戦いと誇り
俺は大仏に砕石工場に連れて行かれた。
「とりあえずついてきてよ」
「はあ」
目の前にはたくさんの化け物がいた。見覚えある化け物は。
「ゴブリンですね」
ゴブリンはキイと叫んだ。
そこに青の法衣と緑の法衣と黄色の法衣と桃色の法衣を着た人間が現れた。
「彼らはなんですか」
「ホトケレンジャー。正義の味方だよ」
「正義の味方」
胸が震える。俺はこういうシュチュエーションを待っていたのだ。
みんなは一斉に叫んだ。
「仏レンジャー、変身!」
四人とも大仏ウオッチに手がのびる。みんなは防御スーツを身にまとう。
次の瞬間、四人の髪の毛が一斉に抜けた。
俺は目を半眼にした。
「あれはなんでしょう。大仏」
「闇の者と戦う際に髪の毛があると呪いをかけられたりするじゃない。自動的に抜けるんだよね。そう言う設定にしてあるの」
「そういうもんですか。しかし、たかがゴブリン一匹ですべての髪を抜かなくても」
「そうは言ってもあれは未知の敵だからね」
「未知の敵? 俺のところでは弱い敵の定番だ」
しかし、あのゴブリンたちは咆哮している。強そうだ。血沸き肉躍る。
そんな俺の前で四人の勇者たちは一斉に倒れた。まだ何もされていないのに。
「なぜ」
まだ戦ってもいないのに。
「ブルーはナルシストだよ。髪が抜けたことに耐えられなかったんだね」
「ブルー! しっかりしろ!」
「俺は本条一樹だ」
ブルーは鏡を見てピクリとも動かない。
「ではイエローは?」
「お腹が空いたんだろうね」
「空腹か!」
女の子のイエローは腹を抱えて倒れている。
「肉、肉が食べたいの。私は伏見楓」
「グリーンは」
大仏は耳をほじる。
「なんだか意味もなく死にたくなったらしい」
「なんて貧弱な」
「グリーン。三宅琢琉。トドメをトドメを刺してくれ!!」
なんて貧弱な高校生だ。
「ピンクは」
頭をがさごそやっているようだが。
「彼女、毛根のお手入れを始めたよ。髪の毛が無くなって綺麗になったからこの際、炭酸スパにいくつもりだね」
「ピンク。石野愛依。よろしくね」
その間にも辺りをゴブリンたちが暴れまわる。採掘場を破壊していく。
確かこの近くには小学校があったはずだ。
さっき、ゲーセンに並んでいた少年たちが悲鳴を上げている。
「だ、誰か、助けて」
大方、俺と大仏をからかいに来て巻き込まれたのだろう。
大仏は俺を見た。
「というわけなんだ。あの子たちを助けてよ。アルスレート君」
僕は立ち上がった。四人の勇者たちを眼下に見下ろす。
「お前たち! 何をしている、戦え!」
青のスーツ身を包んだブルーは頭を抱えた。
「駄目だ。この美しさでは戦えない」
「がっかりしたんじゃないのか!」
「坊主になった俺が美し過ぎて戦えない」
「駄目だ。話が通じない!」
俺が叫ぶと大仏が俺を殴った。ぐは。
「あきらめんな!」
「ちょっと待て、ちょっと待て。どう考えても殴るのは向こうだよな。ブルーの方だよな!」
「あきらめんな。私は毎日こんな感じでもあきらめないで生きてきたんだぞ」
「毎日」
ちょっと待て。
「毎日戦って、ゴブリン一匹倒せていないんじゃあるまいな」
「その通りだ!」
脱力する。
「他の連中はどうなんだ」
俺はイエローの目を見た。
「楓、俺は何に見える」
「美味しそうなテリヤキチキンに見えます、ボス」
「誰が、チキンだー!! 俺は勇者だぞ。勇者がチキンなどと言われて黙っていられるか」
大仏様が俺を押しとどめる。
「ちょっと待ってよ。責めないでよ。この子はいつでもお腹が空いているんだから」
「責めたくもなる」
ならほかの連中はどうなのだろう。
「そこのグリーン、いいや、琢琉。お前は!」
「こんにちは。僕のあだ名は幽霊です。よろしくお願いします」
「お前、意外と話せる奴じゃないか」
「会話してごめんなさい、ごめんなさい。全部、僕が悪いんです。ゆるしてください! 怒らないで!!」
「無理!!」
俺ははっきりそう叫んだ。
「大仏。こいつはなんだ」
「電波系反省マニアだよ」
頭が痛くなってきた。どうしたものか。
最後のピンクに望みを託そう。
「お前は何をしているんだ?」
「もちろん美容よ。泥パックなの。安い炭酸スパの店があってそこで毛穴をリフレッシュするのよ。えへへ。いいでしょ。素敵だよね」
俺は切れていた。
「お前らどうして戦わない! 目の前にゴブリンの群れがいるのに!」
「だって、俺、美しすぎるから」
「お腹すいたもん」
「反省したい」
「えへへ。綺麗になりたいの」
俺は噴火した。
「もういい。そこで見ていろ」
俺は両手を天にかざした。
「地球の危機を救う。大仏ウオッチ!」
俺の髪の毛がさらさらと抜けた。ああ。ダメージ。
「思わず変身してしまったが、髪が抜けたぞ。大仏」
「大丈夫。ウオッチを外せばまた生えてくる」
「そうかなら安心」
「安心じゃないよ。あまり変身しすぎると髪の素が切れて一生ハゲになる」
「なんと。なんて恐ろしい。勇者アルスレートがハゲになるわけには!!」
ユキメ、お前のために俺はハゲになるわけには。
「その代り、防御力と戦闘力は跳ね上がる」
ハゲなのにか!
一部、無防備になったのにか!
「大仏よ。武器は何かないのか」
「馬の耳に念仏フラッシュ」
「それ効果ないだろう! 意味もないだろう!」
そうこうしているうちにも小学生が襲われている。
「助けて。アルスレート!」
俺をおじさん呼ばわりした連中が困っている。
ああ、俺はどうしたらいいんだ!
燃やせ、正義!
「ねえねえ。アルスレートの必殺技で戦えば?」
耳をほじる大仏様。
「よし、それで行くぞ」
俺はブルーの武器を奪った。
ブルーの武器は細いレイピア。
「アルスレートスラッシュを放つには細すぎる剣だが。それでもないよりはましだ!」
俺は剣を正眼に構えた。突進系の業だ。アルスレートスラッシュは。
「アルスレートスラッシュ!」
ゴブリンたちは一斉に砕け散る。しかし、一番奥にいたホブゴブリンがアルスレートスラッシュを片手で受け止めた。
何てことだ。
「馬鹿な。前はこれで一撃だったはず」
低能なホブゴブリンが口を利く。
「我ら学習してきた。勇者アルスレート。神野陽生!!」
「それは誰だ! 神野陽生とは何者だ!」
大仏は俺の頭をはつった。
「それはお前の名前だ。レッド」
「なぜ俺がレッドに!」
「赤いウオッチを渡したんだもん。お前が最後の勇者なんだよ」
軽いノリの大仏。
「どうして」
「女神のお告げを聞かなかったかい。大魔王を倒せるものはいない。存在しない。だから宇宙中の勇者をここに集めた。しかし、大魔王はその計画を知ってしまったんだ。連れてくることのできた勇者はこの五人だけ」
「五人だけ?」
頭痛がする。
「このメンバーで大魔王を倒してもらう」
「無理」
「無理でも戦えよ。この星の運命はお前にかかっている」
「どうしてそこまで。お前も正義を愛しているのか? 大仏?」
「女神に賭け麻雀で負けたんだよね。えへへ」
「一気にやる気が失せた」
「待って、待ってよ。勇者として腕を振るえるチャンスだよ。頼むよ」
「そんなことどうでもいい。俺は正義を行いたいんだ」
その間にもホブゴブリンは子供たちに迫った。
「はははは。まずはこいつらから血祭りにあげてやる」
俺は素早く踏み込んだ。
「イエロー。手伝え」
「え、チキン。私? それはこの楓ちゃんのこと?」
「誰がチキンだ!」
イエローは銃を取り出した。
「おごってくれる? 私にチキンを」
「おごれない。俺の百円玉はゲーセンの中だ」
「おごってチキン。コンビニチキンでいいもん」
「なんて奴だ。俺について来い。勇者楓」
イエローは銃をうち放ち、俺は剣を振り下ろす。
その瞬間、ホブゴブリンは砕けた。砕け散った。ガラスの破片みたいに。
「俺は正義のために戦う。勇者楓。お前は何のために?」
「一人はチキンのために。みんなもチキンのために」
「最悪だー!」
俺は地球の採石場で叫んだ。
「お前のような小娘など知らん」
「そんなこと言わないでよ。リーダー。リーダーも若造だよ。今日、初めて敵が倒せたんだもん。リーダーかっこよかったよ」
鳴り響くレベルアップ音。
赤のスーツが消えると同時に嘘のように頭に髪が戻ってきていた。
「ふう」
子供たちが俺を囲う。
「アルスレートかっこよかった」
「すごかった」
俺はただ正義のために。
「俺には正義しかない、みんな。さらばだ」
大仏は尻を掻いた。
「大仏ウオッチの値段を言うよ。一億二千万円。払えなかったら全財産奪いに行くよ。よろしくね」
「なんだと」
「正義を行いたいならその防御スーツは絶対必要。どうするの? アルスレート君」
「お前が悪だー! 歯を食いしばれ、一、二、三分の一パンチ!」
俺は大仏を殴ると、大仏ウオッチを置いてその場を後にした。
「ホトケレンジャーか」
忘れよう。家に帰って忘れよう。
早く眠って忘れよう。そう胸に言い聞かせながら採掘場を後にする俺だった。