1 俺は最強じゃない。最強を操作されているだけだ
死んだ、と思った。
「お兄ちゃん!」
ざわめきの中で、叫び声が聞こえる。
何が起こったんだっけ?
直前のことが思い出せない。
全身がバラバラになったように痛い。
息ができない。
寒気がひどい。
でも、ぼやける視界の向こうに、小さな背中が、見える。
俺の口元が、無意識に上がった。
俺、相模大輔の最後の記憶は――
硬いコンクリートの上でプツンと途絶えた。
◆◆◆
次に目を開けた瞬間。
目の前に赤い光が飛んできた。
「熱っ!」
ひりつく痛み。
直後、視界に灰色の天井が広がる。
ここはどこだ?
俺は――何をしている?
「ミカゲくん!」
遠くで女子が叫んでいる。
身体を起こそうとした瞬間。
またしても赤い光――
いや、炎だ、これ。
熱が近づいてくる。
焼かれる。
また、死ぬ?
汗が全身に広がる。
熱さのせいか、それとも――
『立て』
男の低い声が聞こえた。
耳からではない。
頭の内側から直接響くような声だった。
俺は反射的に立った。
まるでその声に動かされているように。
さっきまで倒れていた場所を、火の玉が通過する。
『いいぞ。そのまま、前を見ろ』
前を見ると、紺のミリタリージャケットを着た男子生徒。
彼はにやりと薄笑いしている。
あいつ、炎出せるの?
ヤバない?
『そいつを目掛けて、力を込めろ』
――は?
力を、込める?
『早く』
その声が聞こえたと同時に、火の玉が飛んでくる。
俺の身体は、まだふらついている。
でも、視界の真ん中に、“敵”を捉える。
銃の照準を合わせるように。
俺は拳を強く握った。
その瞬間。
空気が凍り付いた。
いや――違う。
空気が、俺に従った。
見えない何かが、腕から解き放たれる。
目の前の男子生徒の身体が、紙切れのように吹っ飛んだ。
それはまさに“一方的な支配”のようだった。
ドサッという音が響く。
相手は床の上で倒れていた。
静まり返る空間。
「……は?」
俺の声が漏れる。
「……模擬戦闘、終了」
大人の声がして、一瞬の間が空いた。
「勝者、グレーの御影」
その声が響いた瞬間、空間がざわめき出した。
拍手、歓声、口笛。
「さすが御影くん」
女子の声がして、肩を叩かれる。
「やっぱり学年首席は格が違う!」
「さっきの避け、完全に読んでたよな」
――違う。俺は、何も……。
「御影くん、途中倒れたけど、大丈夫だった?」
落ち着いたような声に、思わず振り返る。
茶色のミリタリージャケットを羽織った女子が立っていた。
華奢な身体に、ストレートの銀髪。
重たげな瞼から、温度低めのジト目が覗く。
初めて会うはずなのに、俺を知っている目だった。
「……大丈夫?」
「え、君の名前、は?」
銀髪の女子は目を大きく開いて、俺を見た。
「白金光里」
「白金、さん」
手を挙げようとした途端、視界に俺の腕が映る。
擦り切れた袖口。溶けたように歪んだジャケットの袖。
さっきの戦闘を思い出したかのように、頬の火傷がヒリヒリと痛みだす。
「今の御影くん、少し変」
心臓が止まりかける。
「……何、が?」
俺は慎重に尋ねた。
白金さんは少し考えてから言った。
「うまく、言えないけど」
そして、俺をまっすぐ見て――
「なんか、別人みたい」
俺はしばらく呼吸を忘れた。
何も答えられない俺を見て、白金さんはずいっと一歩近づく。
彼女の息が首元に掛かり、くすぐったい。
そして、白金さんから向けられた目が、俺の魂を覗き込んでいるように見えた。
「ほんとに、御影くんなの?」
白金さんは淡々と尋ねて、すぐにくるりと踵を返してどこかに行ってしまった。
――“ミカゲくん”?
俺は、相模大輔だ。
『お前は今日から、“御影大輔”だ』
俺の心を読んだかのように、声が聞こえた。
「……どういうことだよ」
『お前は死んで、御影大輔として生きることになった』
意味が分からない。
何もかもが。
『心配しないでいい。お前は、俺の指示に従っていればいいんだ』
「あなたの、名前は?」
『“ノクス”と呼んでくれ』
「ノクス……さん」
声の主の姿は見えない。
この声――“ノクス”という奴を、信用しようと思えなかった。
『君にはやって欲しいことがある』
「……何ですか?」
『まずは学年首席を取ってほしい。座学も、戦闘も。全てで圧倒的な力を出せ。事情は後で説明――』
「無理です」
即答した。
俺は天才じゃない。努力しても、届かない側の人間だった。
だから、完璧なんてコスパ悪いものは目指さない。
ノクスは呆れたようにため息を吐く。
『だから、俺の言う通りにしていれば」
「そんなのチートでしょ? バレるに決まって――」
『俺の声も、姿も、お前にしか認識されない』
「え?」
辺りを見回すと、他の生徒たちは新しく始まった模擬戦闘を見ていた。
隣にいた男子生徒が、怪訝な顔で俺を見る。
「御影、さっきから独り言うるせえぞ。戦闘で頭打っておかしくなった?」
「え??」
『それじゃあ、始めよう。御影くん』
ノクスの低い声が、脳裏に落ちた。
何もかも、おかしい。
でも、確かなことがある。
俺は、御影大輔じゃない。
そして、御影大輔だったものは、俺とは違う。
これから始まるのは、俺の人生の続きじゃなくて――
『最強の御影大輔』を演じる、ドラマみたいなものだ。




