4 初めての実戦
翌日、朝6時。
俺は、ベッドの上――ではなく、コンビニにいた。
眠れなかったのだ。
俺は昨晩、ベッドに入ってから、何度も夢でないことを確かめた。
頬をつねり、痛みを感じた。
デスクの上に“触媒”があることを確かめた。
半袖と下着で過ごすのは肌寒かった。
でも、全部夢じゃなかった。
そして眠れないまま、いつの間にか早朝になり。
ふらりと寮を出て、コンビニに寄った。
外は既に明るかった。
入店してそのまま、目がチカチカするような雑誌コーナーに吸い寄せられる。
俺は雑誌棚の前で立ち止まり、迷わず少年誌を取った。
パラパラとページをめくる。
知らないタイトルだらけ。
なぜか不安になってきた。
『魔術の勉強でもしてるのか?』
「おわっ」
突然のノクスの声に驚き、俺は雑誌を棚に戻した。
『探したぞ、御影』
「はいはい、おはようノクス」
俺は小さく呟く。
ふと視界の端に、水着姿の女性の写真が表紙を飾った雑誌が目に入る。
俺はキョロキョロと周りを見て、そっとその雑誌を手に取った。
水着姿の女性の写真。
ページをめくると、いかがわしい内容の漫画が掲載されていた。
白黒なのに、やたら生々しい人の身体が描写されている。
俺の全身に、勢いよく血が巡る。
『……そこに、魔術のためになるようなことは書いてないぞ』
「うるせー! 今の俺に必要なのは、メンタルケアだ。コスパを上げるのに必要なんだよ!」
俺は鼻の穴を広げて息を深く吸い込み、雑誌の隅から隅まで読み込むように目を凝らした。
もうちょっとで、この人達……!
『後ろを見ろ』
「無理!」
『万引き犯がいる』
俺の目の力が一瞬緩む。
「……でも無理」
『ここで万引き犯を捕まえれば、学校で表彰される。成績も上がる』
ノクスの声は右から左へと流れ、俺の雑誌のページをめくる手は止まらない。
しかし、2秒ほどしたところで、俺はハッとした。
「……表彰? 成績?」
なぜか手元の雑誌を棚に戻していた。
俺の意思なのか、それとも――。
「万引き犯、どこ?」
『ちょうど外に出た、グレーのパーカーの男』
俺の目はターゲットを捉えた。
その男はコンビニから出て行ったところだった。
少し早足で歩き、不自然なくらいにキョロキョロと周りを見ている。
俺はそいつを追いかける。
その直後、その男をもう一人の女子生徒が追いかけた。
銀髪のストレートヘアに、華奢な後ろ姿。
白金さんだった。
――俺が、先に捕まえる……!
必死に腕を振る。
まだ白金さんが先にいる。
「ノクス!」
俺は叫んだ。
その瞬間。
一瞬の轟音。
俺の右頬を、眩しい一筋の青白い光が掠る。
その光は、稲妻のように――
俺の背後から、ターゲットの脇腹を直撃した。
グレーのパーカーの男は、その場に蹲った。
「何だ今の!?」
まさか……ノクスか?
『トドメだ。あの男を狙って、指先に力を籠めろ!』
ノクスの力強い声が響く。
俺は訳も分からないまま、指先を伸ばして男に向けた。
力を、籠める。
そして。
空気が張り付くように、俺に従った。
見えない何かが、腕から解き放たれる。
昨日の、アレと同じだ。
“一方的な支配”のような感覚。
だが、昨日よりも――
昨日よりもずっと、強かった。
すさまじい風が、男のパーカーを起こし、そのまま男を吹き飛ばす。
男の鈍い叫び声が響く。
『いいぞ、御影』
ノクスは朗らかに笑っているようだった。
俺自身はその光景を、ぼんやりと見ていることしかできなかった。
やがて嵐のような風が止み、男がその場に落ちる。
俺はその場に立ち尽くして、地面に転がる男を見つめた。
しばらくすると、男の近くで跪いていた白金さんが徐に立ち上がる。
白金さんは、怪訝そうに俺を見ていた。
数秒後、俺から目を逸らして男に近づき、拘束した。
「御影くん」
白金さんは男の手首を縛りながら、俺には目をくれずに言う。
「ターゲットの身体拘束までが、確保だよ。……詰めが、甘すぎる」
ジト目がこちらを向いて、ほんの少し目尻が下がった。
「……御影くんらしくないね」
登校するとすぐに、学年朝礼で俺たち1年生はホールに集められた。
ステージの上で、表彰されていた。
白金さんが。
「1年、白金光里殿。貴殿は本日未明、魔術犯罪の現場において、迅速かつ的確な……」
学長が感謝状を読み上げている。
俺はその後ろ姿をステージの下で眺めながら、歯を食いしばった。
――あそこにいたのは、俺のはずなのに。
あの万引き犯をぶっ飛ばしたのは、俺なのに……。
だらりと落ちた握りこぶしが、ぶるぶると震えていた。
『なんだ、悔しいのか?』
煽るようなノクスの声がした。
「悔しいに、決まってんだろ」
『お前がエロ本を棚に戻すのがあと2秒早ければ、お前があそこに立ってたんだけど』
俺は舌打ちした。
教室に戻り、俺は自分の席に座ろうとした時、目の前に白金さんが来た。
少し上目遣いでこちらを睨み付け、白金さんは尋ねる。
「……御影くん、朝コンビニにいたよね? 何してたの?」
俺の心臓がどくんと跳ね、ごくりと唾を飲んだ。
痛いくらいに口角を上げて、低い声で答える。
「……人生の、コスパについて考えてた」




