17 決着
ここで、負けるわけにはいかない。
俺は立ち上がった。
『影を、見ろ』
ノクスの声がした。
……影?
『白金は、自身の像を投影できても、自身の影はそのままになっている』
ノクスが落ち着いた声で言った。
俺はばっと後ろを振り返った。
白金さんの姿はない。
だが、誰も立っていない床に、小さな影が落ちていた。
『そうだ、御影。その影がある場所に……』
……本物の白金さんが、いる!
俺はすかさず空気の弾を撃った。
白金さんに命中し、白金さんが姿を現す。
「なんで……!」
白金さんは顔を歪ませてこちらを睨みつけている。
しかしすぐに、白金さんが俺の目の前に瞬間移動した。
――違う。これは。
足元に、影がない。
ニセモノの白金さんが、無数の眩しい矢を放つ。
身動きができない。
その時。
『御影、すぐ後ろ、空間固定』
ノクスの声と同時に、俺は背後に空気の壁を作った。
光の矢が消えた。
俺はばっと後ろを振り返った。
何もない。
何もないところに、影ができている。
その影が微かに揺れているのが見えた。
俺は、本物の白金さんを、拘束できているんだ。
「白金さん」
俺は、空間に向けて言った。
「そろそろ、降参した方がいいんじゃない?」
俺は白金さんに近づく。
……どこに顔があるか分かんないけど。
次の言葉を掛けようとした瞬間。
白金さんが姿を現した。
すぐ、鼻が触れそうな距離に顔があった。
「……近いッ!!」
白金さんが叫びながら、俺を突き飛ばした。
「うおおお」
俺はバランスを崩しながら後退りする。
「……動けない。早く離して」
白金さんは目を逸らして言った。
「白旗上げてくれるなら、離してあげる」
俺が姿勢を立て直しながら、呼吸を整えた。
白金さんはジト目のまま俯き気味に、白旗を上げた。
「……勝者、御影大輔」
佐野先生の声が響く。
途端に、歓声と拍手が上がった。
「すげえ!」
亮平の声。
「二人とも、かっこよかった!」
「てか御影、なんで白金さんのいる場所わかるんだよ!?」
……いや、なんでお前ら、ここにいるんだよ!?
クラスメイトが応援に駆けつけていたらしい。
見渡すと、日向さんも拍手をしていた。
盛り上がるギャラリーの後ろで、拍手もせずに、俺を睨みつける赤羽が見えた。
俺は白金さんの元に駆け寄った。
「白金さん、協力してくれてありがと! さっきの戦い方……正直、痺れたわ」
俺が笑いながら言うと、白金さんは視線を横に逃した。
「練習、したから。でも、また負けた」
足音と人の気配が近づいてきた。
「御影大輔。本番は、これからだぞ。魔力量解析をする」
佐野先生が、俺を見下ろして低い声で言った。
「はい。俺と、白金さんで、比較してください」
佐野先生は小さく頷いて、スマートグラスを操作した。
俺たちの前に、仮想画面が表示される。
“解析中”の文字が、なかなか消えない。
俺の心臓が、強く鳴っているのを感じた。
『心配するな。俺の見立てでは平均程度だ』
ノクスが淡々と俺に声を掛ける。
画面に“完了”の文字が出た。
佐野先生が結果を表示させる。
「御影……」
佐野先生が口を開く。
俺は息を飲んだ。
「お前の魔力消費……普通どころか平均以下だな」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「色々、すまなかった。俺の見立て違いだったな」
佐野先生は頭を下げてきた。
「いや、別に……」
俺は驚いて両手を上げた。
佐野先生はふっと笑い、その後白金さんを見て言った。
「でも、白金さんは、平均より魔力消費が多いね。もう少し、効率的な戦い方をした方がいいかもな」
白金さんは歯を食いしばった。
「……はい。分かって、ます」
白金さんは、肩を震わせながら、俺を上目遣いで睨みつけた。
「大ちゃん、すごかったな! さすが学年トップだわ〜」
学校の帰り道、隣を歩く亮平が興奮気味に言った。
「俺も正直、今回の勝利は気分いいわ」
俺は素直に答えると、亮平が一瞬目を丸くした。
「大ちゃんがそうこと言うの、珍しいな」
「あ、そうだっけ?」
俺はぎこちなく返すと、亮平は柔らかく笑った。
「そういう大ちゃん、いいと思うよ」
やがて俺たちの寮が見えてくる。
「……大ちゃん。せっかく気分いいところ、悪いニュースなんだけど」
「え?」
俺たちが寮の入口に入った瞬間、グレー寮の寮長、中谷さんの怒声が響いた。
「グレー寮男子は腕立て150回! そこのホールですぐにやれ!」
俺たちは中谷さんに腕立てを促される。
「は?」
……は?
「大ちゃん、腕立て一緒にやろ……」
亮平はふにゃりと笑って言った。
「待って、どういうこと」
「B組の及川が、また佐野先生と喧嘩したんだってさ」
……は?
誰だよ、及川。
「なあ、亮平」
「ん?」
「B組に及川って、何人かいるのか?」
「一人しかいないよ」
じゃあまたかよ、及川。
「ああ……もしかして、佐野先生の機嫌がいつになく悪かったのって……」
俺は、顔も声も知らない及川を憎んだ。
憎みながら、腕立てを始めた。
エントランスホールの脇を、ブラウン寮やネイビー寮の生徒たちが素通りしていく。
通りがかった白金さんと、一瞬目が合った。
白金さんは、すぐに目を逸らして廊下を進んでいった。
「っ、145、146っ……」
「そこの1年、腰が高いぞ!」
亮平が中谷さんから叩かれた。
「149…………150!」
俺はそのままうつ伏せで倒れ込んだ。
「っはぁ、はぁ……」
息が上がる。
汗が全身から流れる。
『魔力よりも、体力の消費の方が激しいな』
ノクスの嘲笑うような声が脳内に聞こえた。
「うっせ」
俺は小さく舌打ちした。
今日一日の中で一番疲れたのは、間違いなくこの瞬間だった。




