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プレゼン大会①

土曜日の朝。リビングに漂うのは、いつもの穏やかなパンの香りではなく、どこかピリついた軍事作戦前夜のような緊張感だった。


「おい、コーヒー。朝飯まだなのか?」


寝ぼけ眼で頭を掻きながら、修一がのそりと現れる。しかし、そこにいたのは、小言を言いながらも立ち働く「いつもの従順な妻」ではなかった。

ダイニングテーブルに陣取り、無機質なシルバーのノートPCを開いて指先を走らせる美希(外見は亜希)が、冷徹な視線をふっと上げた。


「そこに座って、修一さん。今から家族会議を始めます。議題は『我が家における年中無休24時間労働の可視化と、リソースの再分配』についてよ」

「は? なんだよ急に……。寝ぼけてんのか、亜希」


戸惑う修一を無視し、美希は鮮やかな手つきでスライドを起動させた。背後では、長男の晴樹たちが「何これ、かっこいい……」と目を輝かせて画面を覗き込んでいる。


スライド1:【現状の課題】

「現在、あなたの家事・育児貢献度は全体の3%。一方で、あなたの『可処分自由時間』は私の12倍。この異常なアンバランスは、家庭という組織の持続可能性を奪い、最終的には崩壊を招くリスクがあるわ」


「数字で出すなよ……」と絶句する修一に、美希は追い打ちをかける。


スライド2:【経済的損失】

「私の労働を時給換算した場合、月額にして約48万円。あなたの今の給料で、これら全てを外注できる? できないわよね。つまり、お姉ちゃん、じゃなかった、私はあなたに毎月50万近い『見えない寄付』を続けている慈愛の精神の塊なの。感謝が足りないわ」


「……っ、なんだそれ!」


喉を鳴らして絶句する夫を横目に、美希は流れるような動作でスライドを切り替えた。


スライド3:【次世代育成プログラムと報酬体系】

「今日から休日の洗濯と食器洗いは、あなたの完全担当。期限は21時厳守よ。未達成の場合は、ペナルティとして翌月の『自由時間(飲み会)』を凍結します。それから、男子も家事をするのが令和のスタンダード。次代を担う子どもたちのために、あなたが最高のロールモデルにならなくてどうするの?」


「……っ!!」


修一が言葉を失う中、美希はダイニングの端で様子を伺っていた子どもたちに、射抜くような、けれど力強い視線を向けた。


「さあ、ここからはあなたたちの出番よ。これは『お手伝い』じゃない。家族というチームを支えるための『ミッション』です」


画面に映し出されたのは、子どもたちの名前が入った具体的なタスク表だった。


はるき: おふろそうじ、せんたくものをたたむ、かたづける(一回100円)


みつき・ともき: げんかんの くつならべ、にわの くさぬき、やすみのひは、ごはんのじゅんび (たまねぎの かわむき など)(とくべつなおかし)


「えっ、100円!? 一回やるだけで!?」

晴樹が身を乗り出す。


「そうよ。ただし、仕事はプロとして完璧にこなすこと。晴樹、その100円をどう使う? 欲しいものがあれば、それはいくらするのか、そのためには月に何度ミッションをこなせばいいのか、後で一緒に計算しましょう。ついでに『投資』についても教えてあげるわ。資産形成は早いうちから始めるのが鉄則よ」


「……すげえ、なんか大人みたいだ!」

晴樹は「ほしいゲームへの最短ルート」を頭の中で弾き始めた。一方、次男と三男は「たまねぎ!」「おかし!」と、ミッションの内容は二の次で、目の前にぶら下げられた報酬(と、いつもと違う母の迫力)に興奮して拳を突き上げている。


「おいおい、なんなんだよ! 亜希、お前本当におかしくなったんじゃないか!?」


ようやく絞り出した修一の反論も、今の美希にはそよ風程度にしか感じられない。


「いいえ、目が覚めたの。……さあ、ここにサインして。これは家庭という共同体を維持するための『契約』よ」


「そんな、だってお前は専業主婦だろう?! 時間があるんだから、家のことくらい全部やれるだろう!?俺が稼いでるんだぞ!!」


修一が顔を真っ赤にして、反論した。それは、これまで何度も亜希を黙らせてきた「正論」のつもりだった。しかし、目の前の女——外見は妻だが中身は百戦錬磨の妹——は、鼻で笑うことさえせず、ただ怜悧な視線を修一に突き刺した。


「『専業主婦』という肩書きは、24時間365日、無報酬で酷使していい免罪符じゃない。あなたは会社で、自分より年収が高い相手にだけ敬意を払うの? なら、私という『月額50万相当の労働力』をタダで提供している人間に、それ相応のリスペクトを払えないのはビジネスマンとして三流ね」


「な、なんだと……!」


「いい、修一さん。あなたのその思考、今の時代では立派なリスクなの。会社で部下に同じこと言ったら一発でコンプライアンス違反よ。外で言えないことを、一番大切にすべき家族にぶつけるなんて、恥ずかしいと思わない?」


美希はスライドのレーザーポインターを、修一の胸元にぴたりと止めた。


「……時代遅れの化石のまま、家族に見捨てられて不名誉な絶滅を迎えたい? それとも、自分の非を認めてアップデートし、息子たちに尊敬される背中を見せたい? 選ぶのは、今この瞬間よ」


修一の額から、大粒の汗が垂れた。

いつもなら「まあまあ」と笑って流してくれたはずの妻の瞳には、今や慈悲の欠片もない。ただ、自分を「一人の人間」として対等に扱えという、絶対的な意志だけが宿っている。


「……っ、わ、わかった。サインすればいいんだろ、サインすれば!」


修一は、追い詰められた敗残兵のような手つきでペンを走らせた。その様子を、晴樹が「パパがママに負けた……」と驚きと少しの羨望を込めた目で見つめている。


「賢明な判断ね。……さあ、晴樹たち。パパが食器を洗う間に、私たちはミーティングをしましょうか」


バリキャリの妹が仕掛けた「家庭内構造改革」。その第一歩は、驚くほど鮮やかに、そして容赦なく踏み出されたのだった。

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