15 これ以上は、ダメです
模擬戦闘の授業中。
俺の相手は、茶色のミリタリージャケットを着た、ブラウン寮の男子だった。
「うわあ、御影くんかよ。お手柔らかにお願いしゃっす!」
相手の男子はビビり気味に俺を見て言った。
「……よろしく」
俺は小声で答える。
頼まれなくても、今日の俺は……。
本気を出さないから。
“このままだと、長生きできない”
健康診断で医者に言われた言葉が、頭の中で何度も蘇る。
このまま、魔力を使い続けると――。
『そんなに気を張らなくていいよ』
ノクスの声がした。
『今まで通り、パワーだけに頼らない戦い方をすればいい。……俺を、信じてくれ』
俺は思わず胸に手を当てた。
胸ポケット越しに、硬い感触が当たる。
ノクスから身に着けろと言われた魔術触媒だ。
俺は深く頷いた。
「戦闘開始!」
佐野先生の合図と同時に、相手の男子が飛び出してきた。
「先手必勝!」
相手の気合いの入った声が響く。
突然、足場が盛り上がる。
「おぅわっ!?」
俺は躓いたかのように前のめりに進んだ。
それが何回も続く。
まるで、俺がその場に立ち止まることを許さないかのように。
俺は下手くそなダンスのような動きで、盛り上がる地面から逃げ回った。
……まずは反撃。
俺は慎重に狙いを定め、腕に力を込める。
「っ」
足場が不安定になった。
空気砲が外れる。
『座標で狙うな。“敵”に当てろ』
「無茶苦茶だなあ!」
「無茶苦茶で悪かったな!」
相手の生徒が笑いながら答えた。
『御影。わかると思うけど、相手は地属性だ。風技でいなすことは難しい』
ノクスの声に、俺は半ば焦りながら頷いた。
『戦法は3つ』
「……3つも、あるのかよ」
俺はにやりと笑う。
『1つ目は、御影自身を地面から浮かせて攻撃を躱す』
俺は自分の足元に意識を集中させた。
空気の壁を作るイメージ。
また、足場が浮いた。
だが、地面の凸凹の感覚がない。
キレイなタイルの上に立っているようだった。
「くっっっっそッ!」
相手の悔しそうな叫び声が聞こえる。
『そこから、お前の得意な風を吹かせてやれ。狙わなくていい。相手を広く囲むように』
俺は笑いながら頷き、相手の周囲を広く捉える。
フィールドの空気が、一瞬、固まる。
直後、台風のような渦ができて、相手の男子を吹っ飛ばした。
「うあああああ」
男子の叫び声。
次が、トドメだ――。
俺が腕を振り上げた時。
ピーーー。
ホイッスルが鳴る。
俺は自分の“足場”を消して、地面に着いた。
……あれ。もう、終了?
だが、戦闘終了の掛け声がない。
佐野先生は、代わりに俺に言った。
「御影大輔。それ以上強力な魔力を使うな。……空間固定、広範囲攻撃。どっちも魔力を滅茶苦茶食うのはわかるだろ? その上でもう一発、デカいのぶち込むつもりだっただろ?」
俺は否定もできず、文句も言えずに佐野先生を見た。
先生が何を言いたいのかは、想像できた。
“魔力消費が激しい”、“このままだと、長生きできない”。
俺が健康診断で言われたこと、先生も心配してくれているのだろう。
佐野先生は、怒っているような顔で続けた。
「健康診断の結果、俺のところにも回って来てる。お前の今日の戦い方は身を削り過ぎ」
俺は口を開いた。
だが、声が出ない。
佐野先生の声が、はっきりと落ちた。
「御影大輔。今日は、もう魔力を一切使うな」
俺は何も言い返せなかった。
その後、俺はぼんやりと他の生徒の模擬戦闘を見学していた。
ちょうど、白金さんと相手の女子が戦っていた。
白金さんは――。
無数の光の柱を作り、強烈な眩しさで、相手をぶちのめしていた。
「は?」
俺は間抜けな声を出す。
いやいやいやいやいや。
白金さん、俺より全然魔力使ってるじゃん!?
白金さんには、佐野先生のストップはかからない。
白金さんは圧倒的な光で相手の生徒を倒した。
「戦闘終了。ブラウン寮、白金光里の勝利」
佐野先生の声が響く。
……おかしいだろ。
俺は口を半開きにして絶句した。
『あの教師は、お前の魔力に対して神経質になりすぎだ。あれほど心配する必要はないはずだ』
ノクスが俺の心を読んだかのように答える。
「本来、俺はあれ以上に本気を出しても問題ないんだな?」
俺は小声で尋ねた。
『もちろん。お前は魔触を2つ持っているから。しかも俺が渡したものは……かなり、強力な触媒だ』
俺は拳を強く握った。
放課後、俺はまっすぐに、白金さんの元に向かった。
「白金さん。……ちょっと、いい?」
白金さんは怪訝な顔で俺を見た。
「何?」
「あのさ、協力してほしいんだけど」
俺は、目の前で手を合わせて、頭を下げた。
再び顔を上げると、白金さんはぽかんとして俺を見ていた。
ジト目がいつもより丸くなっている。
「……何の協力?」
「俺と、戦ってくれない?」
「はあ?」
白金さんは呆れたように俺を見ていた。
しかし俺の表情を見て何かを察したのか、言葉を飲み込んで俺を見た。
「……学内戦闘をするときは、佐野先生にバトルホールの使用許可をもらわないといけないよ」
「分かった」
「私も、一緒に行く」
今度は俺がぽかんとして白金さんを見た。
「御影くん、私と戦うんじゃないの?」
「……そうだけど」
白金さんはふっと息を吐いて、俺をじっと見た。
「早く行こ」
白金さんの顔が、ほんの少し笑っているように見えた。
俺たちは職員室に入り、まっすぐ佐野先生のところに行った。
「何?」
佐野先生は少し不機嫌そうな、尖った声で言った。
「バトルホールを使わせてください」
俺が微かに震えた声で言う。
「目的は?」
「……戦闘の、練習です」
「お前たち二人で戦闘練習するのか?」
「はい」
白金さんが即答した。
佐野先生は、俺をじっと睨んだ。
「御影大輔。俺、授業の時にお前に何て言ったか覚えてるか?」
「……魔力の、使い過ぎだと」
「その後ぉ! お前に、指示を出したよな?」
佐野先生は怒鳴るように言って、机をバンと叩いた。
俺は下を向いたまま黙っていた。
「“今日は、もう魔力を一切使うな”って、言ったよな!?」
佐野先生の怒鳴り声が職員室に響いた。
職員室が、ぱっと静かになる。
「お前、何のつもりだ? 死にてえのか? 公安になる自覚が足りないんじゃ――」
「俺の、魔力の使い方が、悪くないことを証明します」
俺は言い返す。
佐野先生は言葉を切って俺を見た。
「そのために、バトルホールを、貸してください」
俺はそう言って、佐野先生を見上げた。




