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8 下町の小さな名探偵

料理対決からしばらく経った、ある雨の日の夜。

店の扉が静かに開き、ずぶ濡れになったガレスさんが入ってきた。

その顔は、これまで見たことがないほどに憔悴しきっていた。


「リナちゃん……助けてくれ……」


聞けば、ガレスさんの同僚である衛兵が、ある商人の屋敷で起きた毒殺事件の容疑者として捕らえられたという。

商人は、夕食の直後に苦しみだし、そのまま亡くなった。

食事に毒が盛られていたのは明らかだったが、その毒の種類が特定できず、捜査は難航。

そして、商人とトラブルを抱えていたガレスさんの同僚に、疑いの目が向けられたのだ。


「あいつは、そんなことをする奴じゃないんだ! でも、証拠がない……」


私は、ガレスさんから、亡くなった人がその日食べた夕食のメニューを詳しく聞き出した。

魚のグリル、キノコのソテー、そしてデザートのナッツの蜂蜜漬け。

どれも、ごく普通のメニューだ。


「その魚は、なんていう魚ですか?」

「え? ああ、『サバ』に似た、青魚の一種だと聞いている」


サバ。

その言葉を聞いた瞬間、私の中の佐藤美咲の記憶が警鐘を鳴らした。


(サバ……そして、ナッツの蜂蜜漬け……。まさか!)


「ガレスさん、その商人さん、普段からアレルギーとかはありましたか?」

「アレルギー? なんだい、それは」

「特定のものを食べると、体に発疹が出たり、息が苦しくなったりすることです」


私の説明に、ガレスさんは首を捻ったが、やがて、はっとしたように顔を上げた。


「そういえば……。あの商人は、昔からナッツ類を食べると、喉が痒くなると言っていたそうだ」


間違いない。

アナフィラキシーショックだ。

そして、古い青魚に含まれるヒスタミンが、その症状を劇的に悪化させたのだ。


「ガレスさん、これは殺人事件じゃないかもしれません。事故です」


私は、アレルギーとヒスタミン食中毒の関係を、子供でも分かるように、必死に説明した。

古い魚と、アレルギーの原因となるナッツを一緒に食べたことで、不幸な事故が起きてしまったのだと。


私の推理は、薬師や医師による検証の結果、完全に正しいことが証明された。

ガレスさんの同僚は無事に釈放され、彼は涙を流して私に感謝した。


この一件は、王都の衛兵たちの間で伝説となった。

「陽だまり亭に行けば、どんな難事件も解決する」。

そんな噂が、まことしやかに囁かれるようになった。


私の名前、リナは、いつしかこう呼ばれるようになっていた。

「下町の小さな名探偵」、と。


今日も、「陽だまり亭」の厨房には、美味しい匂いが立ち込めている。

そして、店のカウンターでは、新たな謎が、私を待ち構えているのかもしれない。

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