砂漠からの電話
※ルカ視点、ちょっと過去です
「おにいちゃまあー!」
ドアの外から、パタパタと軽い足音が聞こえる。
・・・マリアーヌだ。
「おにいちゃま、いらっしゃいますか?」
返事はしなかった。
別にマリアーヌのことが嫌いなわけじゃない。それどころか、いつもなら目に入れても痛くないくらい可愛がっている大事な妹だ。・・・でも、今は会いたくなかった。
「いらっしゃるのはわかってます。はいりますわよ」
遠慮なく入ってくるマリアーヌ。・・・普段甘やかしてるのが悪いんだろうか、もうちょっと僕の気持ちも考えてくれたっていいのに。まあ、十歳の子供に期待することじゃないか・・・
枕に突っ伏していた顔をあげる。五つ下・・・僕はこの春に誕生日が来たので、現在は六つ下の妹は、いつものように強気な顔でドアの前に立っていた。
「お電話です。スミスさんとおっしゃる方から」
・・・スミス?
「え?本当?本当にスミスさんって言った?」
スミス。よくある名字だしもしかして人違いかもしれないけど、でも電話をかけてくるような知り合いにいた覚えはない。いやクーがかけてくるかっていうと微妙なところだけど、アルベルトさんは知ってるはずだし。・・・クーだろうか。本当に!?二年前に会ったきりでお互い連絡も何もしてなかったけど。いや、逆になんで何もしないんだ僕は!
「な、なんですの。恋人から電話がかかってきたみたいなその喜びようは」
僕の剣幕に驚いたのか、妹は眉をしかめた。
「え!?いや、べつに恋人なんかじゃ・・・ただの友達だって」
マリアーヌの鋭い視線から目をそらす。もしかして頬がゆるんでいたかもしれない。
「まあ・・・おにいちゃまがそんなにやけた顔をするなんて・・・どうしましょう、とうとうおにいちゃまがそんな世界に足を踏み入れてしまったかと思うと興奮して・・・いや心配で夜も眠れませんわ」
なぜだかうれしそうな顔をするマリアーヌ。言ってることの意味が分からない。
「マ・・・マリアーヌ?大丈夫か?・・・え、クーじゃないのか」
「”クー”かどうかは存じませんが、男の方からです」
・・・なんだろう、十歳にして踏み入れてはいけない世界に入っている気がする。妹よ、お兄ちゃんはお前のことが心配だ。
「マリアーヌ、お前いつもどんな小説を読んでるんだよ・・・」
「今はやりの少女小説です。学校の友達によく貸してもらっていますわ」
・・・友達か・・・これは食い止めるのは難しいかもしれない。お兄ちゃんの知らない世界なわけだし・・・でもな、でもそっちの世界はあんまり健全ではないと思うぞ!?お兄ちゃんはごく普通のかわいい女の子になってほしいんだけどなぁ・・・
「なにをぶつぶつ言っているのですか。お電話を待たせているんですよ」
×××
「もしもし」
「よお!随分だなあ。元気でやってるかー!?」
予想していたことだったけど、やっぱりクーではなかった。
「・・・アルベルトさんですか・・・」
「お。がっかりすんなよー、おじちゃん寂しいぞー?」
外なんだろうか。声の後ろに風の音や話し声が入る。
「してません。まあそこそこ元気でやってます。お久しぶりです、前に会ったのは・・・二年前、位ですか」
「まあそうだな。元気で何よりだ」
「そっちはどうですか・・・今、どこにいるんですか?」
「んー。サマザール、砂漠の真ん中、だな。すごいぞー、すぐに嵐になるし、昼は暑いし夜は冷えるし、砂だらけになる」
「それはまた、随分遠いところまで行きましたね。あまり帰らないと、クーも心配してるんじゃないですか?」
どうりで風の音や砂の音が聞こえる。
あーともんーともつかないあいづち。
「この夏に一度帰るつもりだったんだがなあ。ちっと飛行機が飛べる状態じゃねえんだ、用事も思い出しちまったし。もう一週間ばかりかかることになった。そうクーに伝えておいてくれ」
「はい。・・・って俺連絡先知らな・・・いやじゃなくて自分で連絡すればいいじゃないですか、自分の娘でしょう」
「お前最近クーに会ってないだろ。丁度良い口実になる」
「・・・まあ」
クーはどんな風に成長しているだろう。口実もなしに会いに行ったら迷惑がって追い返されそうなので正直ありがたい。・・・いや、もしかして私も会いたかったとか言ってくれるかもしれない。二年も会ってなかったわけだし。
「クーはお前にはやらん」
「いきなりなんですか!?別にクーはそんなんじゃないですから!!」
言われて心臓がはねた。クーはそんなんじゃない・・・ただの幼馴染だ。ただの友達、だ。だって、
「冗談だ」
「当たり前です!」
ガハハハハハと大声で豪快に笑うもんだから、音がわれて耳が痛くなった。
「あと二年だなあ」
「は?」
「十六になったんだろう」
思わず、息をのむ。
動揺するな。平静でいろ。
「自由があるうちに好きなことをしておけよ。悔いが残らんようにな」
そんなこと言われなくても分ってる。
「どうせまた無理してるんだろう。お前の親父は意固地だからなあ・・・相変わらずかあ」
あの男。あいつとこの人が友人だなんて信じられない。身勝手でこちらの事情など考えたこともないのだろう、まだ何も考えられないガキ扱いだ。無理やり押し付けてきやがって。それに比べて、他人の子供にも何かと気遣ってくれるようなひとが父親で、クーが羨ましい。
今朝のことを思い出すと頭に血が上ってくる。
「別に無理なんてしてません」
思っていたよりきつい声が出た。そのことに誰より自分が驚く。
「そうか?まあ頑張れ。クーを頼むな。また、近々電話する――――ッ・・・・・・・」
がちゃんと受話器を置く。
自分の子供っぽさに嫌気がさした。いらついているのは父さんに対してであって、アルベルトさんにじゃないのに。人にあたるなんて情けない。・・・たかが図星をさされたくらいで・・・アルベルトさんはこっちの余裕がないのを分かっていて、気づかないふりさえしてくれたというのに。早くあんな・・・包容力?余裕というのか・・・が欲しい。大人になる前に。
「あと二年かあ・・・」
この国を継ぐまであと二年。・・・あと二年しかない。
「家出でもしよっかなあ…?」