プレゼン大会②
月曜日の朝、美希の会社。亜希(外見は美希)は、大手生活用品メーカーの新プロジェクト会議の壇上に立っていた。
議題は、新発売される「超時短・多機能オールインワン洗剤」のプロモーション戦略だ。亜希は、美希が用意してくれたプレゼン原稿をタブレットでなぞりながら、震える声で読み始めた。
「……ええと、本商品のターゲットは、仕事とプライベートを両立させる……アクティブな都会派女性です。デザインはミニマリズムを追求し、ランドリースペースを……スタイリッシュに彩ります……」
自信のなさが透けて見える。並み居る男性社員や役員たちは、退屈そうに資料をめくったり、欠伸を噛み殺したりしていた。亜希は焦った。美希のキャリアを傷つけてはいけない。そう思えば思うほど、言葉が上滑りしていく。
しかし、原稿の「家事の効率化」という文字を目にした瞬間、亜希の脳裏に、あの山のような洗濯物と、泥だらけで帰ってくる息子たちの姿が鮮烈に浮かんだ。
(……スタイリッシュ? 違う。そんなんじゃない。洗濯は、戦いなんだから)
亜希はふっと顔を上げ、原稿を見るのをやめた。
「……すみません、少し言い直させてください。この洗剤が必要なのは、『スタイリッシュに彩りたい人』ではありません。朝、子どもに牛乳をこぼされ、絶望しながら家を出る母親。夜、疲れ果てて帰宅し、洗濯機を回す気力すら残っていない父親。そんな、一分一秒を削って生きている人たちです」
言葉に熱が宿り始める。
「デザインなんて、二の次でいい。それよりも、キャップを計量しなくていいワンプッシュの精度を上げてください。濡れた手でも滑らないボトル形状にしてください。私たちは、洗濯機の前で悩む時間さえ惜しいんです」
会場の空気が、ピリリと変わった。
その時、最前列に座っていた年配の役員が、嫌味っぽく鼻で笑った。
「……熱弁は結構だが、君は独身で子どももいないだろう? 想像だけで語られても説得力に欠けるな。実生活で苦労したこともない君が、なぜそこまで『必死な親』の代弁ができるんだね?」
周囲に失笑が漏れる。それは、美希のこれまでのキャリアを「生活感のなさ」という一点で否定する卑劣な揶揄だった。
だが、亜希は怯まなかった。彼女は真っ直ぐに役員を見据え、凛とした声で言い放った。
「私には、三人の子どもを育てる姉がいます。彼女は、自分の時間をすべて家族に捧げ、名前ではなく『お母さん』として生きています。私はその手の荒れを、その睡眠不足の顔を見てきました。……独身だからわからない? いいえ、家族の痛みを自分のことのように感じるのに、結婚しているかどうかは関係ありません。プロの仕事とは、その『痛み』に誰よりも寄り添うことではないでしょうか」
静寂が会議室を支配した。
役員は毒気を抜かれたように口を突き出し、黙り込んだ。
「姉のような人たちが、一分でも長く子どもの寝顔を見ていられるように。そのために、この商品を届けたいんです」
亜希が深く頭を下げると、数秒の沈黙の後、隣にいた若村が弾かれたように立ち上がり、激しく拍手を送った。それに引きずられるように、一人、また一人と拍手の輪が広がっていく。
かつてないほどの大きな拍手の中で、亜希は美希の体を通し、生まれて初めて「自分自身の価値」を認められたような気がして、視界が熱く滲むのを必死でこらえていた。




