「転移ビジネス、始動…?」その1
今の所ビジネス感ゼロですが、恐らくこれからも一瞬ビジネスになって以降違う方向に向かっていく気がします。タイトル変えようかしら…
翌日。家族には大学時代の友人と会ってくると伝え、迎えに来た車に乗り込んで私達は支部へと足を運んだ。
リーアの着替えは、サイズ的に問題も無かったため私のを貸している。
そういや私いつも私服で通勤しているが良いのだろうか。神崎先輩なんて山行くのにもスーツなのに。
「おっはよーございます神崎先輩!当分のはずが次の日になっちゃいましたね!サイコーにテンション上げてきましょう!」
今日も今日とて一張羅のスーツに身を包んだ神崎先輩に、日課の挨拶。アイサツダイジ、セブンデモイッテイル。
「そうだな、お前が黙れば少しはマシになるかもな...というか何でそんなテンション高いんだお前は」
「やだなー、そりゃあ神崎先輩に元気だしてもらうために決まってるじゃないですかー」
「そうか、そりゃどうも…はぁ」
神崎先輩の言葉にはいつもの反抗的な覇気はなく、暴言の代わりにため息が漏れる。
よく見ると目の下に隈ができ、元から良くもない背筋がさらに丸まっていた。
「…?珍しい、先輩がガチめに元気ないパターンだ。何かあったんですか」
「大ありだよ。昨日お前達が帰ってから、こっちゃ大忙しだよ」
「一体何が?」
「ああもう、説明する気力も無い…支部長に聞いてこい。俺は徹夜で最っ高にローな気分なんだ」
そう言い残し、神崎先輩は仮眠室へと消えていった。
その後ろ姿に残業帰りの父の姿が重なり、せっかく先輩のためにテンションMAXにしたのに何とも虚しい気持ちにさせられる。
26歳、(たぶん)童貞であの哀愁では、これから先が思いやられるものである。
『どうしたのですか?何か元気が無かったようですが』
『まぁ、ほっときゃ大丈夫だから。それより…あー、ウチのリーダーに挨拶しなきゃ』
『そうですね、行きましょう』
ラクセイル語で支部長、なんと言えば良いのだろうか。後で聞くことにしよう。
* * * * *
「__どういう意味でしょうか?」
「そのままじゃよ。異世界の存在は、この世界全ての白日の下に晒される。その手始めが、わしら日本支部が担当することになったセブン。そう決まったらしいのじゃ」
職員に案内され、リーアは応接間で用件が済むまで待ってもらうことになった。さらに案内され私が地下二階に備えられた会議室に入ると、そこには支部長を始めとする幹部達が勢揃いであった。
言われるがまま支部長の反対側の席に座ると、支部長は私にこう言ったのだ。
「セブンの存在を、公表することになった」
秘匿が美徳と教えられた見習いの頃の記憶と一致せず、すぐには理解出来ずに聞き返してみたが、この通り言葉に裏表はないようだった。
「それは、どうしていきなり」
「本部での決定事項だそうだ。渡君も習っただろう、ファーストの世界観は」
ファースト。人類が恐らく初めて知ったであろう異世界。
そしてその世界からやってきた者達が世界間転移と諸々の技術を伝えたおかげで今のエンカウンターズがあり、私がリーアと出逢えたのだ。
いつも私達に協力的であるが、それは彼らの目的に合致するからである。
「はい。確か、分け隔てない世界がどーのこーのと」
…細かく覚えてはいないが。
「そうじゃ。彼らにとっての世界の概念は、わしらの考える概念とは違う。もともとは全ての世界は繋がっていて、そこから何者かによって世界が区切られたのだと、彼らは考えておる。そしてそれを再び繋げて分け隔てのない世界に戻すのが自分達の使命であると、そう信じておるのじゃ」
「それが、どう今回の公表に繋がるのでしょうか?」
「彼らにとって知的生命体、特にわしら人間のような姿をもった者達は、その昔に一度関係を絶たれた同志。よって人間もその使命を全うすべきというのが、彼らの主張じゃ」
「つまり私達ももっと世界を広げろ、ということですか。それなら逆に、なんで今まで隠してきたんです?」
「それなら言ってあるじゃろう。地球人類に早すぎただけじゃ。劇薬だと分かっていながら副作用なんて考えず、効果があるからといきなり全ての患者に薬を投与するかね?そこまでには少し段階を踏むものじゃ。それが、このエンカウンターズじゃよ。それに、ファーストの連中が直接全人類に指南するより、理解を持った者が間を取り持った方が良い。そして、エンカウンターズによる世界間転移の臨床試験は50年の月日をもって終了、ということじゃ」
「ああ、そういやそうでしたね…」
「そしてそれはセブンとて同じ事。しかしいきなりファーストのオーバーテクノロジーを持ち込んでは、セブンの者達に良い影響ばかりとは限らん。彼らの文明水準が、もう少し上がらねばならんのじゃ。例えばそう、この世界くらいにの」
「それで、この世界とセブンを大々的に交流させるということですか」
「なに、公表するといっても今すぐの話でない。各国の首脳やら国連と内密に調整する期間の猶予がある。そして渡君には、セブン側との交渉と、実験的に一般人を転移させた際のデータを取ってもらいたいのじゃ」
「データ、ですか?」
なんだ、ハードワークの予感しかしないぞ。
「それは、伏見君に話してもらおうかの、喋りすぎて口の中がカラッカラじゃ、おい!お茶入れてこい!」
会議室の入り口で立っていた女性の事務員の人が、「は、はい只今!」と駆け出してゆく。
私と同い年か、ちょっと上くらいだろうか。逆立ちしたってああはなれないな、と尊敬の意を抱いた。神崎先輩にセンブリ茶持ってく仕事ならいくらでもやりますけどね。時給980円くらいで。
「ゴホッ、えー、私の方から説明する」
「よ、よろしくお願いします」
そんな事を考えていると、支部長の左に座る男が立ち上がってこっちを見ていた。
伏見と呼ばれた男は黒縁の眼鏡をかけ、いかにも真面目そうな人である。年は30前半くらいに見える。短く切った髪やその佇まいから、健康的な印象を受けた。
「こちらからセブンに、異世界の存在について知らない人間を実際に転移させ、その暮らしぶり、とでも言いましょうか。精神状況の変化や身体的異常が無いかどうか調査して欲しいのです」
「それは、私や調査隊のメンバーの報告では母数が足りない、という事でしょうか」
「まぁ、それが主な内容にはなります。それと、これから異世界という存在が完全に証明された状態で世界に知られることになる瞬間が訪れたその時、どんな反応をするのかを事前に調査しておきたいという事もあります」
「なるほど。だからといって、後者は異世界に放り込まなくても。別の集団で調査した方が正しい結果が確認できるのでは?」
「それはそうですが、被験者を調査の後解放してしまうと情報漏洩が危険です。公表までの期間、ずっと監禁するわけにもいきませんし。それに被験者を多く集めるのは、大きなリスクを伴います。表向きの顔があるとはいえ秘密組織です。一般人でしかも大勢が対象となると、マスコミに嗅ぎ付けられてはこちらも次の行動に移しづらい」
「表向きの顔情報サイトなのに…」
まぁ、突然の出張とか転校とかが複数同時に、または連続したら確かに不思議に思うだろう。
嘘の情報を流す必要がある以上、ここに辿り着かないとは限らない。
むしろ国内旅行の案内サイトのライターなのに、グリーンランドに行ったことを当然の如く信じているウチの家族の方が異常だ。
「取り敢えず、最小限の被験者で参考になるデータが取りたい、という事ですね」
「まぁ、まとめるとそうなります」
「それで、企画脚本演出は私が担当して良いと」
「はいそうで…今何と?」
「ですから、セブンでの生活の方針は、私が決めて良いのでしょうか?それならば、ニグルヘンド家の協力も大きなものにする自信はありますが」
もちろん思いつきで喋っているので、深い考えは無い。ただここで自由度が高まると、モチベーションも高まるというものだ。
ゴーイングマイウェイ、我が師の生き様である。仕事で徹夜した後に仮眠している姿なんて、私は知らない。
「流石にそれは…!」
「まぁまぁ伏見、良いじゃろう」
支部長が伏見さんの言葉を遮り、ずずずっ、とお茶を飲む。
そして私を見据えると、その目は奥まで澄み切っていて、まるでこちらの考えを見透かされるようだった。
「流石に全部は任せられんがの。大まかな方針はこちらで決めさせてもらうが、細かいところは渡君とセブンの方々に任せるわい」
「本当ですか!」
「支部長!しかしそれではデータが!」
「なに、彼女に任せておけば心配無いわい」
ガッハッハ、と快活に笑うトップのご老体。
やけに優しいのは、私が丁度孫くらいの年だからだろうか。ホントにおじいちゃんって呼んでみたら喜ぶかもしれない。
「では渡詞葉、精一杯頑張らせていただきます!」