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雨降りのダンディー

作者: 蒼京院 叶舵

1.出会い


私が好きになったあの人は雨が似合う人でした。

「紫陽花の花言葉は辛抱強い愛情なんだよ」と、いつしか私のおばあちゃんが話していました。今なら私、分かる気がします。


彼に出会ったのは雨が続く六月の半ばで、場所は紫陽花が綺麗なお寺でした。友達の蛍と私は学校の振替休みに新しく出来たカフェに行こうと、まるで遠足にでも行くかのような準備を互いにして鎌倉へ出かけました。写真部で主に花を撮ることを好んでいた私たちは、朝八時に鎌倉に着くと、紫陽花目当てに明月院へ向かいました。私は到着するやいなや、まだ朝露が残る紫陽花の写真を撮ろうと紫陽花にレンズを向け、夢中で花を撮りました。そしてここだと言わんばかりの、一番良い角度を見つけたとき、その人はその場所に立っていました。少し日焼けしていて、黒髪で顎髭を蓄え、黒縁のメガネ。真面目そうだけれど、どこかワイルド。一言で言うならばダンディーな彼は、中々その場から離れようとはせず、カメラをわざと構え続けてカメラのプレッシャーを与えてやる!そう思って咳ばらいをしながらカメラを向けたのに、彼はこちらに気づくと無邪気な笑顔でこちらに微笑んだのです。私はシャッター音と共に恋に落ちてしまいました。まるでそのシャッター音は恋愛映画の撮影開始に映画監督がカチンコを鳴らしたかのようでした。


「邪魔、でしたか?」

彼はまだ少し微笑んだまま、こちらに小さく会釈しながらそう言いました。


「いえ、あの、はい」まさかこのような展開になるとは思わなかったものだから、言葉なんてうまく出ては来ません。


「失礼。もう行きますから」

彼は相変わらず微笑みながら軽く右手を挙げて謝ると、その場から去って行きました。思わず、はい、と答えてしまったその失礼で図々しい回答に笑顔で返したあの人は大人なのだと自分の幼さを少し恥ずかしく感じました。あの人は何で暫くの間、紫陽花を見つめていたのかな。単純に綺麗だから、それだけではない気がしました。もしまた会えたなら、聞いてみたい。もし、また会えるのなら次は。

そんな思いに駆られて気付くのが遅れてしまったけれど、辺りは雨の匂いに包まれていました。一緒にこの場所に訪れた蛍には申し訳ないけれど、この日はこの時以降、味気ない一日となってしまいそうでした。突然の雨で服も濡れてしまって、いい日だったのか悪い日だったのかよく分からない日となってしまいました。





2.俺


雨の日、俺は駅で待ち合わせをする。ファッションは暑すぎるのは勘弁だが、なるべくダンディーに、ビシッときめる。雨が降ったら特にレイバンのサングラスは欠かせない。雨の始まりは髪をオールバックにする合図だ。そして時折、手元の時計に目をやる。中々、待ち人は現れずという様子を演じている。

雨は突然であればあるほどいい。激しければ激しいほどいい。梅雨から始まるこのジメジメした空気と、うだる暑さ。その全てを一度で洗い清めてくれているかのような雨。

俺は愛してやまないのだ。この季節の雨を。今日も誰かが俺の元に来ることは無かった。しかし、今日もいいものが見ることが出来た。雨に濡れたブラウスとその先に透ける色とりどりの下着はこの季節の代名詞。俺からしたらエロのアートだ。明日以降も晴れからの突然の雨を期待しようと思う。

今日は休みだったから、朝は爽やかに紫陽花寺と呼ばれる明月院へ足を運んだ。本音を言ってしまえば、明月院へ行けば紫陽花目当ての女どもがやって来る。それが目当てだ。花より団子ではなく花より女子というのが俺のモットーだが、無駄な触れ合いは御免だ。女は魔物。隙を見せると何をしてくるか分かったものではない。適度な距離から、メガネやサングラス越しで見ている程度が丁度いいのだ。しかし、寺で出くわした女学生には驚かされた。まさか、俺の写真を盗撮していたなんて。慌てて無駄に愛想よく振舞ってしまった。何てことだ。俺は愛想笑いが大嫌いなのに。しかもあんな若い女相手に恥さらしもいいところだ。俺は今年で三十だぞ。まあ、起きてしまったことは仕方が無い。今日は駅前の喫煙スペースで一服して家に帰るとしよう。




3.駅で


 私と蛍は雨に打たれてビショビショになりながら駅へ駆け込みました。天気予報では雨なんて一言も言っていなかったのに。やられた感でいっぱいだったけれど、準備不足と言ってしまえばそれまでなのかなと。でもまさか、駅前で再びあの人と再会できるなんて思いもよりませんでした。サングラスをかけてタバコをふかす男の人がジッとこちらを見ているものだから、最初は恐ろしかったけれど、よく見たら明月院で出会った男の人。その事実に気付いた瞬間、私の心臓は細かに脈を打ち、走り幅跳びに向かうアスリートの歩幅の様にその速度を速めていきました。どうしようか、でもあんなにもまっすぐにこちらを見つめているなんて、きっとあの人も私の事を気になっているのだと気づくことが出来ました。私は蛍に本当の事を伝えると、足早に彼の元へ向かいました。

「あの・・・」


「はい?」やばい!ジッと見過ぎた!


彼は吸っていたタバコを灰皿に押し当てると、出会った時と同じように小さく微笑みました。

「先程、お会いしましたよね?」


「あっ、先程の?」言われて気付いた。明月院で出会った女学生だ。


「そう、覚えてくれたのですね?」私の予想は的中してそうです。そう思えば思う程、鼓動は更に高まるのです。どうしよう!


まずい。こんな近距離でそんな初々しい笑顔でそのスケスケのエロアートを俺に見せつけないでくれ。近すぎて緊張と興奮の津波が押し寄せて来る。

俺はどうにか胸の高鳴りが収まることを願い、胸をぐっと押さえ付けた。




4.そして二人は走り出す


彼は私が近付くと、胸を押さえていました。きっと私と同様ときめいているのでしょう。どうしましょう。初めて運命の出会いをしてしまっているのです。

「あの、お名前は?」


名前を聞かれた。やばい、もしかして俺の名前を知って、このエロ変態行為を警察にばらそうとしているのか?写真も持っている。いや、しかしこの無垢な笑顔はそんなことはしないと言っている。しかし女に名前をばらすのは如何なものか。どうする?


「私は香月彩音といいます」


「齋藤栄慈といいます」あ!つられて言ってしまった・・・。


「エイジさんですね。素敵なお名前ですね」エイジなんてとてもダンディーな名前。素敵以外の何者でもない。エイジさん、エイジさん、エイジさん。うん、私はアヤネって呼ばれるのかな。アヤかな?どうしよー!とても楽しみでウキウキが止まりません。さあ、エイジさん、私に好きって言って下さい!


「えーっと、あなたもいい名前だね」何なんだこの子は?頬赤らめちゃって、チラチラ上目遣いでこっち見て。だから女ってのはよく分からん。どうする?どうすればいい?本気で困った・・・。


「えーっと、エイジさん、私に何か言うことが無いですか?」ほらほら、早く言っちゃいなさいよ!


 やはりそうか。この女、俺をゆすっているのか。しかし名前をもう名乗ってしまった。未割れするのは時間の問題か・・・。

「ごめんなさい!」もうこれしかない!謝って許してもらおう!


えー!嘘でしょ?全部私の勘違い?何なら私はまだ好きって言ってないよ?

「え、ちょっと、何が駄目だったのでしょうか?」


「いや、何がってもう言わせないで下さい!こっちが全部悪いんで!すみません!本当、勘弁してください!」俺が顔を見上げると、その子は目に涙を浮かべていた。やばい!通報される!「嘘です!」


「え?」今、嘘って言った?


「嘘です!みーんな、嘘!それではさようなら!」もう終わりだ!一か八か、名前は違う名前だったってことにしてチャラになるかもしれない・・・。

 俺はその場から走り出し、その場を後にした。今日は歩いて家に帰ろう。もうしばらく駅には近づかないようにしよう。


 嘘?なんだ、嘘か!そうですよね!私たち両想いですよね!って何で走り去っていくのでしょうか??

「蛍!」私は待ってくれていた蛍に事の顛末を話すと、彼の後を追いかけることにしました。運命の出会いって一筋縄ではいかないっておばあちゃんが話していたもの。それに絶対あきらめちゃ駄目とも言っていたから、私は諦めません!

 私は少し弱まってはいるものの、降り続ける雨の中を彼の背中目指して走り出しました。

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