表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

巡り巡る議場

赤坂の食事会

作者: 海景弥琴
掲載日:2026/05/12

急な誘いだった

その誘いは突然だった。


「食事会?」

「ええ、シナガワ。今度、ハルと私とあと二人で食事会をするのだけれど。どうかしら」


汐里の誘いは、形がどうであれ嬉しかった。元々は婚約までしていた身、未練がどこかに残ってるのだろう。降ってきた幸福に実感が湧かないが、とりあえず予定表を見る。


「その日は空いている」

「わかったわ。全員に伝えておく」


そして、当日。赤坂の一等地に集められた俺は目を疑った。

汐里が、記憶喪失前からメディアに勤めているのは知っている。だが、問題はそこではない。汐里の義弟である波留も着飾って、美しい女性たちと談笑している。

何だあれは……オフィスでアルハラしてる人間と同一人物なのか?

とてもではないが、そう思えない。確かに背格好は同じなのだが。

「お、孝じゃん」

向こうが俺に気づいた。軽快な声が、今は普段より浮ついて感じられる。


「あら、波留さんのお友達?」

美女の一人が、こちらに目線を投げる。緑の黒髪、とはまさしくこのことだろう。

長いそれは、艶に溢れていて滑らかだが眩しく感じられる。赤いドレスも、凛とした顔立ちを引き立てている。

「ええ、まあ」

柄にもない敬語を使ったせいで、波留に笑われた。

「この人は同僚の品川孝」

「……品川?」

波留の紹介に引っかかったのか、美女の表情が曇る。

俺、この人に何かしたか? 初対面だと思うのだが。

「失礼、私は青山初奈。キー局の放送ディレクターをしております」

初奈は表情を正し、一礼した。

「汐里さんから、少し伺っております。品川さんのこと」

汐里の知り合いか。それなら、あの微妙な態度も頷ける。

婚約解消した男がどんなものなのか、初奈なりに考えていたのだろう。


「私のことも忘れてない?」

初奈の表情がまた曇った。随分と、露出の多い女性だ。胸元も露わだし、汐里とも初奈ともタイプが違う。

「いや、お前はさあ……」

波留が苦言を呈そうとした時だった。

「いいわ、ハル。紹介してあげて」

汐里の声がした。今日の彼女は、青いドレスを完璧に着こなしている。

波打つようなデザインは、きっと特注品なのだろう。

「わーったよ……孝、こいつは六本木心音。名前は可愛いけど実情は──」

「坊や、余計なこと言わない」

心音の有無を言わさないこの感じは、どこか汐里に似ている。

「お前は俺より年下だろうが!」

そこまで大きな声でもないが、この場では十分な効力だった。心音はふ、と笑い反論する。

「波留くんは精神年齢がね」

「ココネ、そのくらいにして頂戴。早く会食を始めたいのよ」

汐里の一喝で、この場は収まった。


「では、乾杯」

何とも静かだった。そもそも、俺は何故ここに誘われた?

汐里の亭主じゃないんだぞ。何考えてるんだ?


「暗い顔すんなよ、酒が不味くなる」

「悪い」

せめてもの救いは波留がいることだが、こいつはこいつで感情鈍麻。

いや、欠落といった方が正しいかもしれない。どこまでも空虚な男だ。

先ほどの心音とのやり取りも、周囲が望んだ形に合わせただけだろう。

あの場で真っ当な反論をすれば空気が崩れるのは、俺でもわかる。

「波留、汐里のことなんだが」

「義姉さんのこと?」

本来義弟になる予定だったこいつに、あれこれ聞くのも気が引ける。

まあ、こいつは何も感じないし問題はないのだろうが。

「どうして俺をここに呼んだんだと思う?」

「知らね」

波留の答えは明快だった。間違いなく知らない。

知っていて隠す理由もないだろう。

「義姉さんに聞けば」

彼はそう言い、ワインをぐいっと飲み干した。

それが嫌だから聞いたのだが、そこまで考えは至らないらしい。

やはり、こいつはどこか壊れている。いや、そもそもパーツが存在しないんだ。

心というパーツが。


やはり、汐里に聞くしかないのだろう。初奈のことも、心音のことも気になるがそれどころではない。

「汐里」

「シナガワ。どうしたのかしら」

一気に畳み掛ける。

「何故、俺をここに?」

ああ、そんなこと。

声には出さなかったが、汐里はそう思ったはずだ。

何年一緒にいたと思っている。彼女の心の機微は、感情欠落義弟の波留より俺の方が読み取れるはずだ。

「……シナガワも、結婚を焦る年齢でしょう」

「は?」

どうして、ここで俺の年齢の話になったんだ?

「初奈、心音。どちらも、いい女だと思うけど」

ようやく理解した。汐里が、この場に俺を呼んだ理由。

婚活パーティー、みたいなものか。

でも、汐里には見落としがあった。俺は汐里以外に興味はないし、婚約解消したとはいえ未練もある。

他の女に、興味を示すわけがない。


「……悪いが、まだそんな気分にはなれない」

「そう」


淡白な返事だった。今の汐里は、俺にさしたる興味がないのだろう。

今回の会食も、たまたま思いついただけなのかもしれない。

一気に、食欲が失せた。

俺は波留じゃない。波留なら、きっと何も思わないのだろう。

でも、俺は違う。婚約解消した女性に、他の女をパートナーとしてあてがわれる。

これを、地獄と呼ばずして何と呼ぶ?

味のしなくなった食事。波留の談笑。俺はそれに、どう心を動かせばいいのかわからなかった。

会食が終わっても、家に帰っても、心に描かれた地獄は消え去ることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ