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勇者の帰還

 俺は身支度を整えて家に帰った。家族を心配させるわけにはいかない。


「ただいま、勇者の帰還です」


「お帰り勇者」


「待っていたよ、勇者」


 俺は母と妹にはさまれた。いつもの光景だ。


「勇者、補習はどうでしたか」


「まあまあだな」


 母は笑う。


「勇者、この世界は勉強が出来なくてはなりません」


「解っている」


「勇者問題を解いたらごはんが食べられます。勇者が三人いました。右の勇者はジャガイモをそのまま植えました。真ん中の勇者はジャガイモを半分植えました。左の勇者はジャガイモを四分の一植えました。どのジャガイモが一番育つでしょう」


「右の勇者だ」


「正解。勇者素敵よ。あなたは最高の勇者です」


「母上」


「勇者」


 俺の家はいつもこんな感じだ。年下の妹が僕の袖を引く。


「勇者。遊んで」


「わかった。何をして遊ぶ? 妹よ」


「勇者ごっこ」


「わかった。楽しいな勇者ごっこは」


莉瀬リゼはお姫さまだから、勇者は王子様ね」


「勇者でなくては嫌だ」


「じゃあ、勇者のような王子様ね」


「王子様のような勇者にしてくれ」


「じゃあ、王子様のような勇者ね。勇者。捕まえてごらんなさい」


「姫」


「勇者」


「うふふふふふ」


「ははは。行きますよ、姫。アルスレートスラッシュ!」


「キャーッ」


 妹は倒れる。当然寸止めだ。


「な、なぜ、なぜ姫を切ってしまうの。勇者アルスレート」


「それは姫が魔王の化けた部下だったからです!」


「おのれ、勇者。気づいてしまったか。あはははは」


「行くぞ。次は勇者スラッシュを決める」


「ふはははあはっはは。来い、勇者!」


幼気いたいけな妹に何やらせているの、勇者!」


 俺は大体こんな環境で毎日を過ごしている。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 俺は湯上りにブラックコーヒーを飲んだ。


「やはりエリクシル剤、エリクサーに味が似ているな。カフェインのこの味が」


 今度は梅炭酸を飲む。


「こっちはポーションだ。体力が回復しているように感じる」


 気力がみなぎる。


「エーテルはお酒に近いが、果たして飲んでもいい物なのか。しかし、勇者としては人類のルールを守りたい!」


 俺は拳に力をこめた。


「さて寝よう。その前に携帯に呟くか」


 俺の得意技は呟きだ。ブツブツつぶやくのが得意だ。


 俺の勇者の呟きはなぜだか人気が高い。


「勇者さんあんたの呟きは最高とよく言われるが、俺の呟きは本当にみんなの心に届いているのだろうか? みんなが心の魔王に負けたりしているんじゃないないだろうか? 時々まともに取り合っていない人がいるんじゃないと思うと居ても立っても居られない。面白がっていないか。この勇者通信よ。みんなの心に届け」


 祈りを込めて送信ボタンを押す。


「俺は敵を倒し、必ず、この世界を平和にする」


 呟きにリツイートが来た。


「ぶつぶつぶつ」


 なんだ。これは。まあいい。


 一日の感謝の祈りをささげに眠りにつく。


「おやすみ」


 家で眠っていたらなんだろう部屋が黄金色に輝いている気がした。

 夢も見ずにぐっすり眠るはずだったのに、何かが頭の中で流れた。


「ホトケブツブツホトケレンジャー~。ホトケレンジャ~。仏の中の仏。人の中のホトケ」


「誰だ。恐ろしい歌を歌っているのは!!」


 思わず夜中に目覚めると、紫の法衣を着たくらいの高く頭の長い坊主が俺の隣で添い寝していた。


「ホトケブツブツ、ホトケレンジャー~。ホトケレンジャ~」


 俺のベッドで添い寝したまま、木魚を叩いている。


「誰だ。お前は」


「誰だ。お前はと言われたら、困りましたね。我が名は小善しょうぜん。仏レンジャーパープル」


「見た感じ、ただのお坊さんみたいなんだが」


 頭が長く小柄な感じの。


「そうです、ただのお坊さんです。私ほどの者になると変身してもなぜだか髪の毛は落ちません。どうしたのでしょう。病気でしょうか」


「それはそうだろう。それで髪が落ちたら大問題だ」


 俺は激しく納得した。どうして、どうして、俺は仏パープルとこんなに暢気に話をしたりしているのだろう。


「レッド。今日来たのはほかでもありません。お願いがあって参りました」


「なんでしょう」


 大仏より話しやすい気もするが。


「あなたに地球を救っていただきたい」


「地球を。しかし地球は俺の夢の世界」


「ここは夢ではございません」


「しかし」


「この世は夢うつつ。しかし、この地球はあなたの現実ですぞ」


「現実」


 俺の現実。現実の俺は坊主と同じ布団に入って俺を口説こうとしている。


「その証拠にあなたはこの時代に息をし、この時代に暮らしている」


 坊主は指をからめてきた。


「しかし」


「あなたは仏レッドになるべきです。神野陽生じんのはるき


「しかし。俺は勇者アルスレートでしかない」


「昔のあなたも今のあなたも大切にしてください。あなたはあなたの守りたいものを守ってください。この時代はあなたにとって、優しいですか?」


 仏パープルの吐息が耳にかかる。

 友人はいない。知り合いもいない。しかし、家族は優しい。


「俺は勇者アルスレートだ。それ以外にはなれない」


「いいでしょう。それにしかなれないならそうなってください」


 つまり。


「俺は勇者アルスレートとして」


「世界を救ってください」


 添い寝しながらこの坊主なんてとんでもないことを言っているんだろう。


 俺は冷静に答えた。


「考えさせてください」


 添い寝しながら説得されてもそれは地獄絵図でしかない。


「それよりも何よりも、あんたはなんなんだ」


「小善は、小善はある方にあなたを口説けと仰せつかって参りました。全身全霊で口説かせていただきます。小善は真面目です!」


 思い当たる節がある。


「ひょっとして大仏に」


「頼まれましたが、何か」


「あんたは疑問を持て」


「そう言わずに、明日も現れます」


 俺は深呼吸した。


「考えさせてくれ」


 時計は夜中の一時を回っていた。睡眠不足で頭がくらくらする。


「本当に困ったことになった。困ったことだ」


 耳堀大仏の仕業が恐ろしい。あの大仏、脳みそまで掘っていないといいが。


「あいつ何考えて」


「他の四人を勧誘したのと同じ方法で勧誘するからね」


 いつの間にかベッドの反対側に大仏が寝ていた。お尻を掻いている。


「ようこそ。ホトケレンジャーへ」


「よるな、触るな。大仏が移る」


「奈良? 京都? 鎌倉?」


 大仏はとても楽しそうだった。


 俺は頭を抱えた。


「明日もまた来るよ。えへへ」


「来るな、二度と来るな!」


「そう言わないでさ、良いじゃん。長い付き合いになるよ。あはははは」


「前向きにお断りだ」


 俺はそう叫んで大仏たちを暗闇に追い出した。

 暗闇に何が待ち受けているとも知らずに。

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