Chapter 9
部屋を出て、先ほどくぼみを見つけた色の違う壁の前に向かうと、それまで静かに輝いていた真紅の勾玉が突然光を帯びて宙に浮いた。そのままぴたりとくぼみにはまり、一拍置いて壁が十字に割れて四方向にずれていった。
「こんな仕掛けになっていたとはね……ひまり、大丈夫?」
たぶん思い詰めていた顔をしていたのだろう。軽く首を傾げながらクローチェは心配そうに問いかけてきた。はっと顔を上げて首を横に振り、不安にさせまいと作り笑いを浮かべてみせる。
「さ、早く行こう。この先に出口が……」
「ひまり、安心していいよ。きみの友達……美月、だっけ? 彼女はまだ生かされているはずだから」
優しい微笑みを返してきた彼の言葉に違和感を覚えるも、手を引かれて新たな空間へと足を運ぶ。
光の玉を頭上に掲げ、照らされた景色を見て驚愕した。人の力ではどうあがいても渡れないくらい大きな穴がぽっかりと空いていたのである。明かりがあるとはいえ全体的に暗いことには変わりがなく、そのせいで正確な深さは分からないが落ちたらひとたまりもないことはすぐに理解できた。歩き回りながらよく目を凝らしてみると、廊下の横幅が広かったおかげか両端に人が一人ようやく通れるくらいの隙間ができていた。
(危ないけど、ここを行くしかなさそうね)
クローチェはというと、私とは別の方向に歩を進めていてこちらには気づいていない。とりあえず通れるかを確認するため、両頬を叩いて気合を入れてから廊下の端のかろうじてできた足場に一歩踏み出す。
次の瞬間――穴に面した壁という壁から無数の人の腕が勢いよく飛び出し、何かを求めるように奇妙にうごめいた。幸いあまり進んでいなかったため腕の波に当たることはなかったが、もし押し出されて奈落の底に落とされていたらと思うとさっと血の気が引いた。
ゆっくりと元の場所に戻り、他に手がかりがないか辺りを探索してみる。すると左側の壁際に、紫の巾着を重石にして紙切れが置かれていた。拾いあげてみると、紙切れの中心に小さく綺麗な字で『目に映るものが全てではない』と綴られてあった。その間に、目の前にやってきたクローチェがおもむろに巾着の口を開けて中身をいくつか手の上に転がす。
「これは……植物の種、かな?」
「なんでこんなものがここにあるんだろう……」
「もしかして、そのメモに関係しているんじゃないかな」
「……目に映るものが、全てではない……か」
メモにあった文字を小声で読み上げると、クローチェは手の平から私に顔を向けて軽く目を見開いた。
「え?」
「あ、いや、このメモにそう書かれてたから……」
「へえ、そっちの面には文字が書いてあったんだね。こっちから見ると記号だけしか書かれてなくてね」
紙切れをひっくり返すと、確かにそこには『L3R5/nnn→s→↓e↑n←↑wn→→nn』と記号が表に書いてあった文字と同じように小さく記されていた。どういう基準で並んでるのか分からないがこれも脱出の手掛かりになるのだろう。
クローチェの手から種を一粒取り、それを観察しながら行く手を阻む巨大な穴をどうやって超えていくか考えることにした。