20 偵察という名のひと休み
午後5時前。
まだ日が沈む気配を見せず、空は明るい。
俺は約束の場所へと向かっていた。
大通りの一本脇の道に入って、まっすぐ進む。
『Pausa』の看板が見えてきた。
ログハウス風の、小さめな建物。
その入口の近くに――
相馬さんが、立っていた。
実習帰りでそのまま来たのか、いつもの制服姿だった。
俺の心臓が一段とうるさくなり、早足で進む。
相馬さんは、仮想画面を出して何かを見ている。
まだ俺に気付いてなさそうだった。
「相馬さん!」
俺は思わず叫んだ。
相馬さんはビクっとした後、長い髪を揺らしてこちらを振り返った。
そして俺を見た瞬間に、にこりと笑った。
「お待たせして、すみません」
「大丈夫だよ。それじゃあ『偵察』、行こっか」
「はい」
相馬さんは俺の一歩前を進んだ。
入口のドアを開けると、高いベルの音とともに、「いらっしゃいませ~」と年配の女性の穏やかな声が聞こえた。
「二人です」
相馬さんが答える。
「こちらの席へどうぞ~」
マスターらしきおばさんは、俺たちを窓側の席に案内しながら、ぱっと目を開いた。
「おや、その制服……魔術公安高校の子たちじゃない。スコーン持ってくるから待っててね。あ! メニュー見てて!」
マスターのおばさんはバタバタと厨房の方へと駆け出していった。
俺たちは席に座り、メニューを取った。
「ほんとだ。『コーヒーのお任せブレンドやってます』って書いてますね」
「で、呪文みたいな名前の甘い飲み物は……」
相馬さんがニヤリと笑いながら言った。
「……ない」
俺はぽつりと答えた。
『オプションが付けられるはずだよ。チョコレートソースとかホイップとか』
突然のノクスの声に、俺はびくりと肩を震わせた。
「は、オプション……?」
「あ、ほんとだ!」
相馬さんはメニューを見ながら目を輝かせた。
「お待たせしました~。学生限定サービスのスコーンです」
マスターがカゴに入ったスコーンを出してきた。
「わあ、ありがとうございます! あの、注文なんですけど」
相馬さんがマスターに言った。
「いちごラテのチョコレートソースがけのミルク多めで!」
マスターは笑顔のままスラスラとメモを取っていた。
「ホイップ追加も無料だけど、どうします?」
「え、付けます」
相馬さんは即答した。
この人、相当甘党だな。
俺は苦笑いしながら、相馬さんに続いた。
「俺は、お任せブレンドコーヒーで。苦みが少なめ、甘さ控えめ、コク強めのホットでお願いします」
「お任せください~」
マスターは俺たちに笑いかけ、厨房へと姿を消した。
俺と相馬さんは、スコーンをつまんでいた。
「相馬さん、ここおすすめしてくれましたけど。そんなにしょっちゅう来てるわけじゃないんですか?」
俺は何気なく相馬さんに尋ねた。
「一人でカフェってあんまり行かないからねぇ」
「友達とか……」
「うち、そういうの厳しいから」
相馬さんは、寂しげに笑って答えた。
「寮生活、なのにですか?」
「うん」
そうだ。
相馬さんのお父さん、公安の偉い人なんだっけ。
……白金さんがそう言ってた気がする。
相馬さんはため息を吐いた。
「だから、毎日実習から帰っても、試験対策、戦闘練習。友達と遊ぶなんてありえない」
「え……。じゃあ、今日は大丈夫だったんですか?」
相馬さんは頬杖をついて、怪しげに笑った。
「『御影くんに会う』って言ったら、お父さんが即OKしてくれたよ?」
「は?」
俺は裏声を上げた。
俺、何?
「お待たせしました~。いちごラテと、ブレンドコーヒーです」
俺たちの目の前に、飲み物が置かれる。
相馬さんの前には、ホイップクリームがこれでもかというほど乗った、見栄えに全振りしたような薄ピンクの飲み物が置かれていた。
「うわ! テンション上がる!」
相馬さんは高めのトーンで言って、スマートリングを操作しながら写真を撮りまくっていた。
マスターは俺を見て、小さく耳打ちをした。
「そういえば君、御影くんだよね? また来てくれてありがとね。この前一緒にいたイケメンのお兄さんは元気かしら?」
――は?
一瞬、思考が止まる。
マスターは目を丸くした。
「あれ? 背が高くて、君に熱心に何かを教えてたじゃない。すごく仲良さそうに見えたけど……。もしかして、人違いだったかしら」
全く心当たりがない。
……ノクスなら知ってるだろうか?
『また来ますと適当に返しておけ』
ノクスの声が微かに揺れていた。
俺は作り笑いをしてマスターを見た。
「……あ! 思い出しました! はい、また来ます」
俺は誤魔化すようにコーヒーを一口飲んだ。
マスターは満足げに笑い、カウンターへ戻っていった。
俺が前に向き直ると、相馬さんはスプーンでホイップの塊を食べていた。
相馬さんは幸せそうに頬を撫でていた。
「……ここなら、日向さんも、喜んでくれそうだな」
俺は思わず呟いた。
「ひゅうがさん? もしかして、今度一緒に行くお友達?」
「あ、そ、……そうです、けど」
なぜか返事がすんなりと出てこなかった。
「えへへ、気に入ってもらえてよかった!」
相馬さんは、俺を見て目尻を下げて笑っていた。
俺はその笑顔に、胸の内がふわりと緩むのを感じた。
同時に、一瞬、心臓が締め付けられるような苦しさも覚えた。
息を呑むことしかできない。
「……御影くん、どうしたの? 大丈夫?」
相馬さんは上目遣いで俺を見て尋ねる。
「っ、大丈夫です。ちょっと考え事してました」
俺はまた誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
「日向さんとのデートのシミュレーションかぁ? このこのぉ!」
相馬さんはいたずらっぽく笑っていた。
あー。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
怪しげなピンクの液体を飲む相馬さんをぼんやりと見つめながら、そんなことを考えていた。




