第6話:『疾風』
ムクッ
ペペ「ア”〜……」
軽い仮眠から目覚める。身体にのしかかっていた疲れも消え失せてはいる。
そろそろ朝食になるだろうか。寝ぼけた身体に力を入れ、食卓へ赴く。
ペペ「ぉはよぅございmす…。」
霊夢「あら、おはよう。まだ用意出来ていないわよ。…顔でも洗ってシャキッとしたら?」
ペペ「hぁ〜い……」 トボトボ…
バシャバシャ
冷たい井戸水が気を引き締めてくれる。今度こそ完全に目が覚める。
ペペ「ふぅ…」
心地よい風が吹く。何かの知らせを運ぶかのように。
ペペ「平和だなぁ…。今日は平穏に過ごせそうだ。」
これがフラグであることを、この男は気づく由もない。
ーーー風がペペの背を撫でた
〜何故か俺が幻想入り〜
第6話:『疾風』
朝食を済ませ、縁側にて今日の行動指針を立てる。借りたい本があるので、取り敢えず鈴奈庵に行くことは決定しているが、本来の目的である職探しもしなければならない。行くついでに鈴奈庵で雇ってもらいたいものだ。
さて出掛けようかというところで、本日最初の厄介な風が吹いてきた。
⁇?「おーい! 霊夢いるかー‼︎」
前方から箒に跨った少女が大声を挙げながら飛んで来る。人間、2日も幻想郷に住めば、飛行する人など驚かなくなる。慣れとは怖い。
スタッ
⁇?「おーい、霊夢ー…ありゃ?」
少女は箒から降り、こちらに視線を向ける。
目の前の少女。その“いかにもな”黒のとんがり帽子を被り、“いかにもな”黒い服、スカートを着用した金髪の少女。
ーーー“普通の魔法使い”霧雨魔理沙
普通の魔法使いとはどういう事だとツッコミたいのは山々だが、特殊な液体を出したり、特殊な服を錬成したりする今の自分も魔法使いといえば魔法使いであるのでぐっと堪える。
また『キノコ好き』『泥棒』とも知られている。
別にキノコ好き(意味深)では無い。同人誌ではよく見られるが。
泥棒という異名は、その手癖の悪さから付けられたようだ。本人曰く『死ぬまで借りているだけ』らしいが、完全に借りパクである。
魔理沙は怪訝な表情でこちらに視線を送る。当然と言えば当然だが。無言の不審者扱いをいつまでもされたくないので、先に名乗り出す。
ペペ「ドウモ、マリサ=サン。ペペデス。」
魔理沙「何で片言なんだ?」
ペペ「礼儀のひとつです。」
魔理沙「そ、そうか。よろしくな! 私は霧雨……」
魔理沙「……何で私の名前を…」
ペペ「まあ、訳あってね。」
魔理沙「ふーん、まあいいや。今から外の世界に帰るのか?」
ペペ「いや、訳あって、帰れないんだ。」
魔理沙「訳ありすぎないか?」
ペペ「あはは、確かに。」
相変わらず魔理沙の警戒心は解けない。全部説明しても良いのだが、面倒な事になりそうな予感がひしひしと感じられるのでやめておいた。
霊夢「で、何の用かしら、魔理沙。」
魔理沙に呼ばれた霊夢が出てくる。
魔理沙「一応用事があったんだが、その前に。こいつ大丈夫なのか?」
会って早くもこいつ呼ばわりか。怪しいのはわかるが。
霊夢「そいつは、害がありそうで、有害では無い。ちょっと有害な人だから安心して。」
ペペ「何ですか、その食べるラー油みたいな紹介の仕方。俺の身元証明できるの今のところ霊夢さんだけなんですよ。ちゃんと紹介してくださいよ。」
霊夢「……」エー
ペペ「面倒だって顔しないで!」
魔理沙「なるほど。イジラレ属性がある変な人、と。」
ペペ「大体合ってるけど、違うよ!…はぁ……。 」
魔理沙「アハハッ! そう落ち込むなって! とにかく悪い奴じゃないのはわかったぜ!よろしくなペペ!」
ペペ「はい、よろしく。」
取り敢えず魔理沙と打ち解けることができたようだ。
魔理沙「あ、そうだ! 外の世界から来たんなら、私の派手な技見せようか?マスタースパークっていう技なんだけどさ!」
ペペ「いや別に良いよ。もう既に幽香さんの喰らったから。」
魔理沙「え」
ペペ「え」
魔理沙「……お前普通の人間か?」
ペペ「一応人間だよ。普通では無いけど。」
これ以上ここに留まれば、質問攻めに合いそうだ。そろそろ出掛けたほうが良いだろう。
ペペ「じゃあ、これにて。行ってきますよ、霊夢さん。」
霊夢「はいはい。」
魔理沙「あっ! ペペ、まだ話は終わってな……」
逃げるように駆け出した瞬間、本日2度目の暴風が吹き荒ぶ。すると、ペペの体は神社の側にある林へと飛ばされ、ペペのいた場所には代わりに漆黒の翼を広げた少女が立っていた。
ーーーーーー
ペペは駆け出した刹那、突然嫌な予感がした。世界がスローモーションで映し出されたからだ。死の間際に見える光景とでも言おうか。
戸惑っていると不意に、横から気配を感じた。
この現象の正体か。恐る恐るそちらを向くと、赤い烏帽子を被り、翼を有した少女と目が合った。
ヤバイ
少女の顔にはそう書かれていた。しかし、まあいいやと思ったのか、一転して涼しい顔で霊夢達の方を向き、ペペを吹き飛ばしたのであった。
1秒の世界の出来事である。
ーーーーーー
魔理沙「あ…あ…」
⁇?「あ…あややや?何かとぶつかったような……」
魔理沙「うぉぉぉぉぉおおおい‼︎ ペペーッ‼︎大丈夫か⁉︎」
霊夢「あんたねえ……」
⁇?「ま、まさか人がいるとは…」
魔理沙「おーい、大丈夫かー‼︎」
魔理沙が駆け寄る。
ペペ「イテテ……」
魔理沙「いや、イテテじゃ済まないだろ‼︎」
ペペ「し…死ぬかと思った……」
ペペ(あ、あぶねェェェェェェェェェェェェ‼︎【M-mode】解除し忘れていて良かった‼︎ じゃなきゃ爆発四散‼︎スシトロめいた物体に成り果てたぞ‼︎)
霊夢「大丈夫?」
⁇?「大丈夫ですか⁉︎」
遅れて霊夢達も駆け寄ってくる。衝突事故を起こした張本人は、偶然を装っているみたいだが。
ペペ「…あの、衝突の寸前目が合いましたよねぇ?」
ギクッ
⁇?「な…何を仰るのやら…。」
ペペ「…避けられましたよね?」
ギクッギクッ
⁇?「いやいや‼︎ あれは無理でしたね⁉︎うんあれは無理でした‼︎」
ペペ「とぼけなんなァッ‼︎幻想郷最速ゥゥゥゥゥゥゥゥ‼︎‼︎」
⁇?「うひゃぁぁぁぁあ‼︎ご、ごめんなさいィィィ‼︎」
本日最大の暴風。
ーーー“自称清く正しい” 射命丸文
妖怪の山に住む鴉天狗。人間よりも厳しい天狗社会において、かなりの実力者らしい。先の感じからそうは見えないが。人間と友好的である。
また文々。新聞の記者でもある。幻想郷のホットな情報をお茶の間に…だったら良かったのだが、実はこの新聞、記者の主観や推測が多分に盛り込まれたゴシップ誌である。読者は『また捏造か』と思っているので、大抵鍋敷きか包装紙にされてしまう悲しい新聞である。
因みに、紫同様見た目と年齢がかけ離れている。女性なので年齢を敢えて伏せておくが。
文「いや〜、本当に申し訳なかったです。あはは…」
文「…お詫びに取材させてください!」
ペペ「どこがお詫びですか! 何のメリットも無いでしょう!」
文「私にはあります! 聞きたい事があるので!」
ペペ「俺の事を考慮して! 」
魔理沙「…なあペペ、本当に何とも無いのか?」
ペペ「それは大丈夫だよ。大して負傷してないから。」
文「ほらほら、そこも聞きたいんですよ! あんな衝撃を受けて、生きているのがおかしい!」
ペペ「あ」
墓穴を掘ったようだ。心配を懸けさせまいとしたが、この天狗には良いネタ提供になってしまった。「良い仕事した」という顔で天狗はこちらを伺う。
ペペ(…おい天狗、何だそのドヤ顔は。お前が仕掛けた罠じゃないだろ!)
ペペ(新聞に有ること無いこと書かれたくない。まずは能力切って、後は…とにかく逃げるか。)
ペペ「人里に用が有るので、これで…」
文「私もついて行きますよ!」
ペペ「取材はお断りします。」
文「なら、デートという形で行きますけど!」
ペペ「嫌です。」
文「強情ですねえ…、とはいえ人里まで勝手に運ぶので、拒否権はありませんよ!」
ペペ「おい! やめ…」
文が扇を仰ぐと、突如つむじ風が吹き、ペペの身体が舞い上がる。
文「さあ人里までちょちょいのちょいですよ!」
ペペ「おい、これ、低速で向かうよな⁉︎ 絶対に高速にするなよ!」
文「分かってますよ! 私の最速を体験してください!」
ペペ「今のフリじゃねえから‼︎ 」
文「行きますよ‼︎」
ペペ「やめ…」
ゴォォォォ
ペペ「ア"ア"アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎」
すぐさま空へと消えていく一行。
博麗神社には静寂が訪れる。
魔理沙「…私何しに来たんだっけ?」
霊夢「さあ?」
ーーーーーー
ペペ「」_| ̄|○<オウフ…
文「もう、しっかりしてくださいよ! 人里に到着しましたよ!」
ペペ「ゴメン少し静かにして…まだ酔ってる……。」
胃の内容物はぐるぐると掻き回され、不快感が押し寄せてくる。
空の旅は快適さなど一切感じられるものではなかった。高所高速、さらに掴まる物も無く、無意味な上下動を加えた、謂わば安全装置の無いジェットコースターを体験させられたのだ。これ程まで死を感じたのは、幽香以来である。
ペペ「うぅ、酷い目にあった…。」
文「何仰っているのですか! こんな美少女とのデートですよ! デート! もっとテンション上げましょうよ!」
ペペ「そうね…まともな人なら喜んだよ…。」
文「何処へ行きますか?」
ペペ「無視ですか。そうですか。」
ペペ(どうせ逃げ切れないだろうなあ…。)
諦めて行き先を告げる。
ペペ「貸本屋に行こうかなと。」
文「鈴奈庵ですね。どうしてですか?」
ペペ「借りたい本があるので。それに小鈴ちゃんと会話したいんで。」
文「事案発生」
ペペ「おい馬鹿やめろ。」
ーーーーーー
鈴奈庵を目指して、歩いていたのだが、いつの間にか道を外れ、迷子になってしまった。
文「何迷っているんですか?」
ペペ「あちゃー、道覚えていると思ったんだけどなあ。ここ何処だろう。」
文「大通りから大分離れた所ですね。」
ペペ「あれ?分かっていたなら、教えてくださいよ。」
文「男性がエスコートしてくださいよ。」
ペペ「勝手について来た人が何言ってんだか…。」
元の道へ引き返すように頼みたいが、見返りを求めるか小言を言われるかもしれない。ここは自分自身の記憶を頼りにしたいという変な意地に従ってみよう。
歩き出して、すぐに文は質問してきた。道中何度も幻想入りした理由から、霊夢とヤったかどうかだとかどこぞのスポーツ新聞のようなくだらない質問をしてきた文。
しかし、突然声のトーンが変わり
文「ペペさんは能力持ちですよね。」
一瞬構える。
疑問というより、むしろ確信的な目で文はこちらの反応を窺っている。能力があるのは、既知であるというような。
ペペ「……いや能力者では「嘘ですね。」
答えるより先に、否定される。文は完全に知っている。事実を俺の口から出るのを今か今かと待ち構えている。それは裏取りのためであろう。
ペペ「…あなたは何を知って…」
「「キャアァァァァァァァァ‼︎‼︎」」
突然耳をつんざく程の少女の悲鳴が聞こえる。声のする方はすぐ近くのようだ。
ペペ「この声は⁉︎」
文「事件の予感! 取材を…」
ペペ「んなこと言ってる場合ですか!」
急いで現場へと走り出す。
ペペ(人助けなんてできるのかなぁ…。まあいざとなれば、能力を…)
ちらりと文の方を見る。本来なら能力を使えば簡単に解決できるが、今は記者が見ている。迂闊な使用は避けたい。
ペペ(穏便に済むかなぁ…)
風はざわつき始めている。
ーーーーーー
声の聞こえてきた場所は、2つほど角を曲がった先にあった。
少女が2人、1人は紫色の髪、もう1人は赤毛でツインテール。おそらく小鈴と稗田阿求だろう、男2人に道を阻まれている。一方は、180cm程度の筋肉質の男で、もう一方はえらく太っている。雰囲気からただ道を尋ねているようには絶対に見えない。
太った男は声を張り上げている。
「だからさぁ‼︎テメェらガキがアニキにぶつかってきてよぉ〜、怪我ァしちまってんよ‼︎アァッ‼︎わかるかあっ‼︎」
どう見ても言いがかりだ。それにアニキと呼ばれたノッポは、粘ついた声で笑う。
「ヒヒッ…。いやぁ、別に大したこたぁねぇけどよ…それなりに落とし前つけようか?なぁ、嬢ちゃんよぉ〜…。」
小鈴「あわわっ……」
阿求「止めてください! それに謝罪ならさっきから…」
「あアン‼︎ 馬鹿テメェら‼︎ たかが言葉だけで許されるわけねぇだろうが‼︎」
「ッヒヒ…その通ぉり…。ちょいと来てもらおうか。」
男は小鈴を庇うように立っていた阿求の腕を掴む。
阿求「嫌っ! だ、誰か助けて‼︎」
文「ペペさん…」ボソッ
ペペ「分かってます!」
ペペはチンピラ達に近づく。
ペペ「あー…ゴホンッ‼︎ そこのオッチャン達少しいいですか?」
「アアン⁉︎」
「…ッ、何だぁ?」
ペペ「いやー、彼女達謝ったそうじゃないですか。だから、許してあげて良いんじゃないかなーって。」
ペペ「それにYesロリータ Noタッチ! って言うじゃないですか。だからいくらロリコンだからって、触るのは止めた方が…」
「あ? ニィちゃん…何の冗談だ?そっちの都合なんざ知らねえなぁ…。楯つくんなら痛い目見てもらおうか…」
ペペ「いやいや、落ち着いてください! 別に争い事無しでね⁉︎ 和解しましょうよ!」
「ンダとコラァ‼︎ 調子こいてんじゃねえぞ‼︎ テメェッ‼︎」
ペペ「あわわ! だから落ち着いて…」
「黙れや…ワッパ!」
「っるせぇぞこのクソチビ‼︎‼︎」
ブチッ
ペペ「」←160cm
その言葉はペペを怒らせるには十分だった。男子高校生の平均身長に満たず、それどころか中学生並みの身長にコンプレックスは感じていない。ただそれを強調されることを最も忌み嫌う。
ペペ(…解除……展開…)
男達の足元に水溜りを作るが、男達はそれに未だ気づかない。
そして
…何ということか。ペペは笑顔である。
人というのは怒れば、顔を赤くし、額に青筋を立て、時にはいち早く手が出るものだ。しかし、ペペは笑顔を崩さない。これは幽香から見様見真似で会得した“威嚇”だ。笑顔は武器である。
「にやつくとは気味の悪い男だ……。おい、こいつに一太刀味あわせて」れ!」
「へい‼︎」
懐に忍ばせたドスを構えようと、左足を引いたのが命取りとなる。ローションが足に絡みつき、ドスンという音と共に地面へと接吻を決めた。
「おいどうした‼︎」
ノッポが取り巻きの方を向くも、あわれ、同じくバランスを崩し、後頭部を強打する。
「ア、アニキ‼︎ な、何っすかこれ⁉︎」
「んなこたぁ知らねぇよ‼︎ 畜生…いったい何が⁉︎」
立とうと拳をつき、膝をつき、もがく。けれども何をしようとも無駄だ。特製の潤滑剤に抗うことなどできない。
男達が無様なダンスを披露しているうちに、文は少女達を救助する。
ペペ「ククク…」
だかペペは止まらない。嘲笑い、ゆっくりと男達に近づく。最後の仕上げだ。
ペペ「テメェらには町外れまで【滑走】させてやるぜぇ…」
右足を大きく後ろに引き、瞬間、鞭のようにしならせて、左斜めに蹴り込む。ノッポに衝撃が伝わり、コマのように回転し、同時に取り巻きを巻き込みながら、滑っていく。
【滑走する靴】はほんの少し力を加えるだけで、あらゆる物を、その名の通り滑走させる。
ペペ「女の子に手ェ出してんじゃねェェェェェェェェェェェェ‼︎ あとチビじゃねぇよッ‼︎」
「「グワーッ‼︎‼︎」」
荒くれ共はそのまま町外れへと消えていった。
ーーーTo be continued……