ってピアノを弾いていた。音大にも通って、毎日練習ばかりしていたっけ。そんな日々の癒やしが乙女ゲームだった。


 引き寄せられるようにピアノの前に立つと、椅子は高くて地面に足がつかない。鍵盤だって、この小さな手では昔のように弾けないだろう。でも弾きたいと、心が望んでいた。


 そう、だよね……上手く弾けなくたって、いいんだ……!


 指は勝手に動きだしていた。身体に染みついていた記憶を頼りに、拙いながらも奏ていたのは一番愛して止まないこのゲームの主題歌。そのオープニングテーマはいつも私に元気をくれたから。


 楽しくて、私は夢中で引き続けた。遠くから聞こえてくる小さな足音にも気づかないほど夢中だった。


「あ……!」


 ピアノの横に立っていたのは私の苦手なステラだった。驚いて手を止めようとした瞬間、ステラは歌い出す。この曲に合わせるために作られた歌詞を、迷うことなく口ずさんでみせた。


 この曲を知っているのなら、ステラも転生者!?


 わき上がる疑問に手を止めかけた。


 でも、ステラが笑うから――


 まるで続きを促されているようで、私は手を止めることが出来なかった。私は曲を弾き終えるまで、ステラは歌い終えるまで、お互いに夢中だったと思う。それはとても楽しい時間で、曲が終わってから目が合うと、私たちは自然と微笑み合っていた。


「歌、上手だね」


 私はこの時、初めて自分の意思でステラに話しかけた。ありがとうと言って微笑むステラの笑顔は人の心を温かくするものだった。


「そっちこそ、ピアノ上手だね。それにその曲って……」


 ステラがうずうずしている気配が伝わってくる。私も堪え切れずに声を上げていた。


「私の一番好きな曲だよ」


「うそ私も! 私も一番好きだったの! 私はステラ。ねえ、貴女の名前は!?」


 ステラにとってこれまでの私は同じ町に暮らす、それこそ本当の脇役だったと思い知らされた。でもそれも今日まで。今日から私たちの関係は変わる。そんな確信があった。


「アニカ。私はアニカだよ。ステラちゃん」


 この日、私たちは友達になった。私たちが六歳の頃の話だ。

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