5 最強の演出
この日は朝から模擬戦闘の授業だった。
俺たちはバトルホールに集められる。
「今日は男女ペアのダブルスだぞ!」
仏頂面の教師が威勢よく叫んだ。
その教師はメガネのようなものを操作しながら、ペアになる組み合わせを次々と読み上げていく。
俺は自分の名前が呼ばれないと考えているうちに、ぼんやりと遠くの壁を眺めていた。
右頬がひりついて、思わず手でさする。
『ごめん』
突然、ノクスの声がした。
「やっぱりあの時の稲妻、お前かよ。地味に痛いんだ、勘弁してくれ」
『俺も必死だったんだよ』
ノクスがぽつりと寂しそうに言ったので、俺は何も言い返せなかった。
右頬のひりつきが一層強くなった気がした。
「御影大輔!」
教師が大声で俺を呼ぶ。
俺はびくりと背中を反らせて声の方を向いた。
「あ! はい!」
「1回で反応しろ! ぼーっとしてんじゃねえぞ」
俺、呼ばれてた?
俺は教師に促されたところに行く。
アッシュブラウンのショートボブの小柄な女子が待機していた。
この子が今回のペア、なのだろう。
「えっと、名前、は?」
俺が尋ねると、その女子は怯えたような顔で俺を見た。
「え……あの、私、日向ひまり、です。……私のこと、知らないんですね……」
日向さんはなぜかほっとした表情になっていた。
近くからひそひそと男子の声が聞こえた。
「今日は日向、御影とペアか。御影も気の毒だな」
「あの御影がついに負けるか?」
「疫病神はずっと御影とペアでいてほしいな、あはは」
俺はその声を聞き流して、ちらりと目線だけ日向さんを見る。
日向さんは、俯きながら小刻みに肩を震わせていた。
この子、弱いの?
……いや、この見た目で強い方がおかしくない?
俺はいつの間にか日向さんをガン見していた。
日向さんは俺の視線に気づいたらしく、ちらりと俺の方を見上げた。
そして、日向さんは小声で言った。
「ごめんなさい。私なんかとペアになって。御影くんの足、引っ張っちゃう」
俺は首を傾げて尋ねた。
「日向さん、何もできないわけじゃないでしょ」
日向さんは目を丸くして俺をしばらく見た。
そして、指先を俺の顔に差し出し、目を伏せる。
一瞬、ひりついていた俺の右頬が温かくなる。
その直後、頬の痛みが引いた。
日向さんは目を開けて、手を降ろした。
「……これくらいしか、できなくて」
俺はしばらく日向さんを見つめていた。
何が起こったのか理解するのに、時間が掛かった。
「ありがとう。痛み引いたわ、マジで助かる」
俺は頬のひりつきというデバフから解放され、つい口角が上を向いた。
日向さんは、まだ不安げに俺を見ていた。
「模擬戦闘、開始」
教師の合図とともに、最初の組の模擬戦闘が始まった。
俺たちの出番は、まだのようだ。
「……てか、俺の対戦相手、聞きそびれたな」
――日向さんの治癒魔術に、見とれてたせいで。
治癒魔術って、めちゃくちゃ強いじゃん。
仕事も引っ張りだこだろうし。
『治癒魔術は……魔術公安では、需要が少ないのが現実。医療系であれば、確かに引く手あまたなんだけど』
ノクスの声が聞こえる。
『それに、学業成績において、模擬戦闘の戦績が占めるウエイトは特に高い。トップを狙う層にとっては、模擬戦闘で足を引っ張られるのはたまったもんじゃないんだ』
俺は瞬きをしながら黙って聞いていた。
『彼女は、戦闘能力が学年の中でも最下位。勝率ゼロ。ダブルスにおいても同じ』
ノクスの声は淡々としていた。
俺は少し苛立ってきて、口の前で指を組んで、フゥーっと荒い息を吐いた。
一瞬の間の後、ノクスは続けた。
『でも。今日のお前なら、勝てる。それくらい、お前は強い』
その声が聞こえた直後、背中を押すような風が吹いた。
俺はちらりと日向さんの横顔を見た。
日向さんは戦闘に見入っているようだったが、その目の光を失っているように見えた。
「……日向さん」
俺は小声で呼びかけると、日向さんは口を半開きにして振り向いた。
「……ちょっと、作戦会議、しよ?」
日向さんは遠慮がちに頷いた。
俺は日向さんと向かい合って、話を始める。
「まずさ。俺は二人分の戦力がある」
……俺と、ノクスで。
「さすが学年最強」
日向さんは視線を落としたまま、ぽつりと答えた。
「今回はダブルス。2対2のセオリー的な戦い方は……」
『最初に一人を集中的に叩き、2対1に持ち込むこと』
ノクスの声に、俺は頷く。
「相手は、最初に二人がかりで日向さんを狙ってくると思う」
「……分かってる。いつも、そうだから」
日向さんの声が一段と低くなる。
俺はきゅっと胸が締め付けられた。
「日向さんが狙われたところを、俺がまとめて相手二人潰す」
「ええ!?」
日向さんは肩を強張らせた。
俺は日向さんに一歩近づき、続ける。
「日向さんがやるべきことは、とにかく“負けない”こと。自分を回復し続けて、やられないで耐えてほしい。そしたら、俺が敵をぶっ潰すから」
日向さんは肩の力が抜けたのか、だらりと両腕を垂らした。
「“私自身を回復しろ”って、初めて言われたかも。……今までは、“せめてヒーラーとして、アタッカーをサポートしろ”って言われてばかりだったから」
日向さんは、やっと笑った。
俺もつられて口角が上がる。
「……もし勝てたら。御影くんに、なにかお礼するね」
日向さんは、目を伏せて控えめに笑っていた。
「御影、日向!」
教師の大声が聞こえ、俺たちはぱっと立ち上がる。
「じゃ、やっちゃいましょうか」
俺は腕をまくり、手首を鳴らした。
『お前のやりたいように、やれ』
ノクスの声が少し明るく感じた。
俺と日向さんは、バトルステージの定位置につき、横に並ぶ。
向かいに居たのは――
亮平と、白金さんだった。




