6 最強の証明
「対戦相手。亮平と……白金さんかよ」
俺の口から気の抜けた声が漏れる。
亮平は気まずそうに鼻を擦った後、少し照れくさそうに笑っていた。
一方で白金さんは、わずかな隙も逃さないような視線でこちらを射抜いている。
亮平は、一瞬で獲物を狩る目つきに変わった。
「悪いけど、今日は本気モードな」
俺の心臓が高鳴っていた。
「こちらこそ!」
表情筋を上げ過ぎて、頬が痛んだ。
沈黙。
心臓の音がバクバクと全身で鳴り続ける。
そして――
「模擬戦闘開始!」
教師の鋭い声が響いた。
始まった。
直後、亮平は腕を前に突き出す。
「行かせてもらうぞ! 水砲!」
亮平の腕の先から、大量の水が噴射される。
その狙いは、俺ではなく、日向さん。
読み通りだった。
だが、日向さんは、そこから逃げて、俺を追いかけ始める。
「やっぱ、怖いよ~!」
……まじか。
二人まとめてやるつもりが、こっちが二人まとめてやられちゃうじゃん。
しかしその直後。
「ああああ!」
日向さんの叫び声。
日向さんの足元から影が伸びていた。
その影は触手のように日向さんの足首を捉え、彼女を地べたへと引き摺り下ろす。
そしてそこを狙って。
「まずは1ポイントもらい――」
亮平の水砲が再び、日向さんを狙う。
俺は悟った。
あ。
二人とも、遠距離攻撃かよ。
まとめて叩くの、無理じゃん。
その時、
『水の周りの空気をとにかく引き伸ばせ』
は?
言われた通りにやるしかなかった。
亮平が出した水の周りを狙い、引き伸ばすイメージ。
グッと、力を込める。
すると――。
水が、一気に蒸発した。
視界がぼやける。
亮平が放ったはずの“水砲”は、俺に届く前に虚空へ消えた。
「は? 水が……消された?」
亮平が放心したような声で言う。
『隙ができたぞ。今度はその“水蒸気”を一気に冷やして――』
俺はまっすぐ亮平を見据える。
『氷で川瀬亮平を、叩け』
ノクスの声は低くて冷静だった。
俺は大きく腕を振り上げる。
「日向さん、そのまま目ぇつぶってて!」
俺の腕の動きが合図のように、水蒸気が次の瞬間には姿を変えた。
キラキラと光る、光の粒だ。
俺は腕を振り下ろした。
無数の粒は、弾丸のように亮平と白金さんへ降り注ぐ。
白金さんは、とっさに日向さんの拘束を解き、影を自分の盾にして防いだ。
「いててててててて、もうちょっと手加減して! 大ちゃん!」
亮平の叫び声がバトルホールに響いた。
やがて亮平が白旗を上げる。
「グレー、川瀬亮平、敗退」
教師の掛け声とともに、亮平は退場した。
「……やっぱ大ちゃん、強いわ」
すれ違いざまに、亮平は笑いながらぽつりと言い残した。
――よし。2対1に持ち込んだ。
俺はちらりと日向さんを見て、微笑み合った。
そして白金さんを見る。
白金さんのジト目が、かつてないほどに険しくなっていた。
次は、白金さんを――
その瞬間、脳裏に文字列が蘇る。
この身体の主――かつての御影が書いた、角ばって整った黒い文字。
“光里は俺が止める。“
俺は足を踏み出せずに、その場に留まる。
『御影?』
ノクスの声で、俺はぱっと前を見た。
白金さんの周囲に、無数の光の矢が生成される。
その光は、俺の視界を灼くように、こちらに向かってくる。
白金さん、馬鹿みたいにパワーで押し切るタイプかよ。
俺ははっとして日向さんを振り返った。
「日向さん、俺の肩を掴んでて! 絶対に離すなよ!」
「う、うん! わかった!」
日向さんの手が俺のミリタリージャケットをぎゅっと掴む。
ノクス、あの光をどうにかできるのか!?
『光は媒体を直進する。……なら、その媒体――空気そのものを歪めてやればいい』
俺の指先が、無意識に複雑な軌道を描く。
俺の魔力が、かつてない密度で空気を練り上げているのがわかった。
白金さんが光の矢を一斉に放つ。
だが。
「……え?」
白金さんの漏らした声。
放たれた光の矢は、俺の数センチ手前で、まるで目に見えない壁に当たったかのように屈折し、あらぬ方向の地面へと突き刺さった。
空気を極限まで圧縮し、密度を変えることで“空気のレンズ”を作り出したのだ。
「……光は、どこまでも進むわけじゃないんだぜ。白金さん」
『次は攻撃だ。……白金を、固定しろ』
ノクスに導かれるように、俺は白金さんの周囲に風の檻を展開する。
身体の芯に、一瞬ずしりと抵抗を感じた。
「っ……」
俺は思わず呻き声を上げると、次の瞬間、肩がじわりと温かくなった。
「御影くん。パワー、送るから……!」
日向さんの声がした。
その直後、俺の肩から心臓へ向かって、何か熱いエネルギーの潮流が流れ込む。
エナジードリンクを一気飲みした後のような、爽快感と万能感。
「サンキュー、日向さん」
俺は呟いて、改めて白金さんの周りに “風”の魔力を包囲した。
それは吹き飛ばすための風じゃない。一ミリも空気が動かない、真空に近い“空間の固定”だった。
「っ、身体が……動か、ない……!?」
白金さんの動きが止まる。
そして俺はその風の檻の形を操り、彼女の首筋に“風の刃”を突きつけた。
「……詰めが甘いのは、どっちだったかな」
今朝の、仕返しだ。
白金さんはしばらく歯をぎりぎりと鳴らし、がくりと肩を落とす。
そして、白金さんは、白旗を立てた。
教師の笛が鳴り響く。
「ネイビー、白金光里、敗退」
沈黙。
「勝者! 御影・日向ペア!」
その瞬間、風の檻が解け、白金さんはその場に崩れ落ちた。
激しく肩で息をする彼女を、俺は見下ろす。
俺たちは、歓声混じりのざわめきに包まれた。
「あの日向とペアなのに、勝っただと!?」
「しかも白金さん相手に」
「御影やばすぎ!」
この前と同じ、俺を称賛する声。
あの時は訳が分からなかったが。
今はなんだか、満足感と、達成感に包まれていた。
『よくやった、御影』
ノクスが、満足そうに低く笑った。
俺は白金さんの元に寄った。
白金さんは、地面に手をついたまま立ち上がれないでいた。銀色の髪は乱れ、顔から影を落として瞳が揺れている。
「なんで、いつも。……いつも、御影くんに邪魔されるの」
白金さんの唇が震えた。
「今朝も、早起きして、練習したのに」
白金さんの目の端が潤んでいた。
俺は白金さんの横に屈みこむ。
「ね、白金さん」
声を掛けると、白金さんはびくりと肩を跳ねさせた。
だが、顔はこちらを向いていない。
「……笑いに来たわけ? また、詰めが甘いって……」
棘のある声。
地面を睨みつける白金さんの顔は、悔しさと情けなさに染まっている。
その横顔が。
かつての自分――相模大輔と重なった。
「別に、笑いに来たわけじゃない。たださ、あんた、効率悪すぎ」
俺は思わず言った。
白金さんの目が大きく開き、顔がこちらを向く。
「なに、それ」
「早起きして練習したって言うけど。それ、“出力を上げる”とか、“安定して光を出す”とか、そんなことばっかりやってたんじゃないの?」
「っ!」
まるで図星と言わんばかりに、白金さんは唇をぎゅっと閉ざした。
「それ、筋肉バカが素振りを1000回やるのと変わんないって。もっとさ、戦術とか……パワーじゃなくて、効率的に戦うことに目を向けてみたら?」
俺はただ、白金さんがこれ以上無駄な努力で泣かなくて済むように、助言したつもりだった。
しかし。
「努力しなくても強くいられる“天才”に、何がわかるわけ?」
白金さんは地面を叩いて立ち上がった。
その瞳には、さっきまでの絶望とは違い、もっと暗くて熱いものが宿っていた。
「私は、明日も、明後日も、練習する。絶対に、強くなる。それで……あんたを引き摺り下ろす!」
白金さんは俺の横を、肩を掠めて通り過ぎて行った。
――あれ。
俺、もしかして、嫌われた?
『お前の言うことは正しい。気にするな』
ノクスの冷たい声が、いつもよりも大きく頭に響いた。




