Chapter 1
目が覚めると、何故か私はその空間にいた。何かふかふかしたものの上に横たわっていることと、充満する吐き気を催す臭気しか周囲の情報がない。ただそこは真っ暗で、目先のものが何一つ分からない。起き上がって床に足をつけてみると、水たまりがあるのかぴちゃりと音がした。
(ここはどこ……私、美月と一緒に電車に乗ってて……)
そこまで考えたところで、ふと意識を失う前に美月が話していた『人食い悪魔』の都市伝説を思い出した。
『確か、最初にすっごく甘い匂いで食べる人間を眠らせるんだって。それから別次元に連れて行って、むしゃむしゃ食べちゃうんだとか……』
「まさか、ね」
独りごちてから、私はきょろきょろ辺りを見回した。すると、寝ていた場所の近くの壁にぼんやりと光るスイッチがあった。闇の中煌々と光るそれが照明の電源だと認識するまでそう時間はかからなかった。そっと手を伸ばして飛び出している部分を押すと、特に前触れもなく一斉に目の前が明るくなる。
そして視界に飛び込んできたのは――白地に撒き散らされた赤。壁にも、床にも、横になっていたベッドにも。さらに天井にさえも、ありとあらゆる真っ白いものに真っ赤な液体が大量に撒き散らされていた。その中で、私は見つけてしまった――散り散りの髪が残っている、レントゲン写真とかでしか見たことのない人の頭の骨を。
「なに……これ……」
私がいた空間はそこまで広くはなく、しかし何人もいたらしくずたずたに引き裂かれた服が赤い水たまり――おそらく、いろんな人の血でできていると思う――の中に沈んでいた。状況が飲み込めず、口元を押さえてひざを抱え込んでいると、一つしかないこの空間の出入り口が鈍い音を立てながら開いた。
現れたのは、黒いどろどろの液体で覆われた、人に近い形をした口だけしかない黒い塊だった。「オオ……オオ……」と言葉にならない声を発しながら、その塊は何かの血で濡れた鉈をずるずると引っ張っていた。得体の知れない化け物は部屋の真ん中まで来ると、何かを探すように緩慢と首を動かした。
(もしかしてこいつ、私が見えてない……?)
そうとなれば、開きっぱなしの扉から外に逃げ出すほかない。私は意を決してベッドから降り、出入り口の方へ気づかれないように歩いていった。
しかし、足元の水たまりが乾いておらずぴしゃんとわずかに音を立てた。それを聞き逃さなかったのか、黒い塊はぐるりとこちらを向いてにたりと笑った。必然、私の体は強張り床にぺたんと尻餅をついてしまう。塊は鉈を引きずりながら、ゆっくりと私に近づいてくる。そして鉈を両手で持ち上げ、大きく腕を振り上げる。
もう駄目だ――そう思い、私は力強く目を閉じた。