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お互いのギフト

 プレゼンの興奮が冷めやらぬ月曜の夜。亜希(外見は美希)は、鏡に映る妹の凛々しい顔を見つめ、静かに決意を固めていた。


(……美希、あんた、こんなにボロボロになるまで戦ってたのね。せめて、体が喜ぶものを食べてほしい)


 亜希はキッチンに立ち、美希の冷蔵庫に残っていたわずかな食材と、帰りに買い足した旬の野菜を並べた。美希がいつも縋るように飲んでいた冷え切った栄養ドリンクを隅に追いやり、丁寧に出汁を取る。

「美希のために、栄養補給しなきゃ。仕事だけじゃ、心まで枯れちゃうわよ」

 一食分だけでなく、小分けにされた色とりどりの「手作り冷凍弁当」が冷凍庫を埋めていく。レンジで温めるだけで、いつでも姉の味がする。それは、孤独なバリキャリの部屋に灯った、初めての家庭のぬくもりだった。


 それから亜希は、掃除機を取り出した。

 美希の部屋は一見片付いているが、隅の方には忙しさの残骸のような埃がたまっている。それを丁寧に取り除き、空気を入替える。


 ふと、デスクの上に置かれた「あの彼」と目が合った。

 例の、目力の強いイケメンのアクリルスタンド。美希の過酷な日常を、一番近くで見守ってきた存在だ。

 亜希は柔らかな布を手に取ると、彼の顔を優しく、丁寧に磨き上げた。


「美希のこと、支えてくれてありがとう。これからもよろしくね」


 少しだけ埃を被っていた彼が、照明を反射してキラリと輝きを取り戻す。まるで「任せておけ」と言われたような気がして、亜希は小さく微笑んだ。


 *


 一方、美希(外見は亜希)もまた、静まり返った亜希の家で「改革」を続けていた。


 子どもたちを寝かしつけた後、美希は亜希のクローゼットを開けて絶句した。そこにあるのは、どれも「汚れてもいい」「動きやすい」だけの、毛玉のついたスウェットや色あせた服ばかり。

(お姉ちゃん。あんた、自分のこと後回しにしすぎなのよ……)


 美希は亜希のスマホを借り、かつての自分の「審美眼」をフル稼働させてネットショッピングを始めた。

「動きやすくて、かつ、お姉ちゃんの顔色がパッと明るくなる上質な服。これなら学校の行事でも、修一さんの隣でも、一人の女性として胸を張れるはず」

 次々とカートに入れられる洗練されたブラウスや、顔映りの良いニット。


 さらに美希は、まだ閉まっていない近所のドラッグストアへと足を運んだ。いつも亜希が買っている大容量の安い化粧水ではなく、カウンセリングカウンターにある少し高価な化粧水と乳液、そして濃厚なナイトクリームを迷わず手に取る。


「お姉ちゃん、自分のことも大事にしてよね」


 レジに並ぶついでに、家事の合間に使える良い香りのハンドクリームもカゴに放り込んだ。ボロボロになった自分の手を労わることさえ忘れていた姉へ、美希からの精一杯の贈り物だった。


 帰宅後、洗面台の鏡に向かい、美希は「亜希の顔」に丁寧にそのクリームを塗り込んだ。

「見てなさいよ、修一さん。これからはお姉ちゃんをただの『家政婦』扱いなんてさせないんだから」

 美希は、行きつけの美容院の予約をねじ込み、さらに修一をリビングに呼び出すと、有無を言わせぬ筆致で「この日は俺が子どもを見る」という誓約書を書かせた。


 *


 夜、二人は示し合わせたわけでもないのに、同時にスマホを手に取っていた。


 お互いの部屋、お互いの匂い、お互いの苦悩。

 相手の人生を全身で引き受けてみた今、伝えたいことは山ほどあった。けれど、それをLIMEの無機質な文字に変換するのは、何かが違う気がした。


 画面上で、二人のメッセージがほぼ同時に重なる。


『……ねえ、美希。もう一度実家に行かない?』

『お姉ちゃん。実家で会える?』


 数秒の既読。

 ふふっ、と離れた場所にいる二人の笑い声が重なったような気がした。


『わかった。今週末に』


 短い返信を打った後、亜希は美希の部屋で、磨き上げられたアクリルスタンドの彼に「おやすみなさい」と告げた。

 一方、美希は、高級なクリームをたっぷり塗り込んだ自分の(お姉ちゃんの)手を、愛おしそうにそっと握りしめた。

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