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10/20

10 それは、想定外だった

 午前7時。


 俺は爆速で朝食を済ませた後、コンビニにいた。


 目当てのものは特にないが、なんとなく。

 朝食後のカフェオレというものが欲しくなったのだ。


 だが、ドリンクコーナーにたどり着く前に。


 俺の足は立ち止まってしまった。


 ……雑誌コーナーの前で。


『おいおいおいおい』


 ノクスの呆れた声が脳に響く。


 俺はその声を無視して、この前と同じ青年誌を手に取った。

 水着姿の女性の表紙。


「この前、途中までしか読めてないからな。万引き野郎のせいで……」


 俺は雑誌をぱらぱらとめくり、漫画のページを探し当てた。


 俺は鼻息を荒くしながら読み続けた。

 ついに、主人公たちが結ばれるシーンにたどり着く。

 漫画の中で二人は抱き合い、女性が「私たち、相性いいかも」というセリフを言っていた。


 ――相性って、なんだ?


 ノクスの返事はない。


「……なあノクス、相性って」

『俺に聞くな』


 俺は続きのページに載っている、次の漫画を読み始めた。


 こっちの漫画は、刺激的な内容ではなく、主人公が旅をしてメシを食べる内容だった。

 でも、やたらメシの絵が旨そうで、目が離せなかった。


 漫画の主人公が、旅先へ向かう車内でカフェオレを飲むシーンに差し掛かった時。


 俺は思い出した。


「カフェオレ買いに来たんだったわ」


 俺は雑誌を棚に戻し、ドリンクコーナーへと向かった。

 さっとカフェオレのパックを取り出す。


 途中でお菓子コーナーを迂回し、ミントガムもついでに取る。


 レジに向かうと、何人か並んでいた。


 目の前に並んでいるのは、銀髪の細身の女子――白金さんだった。


 白金さんは背中を向けたまま、俺に気付いてなさそうだった。


 ……挨拶ぐらい、するか。


 俺は鼻から大きく息を吸った。

 白金さんの髪から、ほのかに桃のような甘い香りがした。


 息を吐き出すと同時に、声を掛ける。

「白金さん、おはよ」


 白金さんはびくりと肩を上げ、俺の方を振り返った。

 眠たげなジト目が俺を見上げている。


「……おはよ」


 ……挨拶、返してくれたぁ。

 俺はなぜかほっと安堵の息を吐いた。


「今朝も、練習?」

「そうだけど」


 白金さんはぶっきらぼうに答える。


 ふと白金さんのカゴの中を見ると、ブラックコーヒーのパックと、大量の激辛スナックが入っていた。


「そんな辛いのばっかり食べてたら、胃、荒れちゃうよ」

 俺は余計なお世話かと思いながらも、ついつい突っ込んだ。


「ちょっとずつ、食べるし……」

 白金さんは視線を落として、ぼそぼそと答えた。


 先頭の会計が終わったのか、レジ待ちの列が一歩前に進んだ。


 その瞬間。


「金出せ!」


 鋭い男の声が響く。


「……強盗?」

 白金さんも、ばっとレジの方を見た。


 レジカウンターを見ると、黒い帽子を深くかぶった男が、店員にナイフを突きつけていた。

 ナイフの刃先からは、パチパチと青白い火花が散っている。


『魔力ナイフだな。……まあ、落ち着いて対処できる相手だ』

 ノクスの呆れたような声が聞こえた。


 俺はちらりと白金さんの背中を見る。

 白金さんは、俺の方を振り返った。


 俺と白金さんは、一瞬目が合う。

 そして、同時に二人で頷いた。


 俺たちは、持っていたカゴを放り出して、それぞれレジに向かって走り出す。


 左からは白金さん。

 右からは俺。


『そこからでもターゲットは拘束できる。やれ』

 ノクスの声がする。


 俺は“空間固定”を使い、犯人の両腕を拘束した。


「うわっ!?」

 強盗は驚いたのか、手元からナイフを落とした。


『いいぞ御影』 


 強盗までの距離が近くなっていく。


 そして、


「くたばれ!」


 白金さんの声。


 眩しい光の矢が、曲がった軌道を作りながら進む。

 そしてその矢が、強盗の目を刺した。


「うわああああ」

 強盗が叫び、その場に蹲った。


 俺は強盗の拘束を解き、駆け寄る。


 そして、そいつの両腕を拘束具で縛り上げた。


「確保!」


 店内に、拍手と歓声が響いた。


「君たち、よくやった!」

「助かったあ」


 レジにいた店員さんは、泣きそうな顔をしていた。





 しばらくして、魔術公安がコンビニに駆け付ける。


「君たちがやってくれたのか。助かった」

「あ、君、白金さん……だよね。この前に引き続き、ありがとう!」


 若いお巡りさんのようなお兄さんたちが、強盗の身柄を手慣れたように引き受ける。


 すると、少し遅れて、一人の女性がやって来る。


 紺色のウェーブがかったロングヘア。

 歩く度に、かすかにバラのような香りがする。


 育ちの良さを感じさせる、スッと張った姿勢の良さ。

 その一方で、目を奪われるくらいの身体の曲線美。

 

 はっきりとした目鼻立ちだが、同時に親しみも感じるような美貌。


 彼女は、俺たちと年齢が近そうだった。


 『心を奪われる』という言葉の通り、俺の視線も、心も、その人に釘付けだった。


「あ、相馬さん。犯人の身柄拘束の手順だけど……」

 公安のお兄さんたちが、その女性に説明を始める。


 彼女を見ると、うちの学校の制服に、紺のミリタリージャケットを羽織っていた。


「うちの学校の人……?」

「公安実習中の相馬先輩じゃん。どう見ても」


 白金さんが、冷めたような声で言った。


「相馬先輩、って、有名なの?」

 俺の声は、なぜか震えていた。


「はあ? 相馬先輩のこと知らないなんて、ありえないんだけど」


 白金さんの声は怒っているように聞こえた。


「相馬先輩……相馬(そうま)一華(いちか)さんは、2年の中で圧倒的な成績で首席。お父さんは公安の偉い人らしいし。おまけに……あのルックスで。……うちの学校で知らない人なんて、いないと思ってたけど」


 白金さんの声は、だんだんと尻すぼみになっていた。



「二人とも、犯人の身柄確保の協力、ありがとう」


 相馬さんの、低めで落ち着いた声がした。


 俺と白金さんは、同時に相馬さんを見た。


「あとで、公安から二人に、感謝状を贈るね。これからも、治安維持の協力、お願いします!」

 相馬さんは、俺たちに向かって、丁寧に頭を下げた。


「それじゃあ、私はここで」

 白金さんは、激辛スナックが詰め込まれたカゴを回収してレジに向かった。


「じゃあ俺も――」

 俺がその場を去ろうとした時、相馬さんが俺の腕を掴んだ。


 俺の心臓が、大きく鳴った。


「……君が、御影くん?」


 相馬さんの低くて艶めいた声に、俺の足がピタリと止まる。


 相馬さんの顔が近づき、俺の耳元で囁いた。


「噂、聞いてるんだ。強くて、やたら効率的な後輩がいるって。そしたら、公安の……。いや、学年首席、なんでしょ?」


 俺は耳がゾクゾクとしながら、その場で固まってしまった。

 バラの香りが、頭の中を麻痺させる。

 顔が熱い。


「御影くん、私と、相性がいいかもね。いつか、一緒に仕事できるといいな」


 その声は、低くて落ち着いているのに。

 俺の頭の中で、甘く、残り続けた。


 ――相性が、いい?

 俺と、相馬さんが?


 頭の中が、ぼんやりと、温かく溶けていった。


 相馬さんの身体が、俺から少し離れる。


「それじゃ。また、会えるといいね。御影くん」


「はい!」


 俺の返事に、相馬さんは目を細めて笑った。


 しばらくして、相馬さんは何かを思い出したかのように手を叩いた。


「そういえば。父からの伝言」


「はい?」


 相馬さんは、俺の頭の中を射抜くような視線を向ける。


 そして、相馬さんは口を開く。


夜見(よるみ)さん。今のまま順調にいけば、交通課か、人事か。ポストは用意できるって」


「……んあ?」

 俺は口を開けたまま、気の抜けた声を出した。


 なんのこっちゃ。


 俺が答えようとした時、声がした。


「……承知しました。相馬司令官には、順調です、と、お伝えください」


 ノクスの声が、いつもよりはっきりと聞こえた。


 そして、相馬さんはその声を聞き取ったように、一度頷いた。

「分かりました。父に、伝えておきます」




 相馬さんが去った後のコンビニには、不自然なほどの静寂と、微かなバラの香りが残っていた。


 俺は、カフェオレとミントガムが入ったカゴを回収する。

 レジ待ちの列に並びながら、感謝状への期待感と、胸に残る突っかかりを同時に抱えていた。


 ――おい、ノクス。さっきの、相馬さんとのやり取り。どういうことだよ?


『お前には関係ない』

「お前。公安関係のやつなのか?」


 ノクスの返事はなかった。


 俺の頭の中は、相馬さんのことで一杯だった。


 凛とした立ち姿。でも、触れたくなるような曲線の身体。低くて落ち着いた声。

 “相性がいい”という言葉。


 それを思い出す度に、俺の思考が停止する。


 まるで脳内が、“相馬さん”という存在に支配されたかのように。


 カフェオレをバーコードに通されたときの記憶は、当然、俺の中に残っていなかった。


「お客様? お支払いはいかがされますか?」


 店員の声で、俺は意識を取り戻した。


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