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勇者アルスレート

 エリシアン島にあるリストデン公国は光の王国だった。

 鳥が空を駆け、美しい蝶が飛び交い、空は果てしなく青かった。


 その青い空に浮かぶ白い雲が俺は大好きだった。あの子がその光景を好きだったからだ。

 エルフの少女、ユキメ。僕と彼女は森で出会うべくして出会い恋に落ちた。


 しかし時代は俺たちに優しくはなかった。魔王の軍勢が攻めてきたのだ。義勇兵だった俺はあまたの敵を切り滅ぼし武勲を上げ、彼女は魔法の力でありとあらゆる敵を排除した。


 しかし暗雲は晴れなかった。魔王の上には大魔王が君臨しており、先代の勇者たちはその大魔王に倒されてしまったのだ。


 リストデン王国はこの星で最大級の規模を誇る王家だ。そして、それを守るために結成されたのが勇者部隊。


 勇者はたくさんいる義勇兵の中から選ばれる。そして死ねばまた次の勇者が選ばれる。俺たちはたくさんの勇者候補の中から選ばれた勇者になった。


 強い僕らは魔王に勝てないはずがない。そう、ありとあらゆる呪文を唱え、魔王には勝てた。しかし、仲間は怖気づいた。大魔王が現れたのだ。


 その背後から魔王を操っていた大魔王の眼光ときたら、この世のものではなかった。当然だ。ひと山もふた山もあろうという巨大な大魔王は俺たちの想像をはるかに超えていて、その顔と言ったら、醜悪そのもの。


 瞳の中は狂っていて、声をかけることも憚られる。


 エルビオス火山のふもとに君臨していた大魔王。辺りは地獄絵図にふさわしかった。


「アルスレート。あれが大魔王よ」


「大魔王グラビス」


 俺は仲間に叫んだ。


「俺にもしものことがあれば逃げてくれ。俺が平気だったなら、後に続け!」


 恐怖を超えるように自らの足で駆ける。


 前代勇者たちの武器をものともしなかった大魔王。魔王を操っていた大魔王。

 その大魔王が大口を開けて叫んだ。


「大勇者アルスレート。死すべし!」


 巨大な手が雨のように地に降り注ぐ。

 その一言で俺の人生は終わった。あとの仲間がどうなったか、もうわからなかった。


 気がつけば、俺は赤子になっていた。

 

 少女がささやく。ここは地球。あなたの名前を呼びましょう。


 神野陽生じんのはるき。ホトケレンジャー。

 ホトケレンジャー。それはなんだ。


「大勇者アルスレート。今は優しい眠りを……」


 俺は目を閉じた。それから十五年、何も起こらずに今も俺は平和に暮らしている。


     ☆     ☆    ☆    ☆     ☆


 季節は十二月。

 学校の教室で俺はいつものように指を組んだ。


 目の前には身長はちびっこ、態度は世界一でかい教師が僕の返答をうなりながら待っている。

 木々は枯れ果て落ち葉もない。時折、雪が降る十二月だ。


「神野くん。ここの問いに答えなさいなっ」


 熱血教師、阿倍野星羅あべのせいら。百四十五センチは相変わらずの熱血先生だった。

 雪でさえ溶かしそうな勢いだな。俺は抗議しようと思う。


「神野ではありません。アルスレートです」


「馬鹿なことを言っちゃいけないのよ。神野くん」


「アルスレートです」


「アルスレートくん、ここの問いに答えなさい」


「それは勇者問題ですか?」


「勇者問題なんてありますか!」


「ないなら作ってください」


「作れません!」


 阿倍野先生は切れた。


「勇者問題じゃないと解きません」


「今、必ず解くと言いましたね。身長百七十二センチ、腕幅六十二センチの勇者がテニスをしました。ボールはどんなタンジェントエックスを描いて飛んでいきますか?」


「東大の問題だー!」


 俺は叫ぶと机の下にうずくまった。


「東大の問題を高校生に出す暴力教師」


「あなたは高校生でしょ。勇者じゃないでしょう!」


「勇者は、あるべき場所に行ってきます」


「問題を解いていきなさい~~~」


「問題を解かない勇者の強気」


「そんな勇者はいらないわ!」


「勇者を全否定ですか。世界を救っても先生だけは救わない」


「あなたって人はなんなんですか。居残り授業してあげている先生に向かって」


「先生。俺は世界を救っていた勇者ですよ。こんな平和に暮らしていてはみんなに悪い。せめてこの学園に波風立てるしか、俺のアイデンテティを守る方法がないんだ!」


「迷惑です!」


 くそう。この世界では勇者は迷惑なのか。


「アルスレートくんのやる気のなさが迷惑です。先生はアルスレートくんのためを思って居残り授業を計画したのになによ。アルスレート君の馬鹿~~~」


「待ってくれ、阿倍野先生!」


「先生は、先生は走って逃げます。まさしく師走よ」


「師走に走るのは坊さんだけです」


「日本文化に精通した勇者だとでもいうの!」


 大抵の人間は俺に引く。その中で阿倍野は貴重な先生だ。俺に付き合ってくれる。

 でもその先生も、俺の勇者伝説は遊びだと思っている。


     ☆     ☆    ☆    ☆    ☆


 俺の前世、勇者伝説。

 あれは夢だったのだろうか。俺は自分の人生を思い返すときそう考える。


 人生。過去生。俺は大勇者アルスレート。正義感が強く、心が強く、滅多なことでは泣かない。


 ユキメはどうなってしまったのだろう。それが気がかりで、俺は神野陽生を満喫できない。

 ユキメ。


「満喫できない……」


 俺はゲーセンの格闘ゲームの台で勇者アルスレートを操っていた。ギャラクシーファイヤーというこの台には勇者アルスレートのほかにもいろんな星の勇者が並ぶ。この台は人気の台で、向かいの台には乱入者が並ぶ。


「俺は大勇者アルスレートだ。戦いたい奴はかかってこい!」


 みんなが引いた。

 今まで神野陽生として生きてこなかった。大勇者アルスレートとして振る舞ってきた。


 その結果、俺はクラスでもういた存在になった。

 友達もおらず、こんなゲーセンの薄暗く、音楽のうるさい場所で無駄に時間をつぶしている方が気も楽だ。楽すぎる。


 また負けた。俺はゲームでは最弱だ。百円玉を吸い込む台を眺めながらため息を吐く。俺はこんなところで学校生活を送っていてもいいのだろうか。


 早くエリシアン島に戻って、ユキメを助けなくてはならないのではないか。


 地球とはどこだ。太陽系にあると言うがエリシアン島はどこなんだ。俺は自分が死んだ事実を受け入れずにいる。ここは夢の中のようだ。毎日が幻のようだ。


「神野くん。ちょっといい?」


 冷たい美人のクラスメイト、東拓未あずまたくみが僕の隣で微笑んでいた。


「俺は大勇者アルスレートだ」


 その発言に拓未は動じなかった。


「神野くん。神野くんはよくここで遊んでいるよね」


「アルスレート」


「アルスレートくんはよくここで遊んでいるよね」


「まあな」


 当然のことだ。ここで経験を鍛えているのだ。戦闘の勘を。


 拓未は吹きだした。


「アルスレートくんは何のためにそんなに精神を鍛えているの?」


「大魔王と戦うためだ」


「大魔王は来るよ。君はどうするのかな。いひひひ」


 拓未は魔女のように笑うと元の顔に戻った。


「私、何を……」


 拓未は頭を振りながら去っていく。大魔王が来る。


「そんな馬鹿な」


 そんな馬鹿なことがあるはずがない。だが、確かに。


 東拓未。普通の生徒だと思っていたが、何者なんだ。


 その時、対戦台の向こうに奈良の大仏みたいな人が現れた。


 全身が金ぴかに光っていた。


「よっこらしょ」


「よっこらしょって初めて聞きました」


「そらそうだよ。初めて言ったんだから。熱いね、ここ熱いね」


「はい。そうですね」


「君、俺系?」


「はい。どちらかというと僕ではなく俺系ですね」


「勇者やっていたんだって。凄いね」


 大仏は汗を拭いた。


「仲間のおかげで勝ってきたようなものです」


「君もしかしてもう戦いたくないとか思っていない?」


「思ってないです。戦いたいです」


「奇特だね。どうしてそんなに戦いたいのか参っちゃうよね」


 そう言って大仏様みたいな人はお尻をボリボリ掻いた。


「まあ、女神の頼みなら仕方ないよね」


「女神の頼み?」


「地球に巨大な敵が迫っているんだって。それでね、それを何とかしてほしいそうなんだ。そう言うわけで君なら何とかしてくれるんじゃないかと僕ら白羽の矢を立てたわけだ」


 確か。


「俺に白羽の矢が。白羽の矢は生贄の家に建てる矢ではありませんでしたか」


「君は古代日本オタクだね」


 大仏張り手が画面の中で炸裂する。このゲームにこんなキャラ居たっけ?


「歴史は好きなので」


 大仏は体を揺らしてユーモラスに笑った。


「選ぶのは君次第なんだけどね。僕は強要しないよ。君が凄い人とは思えないし」


 アルスレートスラッシュが画面の中で決まる。


「大魔王が来るんですか?」


 大仏は目を丸くした。


「どこで聞いたの? 来るのは魔王だよ。情報が早いね。さすがと言ったところかね」


 そんな馬鹿な。


「エリシアン島はどうなったのですか」


「どうって言われても他の星のことはね。君、何の違和感もなく僕の話についてくるよね。胡散臭いとは思わなかったの?」


「思っています。あなたが大魔王の手先ではないかと疑っています」


「いつから勇者君は疑い深くなったのかな?」


 画面の中のアルスレートは大仏アタックをかわす。


 この大仏、弱い。弱すぎる。


「あなたは悪ですか?」


「ちょっと、考えすぎだよ。僕は正義の味方だよ」


 甘えたような口調の大仏はまた尻を掻いた。


「じゃあ、この大仏ウオッチを渡しておくね」


 筐体の向こう側から長い手が伸びる。


「大仏ウオッチ?」


「そう、大仏ウオッチ。これ一個で通信もゲームも出来る優れもの」


「こんなものをただでもらっていいのですか?」


 思わずアルスレートを操る手が止まる。

 大仏はそこに総攻撃をかけた。なんて奴だ。勝てばいいのさ、なんて言っている。


「実は違法改造してある」


「チェイサー」


 俺の拳が筐体を飛び越えて大仏の頬で弾けた。


「悪は許しません!」


「ギャー、何すんだよ。隣のおばさんにも殴られたこともないのに」


 筐体の台の向こうで喚く大仏。


「それは人として当たり前です」


「人じゃないもん、大仏だもん」


 この大仏、自分を大仏だと思い込んでいる。痛い人だ。可愛そうに。


 俺は気の毒になって眼をそらした。


 その隙にアルスレートに大仏キックが決まる。


 俺は深呼吸した。何が起きようとしているんだ。魔王が地球に来ようとしている。


 ユキメ。君は無事か。俺は無事じゃない。

もうぼこぼこだ。大仏にやられてぼこぼこだ。


 今から反撃を開始する。ユキメ、無事でいてくれ。食らえ、大仏。

 周りの小学生たちがため息を吐いた。


「早く代わってくれよ、おっさん」


「おっさんじゃない、勇者アルスレートだ」


「どけろよ、おっさん」


「最近の子供は口のきき方がなっていないな。たとえば俺がいたラミテス村では」


「昔話きたー」


 子供たちが青い顔をする。

 大仏は鼻を掻いた。


「こんな辺境の星で勇者って言っても君に幸せはないよ」


「それでも俺は勇者です」


 俺は勇者でしかない。他の者にはなれない。


 俺は誰がなんと言おうと勇者だ。

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