再会 Ⅰ
私立アルマン女学園。西大陸一の国、ミルトハーヴァヴの首都ミルティスにある、初等部から大学部まである大規模な女子のみが通う学園。
学園の中等部に通う少女は、帰り支度をしながら友人のおしゃべりを聞いていた。
すでに教室には彼女たち二人の姿しかなく、窓からは楽しそうに校門から出ていく生徒たちが見えた。こんなに遅くなってしまったのは、友人のおしゃべりが止まらなかったからではなく、単に少女が今日日直だっただけの話である。
教室の中は暑い。窓を開ければ風が入ってくるのだろうが、帰宅時の窓の施錠も日直の仕事だ。白いカーテンは収まりよくまとめられ、夏の日の午後特有のあの容赦ない日差しが教室内へと降り注いでいた。
「リエルー。あんた明日からの予定、なんかある?」
日誌を仕上げるのに付き合ってくれていたおしゃべりな友人、ビスティは行儀悪く椅子のうえで体育座りをしながら訊いた。
「ん・・・とりあえず、お父さんも帰ってくるらしいし家に顔見せようと思ってるけど。あ、あと買い物も行かなきゃ」
明日からは夏休み。・・・とはいっても、休み中も変わらず寮暮らしのリエルやビスティにとっては、授業がないだけでいつもと同じ・・・の、はずなのだが。
「ちっが――――――う!そういう、なんてゆーかつまんない、当たり前のことじゃなくって!」
じたばた、と子供っぽく手足を動かす。挙動がいちいち大げさでせわしない。疲れているときには苛立ちを覚えるとともにあきらめからくる若干の尊敬を持つものだが。・・・元気だなあ、と。
しかし今は明日からの長期休みに心が躍り、そんな気持ちはみじんも感じなかった。
「そういえば、図書館で本借りてこようと思ってたんだー」
「そうでもなくて…あんた分かってて言ってるでしょ」
ため息をつきながら、じとー、と見つめてくるビスティ。
「何がよ」
すまして見つめ返してやると、怒ったように椅子からおりて指を突き付けてきた。
何かを決意したかのように、山なりの眉はつりあがっている。
「だあから、素敵な男の子とデートしたりする予定がないのかっ、てことよ!…ったくぅ、せっかく気のいい友人が心配してるっていうのに、これなんだからあ」
大げさな身振りで肩をすくめる。わざとじゃないのかと問いかけたくなるくらいだが、きっとビスティは本気なのだろう。
「あのね、ごく普通に女学園で生活してたらそもそも同年代の男の子と会う機会なんてないんだってば。そういうビスティだってそうでしょ?」
教科書を詰め込んだかばんをせおい、リエルは席を立った。窓の施錠は確認したし、あとは報告をして帰るだけだ。
「言っとくけど、あたしはちゃんとお相手がいますからね。ぼやぼやしてるリエルと違って」
これは手ごわい、とばかりに呆れた顔をしてみせる。
「嘘」
ビスティの発言に驚いて、つい言い返してしまう。まさか、だってビスティが。あの、夜は怖くて電気を全部つけても一人じゃトイレにいけないと中学生にもなって平気でいうビスティが、金魚を上手く育てて大きくしたのが鯉だと思っているビスティが、つい最近までとある上級生(の、お姉さま)が好きで追っかけをしていたビスティが!?
「嘘じゃないわよ!・・・あんたなんか失礼なこと考えてなーいー?・・・別にいいけど・・・ついでに言えば、うちの学年の半分以上はそういうお相手がいるわよ。アルマン女学園の生徒ってだけでポイント高いんだから」
やっぱりきちんと教育をうけた可愛い子ってのがいいんでしょうねー、女学校だからほかの虫もつかないしー、とはビスティの言葉。
ビスティに、相手?う、うちの学年の半分以上?いつの間に?
「な、なにそれ!?」
そんなの初耳だ。つい今まで子供っぽいと思っていた友人からの裏切り。なんでも話してくれるような仲じゃなかったの?私たちはその程度の関係だったの?そうなのねビスティの秘密を、黒歴史を暴露してやる。
というか全く気づかなかった自分にも一発いれてやりたいくらいよ。
「リエル、あんただって見た目は悪くないんだから、ちょっとは気にして、チャンス逃さないようにしなさいよー?」
頭の後ろで高く束ねた巻き毛をゆらして、ビスティは窓から下を見下ろした。
見た目は悪くない、って・・・彼氏ができたとたんに上から目線とは・・・なんてやつ。
腰まである亜麻色の髪に、煮詰めた砂糖のような深い色の瞳。長い前髪はピンで留めている。
母ゆずりの顔立ちをわざわざけなすつもりはないが、少々華にかけている。母と違うところを挙げるとすれば、性格を反映して若干つり目なことだろうか。まあ、ビスティの言うとおり悪くない、というのが的を射ているだろう。
「あっ!ほら、リエル!校門に格好いい子いるわよー!?」
ビスティはいつの間にか窓を開けていて、身をのりだしていた。窓から太陽に熱せられた風が吹き込んでくる。全然涼しくならない。
「あぶないわよ、そんなにのりだしたら。…せっかく閉めたのにー」
「えっ、なにー、聞こえなーい。うんうん」
一応抗議してみたものの、全然こっちの話を聞いてない。どうやら下にいる子と話しているようである。
見れば、校門のところに赤い屋根のないクラシックカー(この暑いのにオープンカー!)が停めてあり、その周りをたくさんの女の子が取り囲んでいた。
「ねえリエル、どうも人を待ってるみたいよ。クーって娘を探してるみたい。そんな娘いたかしらね?」
・・・は?
楽しそうに眼を輝かせるビスティ。
「まあとにかく、見に行きましょっ!リエルのチャンスをつくりにー!」
ぐい、と腕をつかまれてひっぱられる。こういう時のビスティは強引で逆らえない。きっと色恋沙汰に縁のない友人を気遣っての、善意からの行動なんだろう、それが分かるからうれしいとも思う。けど―・・・
「ちょ、ちょっとま・・・」
「いいからいいからー!」
待って、嫌な予感しかしない。
それは、私を「クー」と呼ぶあいつの顔が頭に浮かんでしまうからなんだ。