プロローグ
――ここ最近、妙な夢を見る。
誰かに「助けて」としきりに呼ばれるのだ。
男性なのか女性なのか、それすらも分からない。
認識する前に目覚める――そんな日々を過ごしている。
「確かに、それは不思議な夢だね」
夕暮れの日差しが差し込む電車の中、私の隣に座る関口美月がのんびりと口を開く。同じ高校の生徒が多数乗っているこの電車で、私たちは彼らと同様帰路についていた。
「でしょ? それがここずっと続いてるの。気味が悪いよね」
「心当たりとかもないんだよね、どうしてだろう……」
「原因が分かっても、夢の中のことなんだから対処とかできないでしょ、普通」
前髪を手ぐしで整えながら、私は苦笑しながら小さくあくびをする。最近見る夢が気になって気になって、そのせいかあまりまともに睡眠を取っていない。美月はそんな私を見て、嬉しそうに腕を掴んでくる。
「じゃあさ、夢の番人さんに助けてもらおうよ」
美月の言う『夢の番人』とは、最近巷で囁かれている都市伝説の一つである。彼に出会うと夢に関する悩みを解決してくれるという。彼女は都市伝説やオカルトといった類のものが好きなのである。
「美月ってホント、都市伝説好きだよね……」
「あ、都市伝説で思い出した、ひーちゃんは人食い悪魔の話知ってる?」
「人食い悪魔?」
名称からして不穏な都市伝説のような感じがする。しかし美月は楽しそうに笑いながら、私にその話をしてくれた。
「事故とかで行方不明になったままの人っているでしょ? ああいう人たちって、別次元の人食い悪魔に食べられちゃってるんだって。確か……」
いつも通り半ば呆れながら美月の話を聞いていた、そのときだった。
(……何だろう、この甘い香り)
この世のものとは思えない、例えようのない甘ったるい香り。普段帰宅中には嗅いだことのないそれが私の鼻をくすぐった。さらにその香りを嗅いでいるうちにまぶたがだんだん重くなってきて、思考回路も鈍ってきた。
(うそ……さっきまで、全然眠くなかったのに……)
かすんできた視界の片隅では、数秒前までは意気揚々と語っていた美月がすでにスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
どうして――そんなことを考えながら、私の意識は闇の中へ消えていった。