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9 憩いの場は、戦場に

 赤羽が低く唸りを上げ、カフェの店内を飲み込むような熱の渦が放たれた。


「消えろ! 御影大輔ェ!!」


 日向さんが声にならない悲鳴を上げ、客たちが逃げ惑う。


 だが、俺の視界は驚くほどはっきりとしていた。


 赤羽の指先に、オレンジ色の光が灯る。

 そしてその光が、こちらに向かう。


『炎の周りの空気を薄めろ』

 ノクスの声がした。


 俺は火の玉を狙い、空気を引き延ばした。


 火の玉が、一瞬で消える。


「は?」


 赤羽の口から気の抜けた声が漏れた。


 よし。


 ノクスは続けて指示を出した。

『次はあいつの指先を狙え。ミスして窒息させるなよ。犯罪になるから』

 どこか楽しんでいるような声だった。


 俺は小さく頷き、赤羽の指先を狙う。


 空気を薄く延ばすように。


「っ!? なんで、火が点かない!?」

 赤羽は目を見開き、自分の手を見つめた。


「……クソ」


 赤羽は投げやり気味に、腕を大きく振り上げた。


『あの腕を固定しろ。空気の壁を作るんだ。白金相手にやったのと同じだ』


 俺は言われるがままに、赤羽の腕の“空間”を固定した。


「は!? なんで、動かないッ……」

 赤羽の全身に汗が滲んでいるように見えた。


 俺は赤羽を睨みつける。


「赤羽サン。この前の戦闘のとき、俺に何した? あの時、あんたにやられて1回倒れたじゃん。……実は記憶がなくなっててさ」


 赤羽は身動きが取れないまま、俺を睨み返した。


「――お前をあの場で」


 その時。


「今すぐやめろ!! 赤羽順、御影大輔!!」

 男の人の野太い叫び声が切り込んできた。


 模擬戦闘の担当の教師だった。


「げ……佐野先生……」

 赤羽が小声を漏らし、俺は思わず赤羽の拘束を解いた。


 佐野先生はまず赤羽の方へ詰め寄った。


「不許可での学外戦闘は大問題だぞ。しかも一般人に迷惑が掛かってるじゃないか!」


「あえ、その……」

 赤羽は口ごもっていた。


「最初に言うべきことがあるだろ!」

「ケガはしてません!」

「そうか! 良かった! じゃねえわ。まずは謝罪しろやボケェ!」


 赤羽と佐野先生のやり取りを横目に、俺はカフェから離れようとした。


「御影も同罪だぞ」


 佐野先生の冷たい声が降りかかる。


「うそ。最初に手を出したの、赤羽さんですけど。俺は正当防衛です」

 俺は思わず言った。


「俺に口答えするなんて、御影も随分生意気になったんだな」


 俺の背中がぞくりと冷えた。


 佐野先生は、俺たちを見て叫んだ。

「お前ら、公共の場での私闘は、どんな理由があっても禁止されている! 二人とも、今週中に800文字以上の反省文を提出すること。あと、ネイビー寮とグレー寮にも連帯責任を課す!」


 終わった。


 俺はちらりと赤羽を見た。


 赤羽は眉を寄せて、項垂れていた。


「……どうすれば、御影大輔を、潰せる……?」

 その小声が、なぜかはっきりと俺の耳に届いた。




 その後、俺と日向さんは、気まずい空気の中で一杯いただいた。


「……ごめん」

「いや。御影くん、貰い事故だよね」


「次は、普通に過ごせるといいな。なんか呪文みたいなやつ飲みたいし、おすすめ教えてよ」

 俺は日向さんに笑いかけた。

 頭の片隅に“反省文”というワードが付きまとい、ぬるくなったコーヒーの苦みが一層引き立った。


「っ、次……!?」

 日向さんのパフェをかきこむ手が止まった。





 寮の共用ロビーに入った瞬間、亮平が俺の元に駆けこんできた。

「大ちゃん、大丈夫だったか!?」


 亮平は全身汗だくで、呼吸が荒かった。


「ああうん。っていうか亮平、どうしたん? なんか疲れて――」


「大ちゃんが学外乱闘始めるから、俺たち腕立て200回の刑だったんだよ!」


 ああ。

 連帯責任って、そういう……。


「ごめん」

 俺は顔の前で手を合わせた。


 俺はその足で自分の部屋に向かおうとした。

 が、誰かに腕を引き留められた。


「御影くん。君もここで腕立て200回だ」

 ガタイのいい先輩が、俺を見て微笑んでいた。


「ッ……」


 俺はその場で腕立てを始めた。

「1、2、……」


『姿勢が甘いぞ。身体が一直線になるまで落とせ。効率的に負荷を掛けろ』

 ノクスは笑い交じりに言った。


「ふざけんな、お前も、共犯だろ」

 床に汗が降っていた。


 共用スペースでは、他の人たちの苦しげな掛け声があちこちで響いている。


 その横の廊下を、ブラウン寮の藤原先輩や、白金さんたちが涼しい顔で素通りしていく。


 俺は白金さんの横顔をちらりと見た。

 白金さんは、一度もこちらを振り向かなかった。



「っ、199、200。ああああああ!」

 俺はそのままうつ伏せで倒れ込んだ。


 しばらくそのまま伸びていると、隣で同じように倒れている男がいた。


 赤羽だった。


「……おい、赤羽。次は、カフェじゃなくて、学内でやろうな」


 しばらく返事がなかった。


 俺はため息を吐いて立ち上がると、赤羽の口から声が漏れた。


「……っ、消してやる。お前を、絶対に。御影大輔……!」


 俺は赤羽を一瞥して、共用スペースから出た。


 初めてのデートも、学外バトルも、コスパ最悪の結果を持ち帰った。


 だが、自分の部屋の前に立った時。


 なんだか、今朝よりも、数倍自分が強くなったような。

 そんな感覚があった。





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