3 俺は、誰なんですか?
俺は『グレー寮』の長くて洗練された灰色の廊下を抜け、角部屋に向かった。
そして、ドアの前で立ち止まる。
『ここが御影……、お前の部屋』
ノクスの声がした。
俺は制服のポケットとリュックを探った。
しかし、目当てのものが見当たらない。
「カギはどこだよ……」
心拍数が上がる。
ここに来てホームレスになるかもしれない、だと?
『お前の首に下がってる、それ』
ノクスの声が聞こえて、俺は首元を触った。
何かがぶら下がり、制服の下に隠れている。
それを取り出すと、白い石のようなものが付いたペンダントが出てきた。
「……これ?」
『そう、それ』
俺は黙ってペンダントの石をドアノブの上にかざす。
カチャ、と音がした。
ドアノブを下げてゆっくり引くと、ドアが開いた。
恐る恐る部屋に入る。
不法侵入しているようで、あまり心地よくない。
短い廊下を抜けて、8畳くらいのリビングに出た。
そこは白い壁とフローリングの、小奇麗な部屋だった。
真ん中には白くて丸いローテーブルが置かれている。
向こうの窓際に白いベッドと、その横にグレーの作業デスクがぴたりと付けられている。
そして、本棚1、本棚2、本棚3。
反対側に、本棚4。
この部屋の半分は、本棚だった。
「……御影というやつは、本の虫だったのか?」
――それとも、友達が少なかったのだろうか?
ノクスの返事はなかった。
俺はとりあえず、手前のウォークインクローゼットを開けてみる。
黒い半袖Tシャツが5枚。
下着。
以上。
……裸族?
俺は啞然として、クローゼットをそっと閉じた。
大きくため息を吐いて、部屋の奥へと進む。
本棚に並ぶ本は、マンガや雑誌は1冊もなかった。
小説や自己啓発書すらなかった。
全部、学術書だ。
軽く頭痛がした。
ベッドからは、なぜか石鹼のようないい匂いがした。
そして一番気になるのが――
この、グレーのデスク。
机の上はまっさらな状態だった。
端の方に使いかけの消しゴムが1個、ちょこんと、丁寧に置かれている。
それ以外は、不自然なくらいに整頓されていた。
だがなぜか、そのデスクの中に、大事なものが詰め込まれているような予感がする。
ごくりと唾を飲んで、引き出しに手を掛ける。
ガラリ、と引き出しを開けると、
「おわっ……ノート!?」
中に、シワがついて表紙がくすんだノートが入っていた。
ぎゅうぎゅうように重ねられて、何冊も。
一番上の、青い表紙のノートを手に取る。
なぜか指先が震える。
表紙を開いた。
1ページ目には、黒い文字がぎっしりと詰まっていた。
日記のようだ。
――勝手に読むの、申し訳ないな。
だが、罪悪感よりも、好奇心が勝った。
角ばって整った文字を、目で追いかける。
“今日の光里は2勝1敗。
これで1Q通算は15ポイント。
光里は俺が止める。“
光里って、人の名前か?
ページを捲ると、ノートから何かが抜け落ちた。
足元には、誰かの履歴書のような紙が1枚。
それを片手で拾い上げる。
顔写真の隣に書かれた、『白金光里』の名前。
顔写真を見ると、
さっきの模擬戦闘後に話しかけてきた、銀髪の少女だった。
あ。確かにあの人、白金光里って名乗ってた気がする。
そして白金さんはあの時――
俺のこと、おかしいって言っていた。
でも、彼女は、御影にとって何なんだ?
“光里は俺が止める”って、どういう意味?
気づくと、額に汗が滲んでいた。
ページを捲ろうとする指が、固まったまま動かなかった。
なぜか動悸が邪魔をして、ノートのそれ以上先が見られなかった。
俺はノートを閉じて引き出しにしまい込んだ。
俺は深呼吸をして、次に目に入った袖机の一番大きな引き出しを引く。
ガラン、と重くて硬い音がした。
中を覗くと、ここにも分厚いノートが入っていた。
だが、こっちのノートは乱雑に詰め込まれ、折れ曲がっていた。
そのノートを避けると、引き出しの底には。
大きな黒い石のようなものが付いたペンダントが、眠っていた。
――この部屋のカギだった、アレと似ている。
『なんで……』
ノクスの声が聞こえた。
そしてその声は、震えているようだった。
『……かげ』
俺は黒い石のペンダントを持ち上げる。
石が大きいせいか、ずしりと重さを感じた。
そして、黒い石を見つめる。
それは一切の光を反射せず、俺の視線どころか、意識まで吸い込まれるような――
深い、漆黒だった。
『御影大輔』
ノクスの鋭い声に、俺ははっとして顔を上げる。
『その黒い石も、肌身離さず持ち歩いてくれ』
ノクスはわずかに早口で言った。
「んえ?」
俺は再び黒い石を見た。
「……これも首に提げろと? 肩凝りそうで嫌なんだけど」
『その必要はない。お前の胸に近い場所……そうだな、制服の胸ポケットにでも入れててほしい』
「なんで?」
『それは強力な魔力放出の触媒なんだ』
「……触媒?」
『少ないエネルギーで魔力を最大限に作り出すことができる。増幅器のようなものだ』
「じゃあ、これがあれば俺はもっと強くなれるのか」
『その通り』
俺は黒い“触媒”を慎重にデスクの上に置いた。
ゴトン、と鈍い音がして、闇を放った石が横たわる。
その“触媒”は、まるで深い眠りについているようだった。
これを付ければ、もっと強くなる、のか……?
俺は“触媒”に半信半疑の目を向けた。
そして再び意識がそれに吸い込まれそうになった時、ふと疑問が浮かんだ。
――なんで御影大輔は、これを机の奥に封印してたんだ?
一瞬、全身に鳥肌が立った。
理由は分からなかった。
『俺は持ち場に戻る』
突然、ノクスの声が響く。
「持ち場?」
俺は誰もいない背後を振り返った。
『さすがに、お前のプライベートにまで干渉する気はない』
ああ、夜はノクスに“監視”されないのか。
俺はそれに気づいて、ほっと一息吐いた。
『じゃあ、明日の朝6時に、また』
――朝、6時?
「早すぎん?」
俺は思わず叫んだ。
『俺が強制的に起こすから、アラームかけ忘れても心配しなくていいぞ』
ノクスは軽やかな声で言った。
『じゃあ、おやすみ。御影大輔』
俺は黙っていた。
その直後、なんとなく“気配”が消えるのを感じた。
「……シャワー、浴びるか」
俺はクローゼットを開ける。
Tシャツと下着が数枚だけの広い空間が見える。
俺はため息を吐いた。
しばらく、その空間に落ちる俺の影を見つめていた。




